<4・Sorry>
ジャクリーンは、騎士集めに苦戦している。が、最初から彼女の騎士候補がゼロだったわけではないのだ、とルイスは語った。
というか、一年生の頃から彼女は有名人で、当初はとても人気があったのだという。天下絶世の美貌、高貴な家柄、魔女としての格も申し分ない。また、彼女は魔法に関しても非常に高い素質を持っていた。他の生徒達が苦労するような難易度の高い魔法もなんなく使いこなすほどである。将来は、このセント・ジェファニー学園をしょって立つ人物になるのかと言われたほどであるらしい。
「“記憶喪失”、のお前に俺様が親切に説明してやるが。俺達魔法使いの一族は、魔女軍を率いる力強いボスを求めている。というのも、この世界は科学派と魔法派で別れて戦争中。科学派の連中は、魔法使いを“悪魔と契約した異端者”として絶賛迫害中だ。世界中で魔女狩りを行い、罪なき魔法使いたちが日々殺されているっつーカオス状態だ。この国はそもそもが魔法使いの国だから、国そのものは安全だが……近年は、この国そのものが諸悪の根源として、科学派の国が攻め込んでくる準備をしてるって噂もあるほどなんだよ」
「何でだよ。科学と魔法、両方あった方が便利じゃないか。双方で手を取り合って文明を発展させていけばいいのに」
「……魔法過激派だったはずのジャクリーン様とは思えない言葉だな。……まあいいや。残念ながらそんな理想論通りにはいかないのがこの世界だ。とにかく、科学派の国々との睨み合いは長きに渡って続いており、そのためにはこのジェファニー王国も軍事力強化が急務となったわけだ。魔導兵器の研究と製造を急いだり、この学校みたいに将来この国を守るための兵士を育てる場所を増やしたりな。ジェファニー王国は、魔法使いの国の総本山であり聖地でもある。この国が万が一倒れるようなことになったら、他の国の魔法使いたちも総崩れになりかねない。だからなんとしても、この国はきたる戦争で勝利しなければならないってわけだ、わかったか?」
「あ、ああ。えっと、学校の名前がセント・ジェファニー学園で、国の名前がジェファニー王国か。世界にも名前ついてたりする?」
「……ミスティックアースだ」
「おっけ、ミスティックアースだな」
「…………」
あれ、ちょっと呆れられてる?彼方は少しだけ不安になった。段々、ルイスの毒舌が減ってきたような気がするからだ。記憶喪失設定をいいことに、余計な質問をしすぎただろうか?
「と、とにかく!そういうわけだから、優秀な魔女とそれに使える騎士のチームじゃないと卒業できないようになってるってのはそういうことだよな?卒業と同時に軍からスカウトが来るから!」
「スカウトが来るっつーか、それ前提でみんなこの学校に入ってるんだって。お前、それも忘れちまったのか?」
「……スミマセン」
いやだって、本物のジャクリーンが全然説明してくれなかったんだもん。彼方は心の中でぶつぶつと呟く。ああ、本当に彼女がもう少しいろいろ解説してくれたら、自分だって別の人にこんなにたくさん質問して、不審がられる心配はなかったというのに!
「まったくもう。……で、お前……ジャクリーン様は家柄もいいし見た目もいいし魔力も高いしで、入学当初から騎士候補には相当人気だったわけだ。じゃあなんで、今お前の周りにはだーれも騎士がいないのか?理由は単純明快、そういうの全部吹っ飛ばすくらい、性格がサイアクだったからだ!」
ぐい、とルイスが顔を近づけてくる。ふわり、とオレンジっぽいコロンの香りが漂った。男にキスされそうな距離まで迫られる趣味はないが、近くで見るとなるほどイケメンであるのは間違いないようだ。普通の女子なら、ちょっと偉そうな態度を取られてもドキドキしてしまうもの、なのかもしれない。生憎、自分は普通どころか女子でさえないのだが。
「お前の見た目と魔力に魅かれて、騎士候補として寄ってきた男どもを!お前は“騎士は魔女に仕えるんだから、いつでも飛んできて助けるのは当然よね!”とばかりに奴隷同然にコキ使い、少しでもムカつくと魔法でぶっとばす!お前から離反した奴の話によれば、“普段の言動からしてマウント取られまくるし、自分の自慢話ばっかりされるしで、一緒にいるとストレスハンパなかった”らしいじゃないか」
「あー……ワカル」
「いや分かるじゃねーよお前のことだよ!そもそも、お前は姫と騎士の関係を勘違いしてんだよ。確かに、魔女=姫に魔導騎士は仕えるってことになってるが、あくまで魔女一人に騎士複数人のチームが過去多くの実績を残しているからそういうルールになったってだけだ!あくまで、魔女は部隊を率いるリーダーってだけで、実際は騎士との上下関係なんかねーんだよ。それを、さながら自分は姫だから騎士をいくら奴隷にしてもいいと言わんばかり……そんな奴に一体誰がついていくっていうんだ、ああ!?」
ああ、それは本当にその通りだろう。あのジャクリーンの言動を思い出し、彼方は頭痛を覚えた。自分には1ミリの非もないが、なんというか代わりに謝っておくべきだろうかとさえ思ってしまう。いや本当に、俺と同じ顔をしたお嬢様がすみません、というような。残念ながら今自分はジャクリーン本人ということになっているので、ヘタなことは何も言えないのだが。
「で、最終的には試験まで時間がなくなってきた三年生の夏になって、ジャクリーンには騎士も騎士候補もだーれもついてこなくなってたわけだ。だから俺様が声をかけてやったわけ。お前があの態度を改めるってなら、騎士になってやってもいいと思ってたからな」
ところが!とルイスはくわっと目を見開いた。
「ジャクリーン、お前ときたらその俺様の厚意をみんなの前で無下にしやがって!せっかく俺様が、その才能を無駄にするのはもったいねえと思って声をかけてやったのに、教室で、みんなの前で恥をかかせるようなことを……!今までの自分の言動も態度も悪くねえ、自分についてこられない無能な連中が駄目なんだとのたまいやがった。そりゃ、俺様もみんなも堪忍袋の緒が切れるってもんだろうがよ!!」
あああああ、と彼方は頭を抱えたくなった。なんだかこう、その光景がありありと想像できてしまってどうしようもない。
ぶっちゃけ。マウント取りたがりの偉そうなお嬢様と、プライド激高の俺様キャラは相性は最悪だとしか言いようがない。だってどっちも、誰かの下になるなんて考えたこともないだろうから。自分の態度は改めないが、お前が甘んじて自分の軍門に下るなら許してやってもいいぞ――みたいな態度で、どうして和睦が成立すると思うのだろう。明らかに、ルイスがやったことは火の油を注いでいる。
もっとも、そもそも孤立するような横暴な振る舞いをしていたジャクリーンに問題があったのは事実っぽいので、前提条件を考えるなら一概にルイスを責めることもできないのだが。
「……そうか」
何で自分が、と思わないでもない。
しかし少なくとも、彼方は己が近代的理性を持ち合わせた人間である、という自負はあった。一方的にしか話を聞いていない状態で公平なジャッジができるとは思っていないが、少なくとも今ある情報だけ見れば悪いのはジャクリーンの方だ。
確かに、姫に仕える騎士、という名目になっていたとしても。将来、一つの小隊として敵と戦うことを見越しているというのなら、信頼関係はまさに必須である。一体誰が、自分たちを見下し、奴隷のようにコキ使ってくる相手に仕えたいなどと思うだろう?
「それは、本当に申し訳なかった。ごめんなさい」
「!」
非常に理不尽であっても、今の彼方はジャクリーンの影武者だ。ここは、きちんと謝罪しておくべきだと判断した。彼方は深々と、彼の前で頭を下げる。
「さっきも言ったけど、私には夏休み前までの記憶がまったくといっていいほどない。だから、自分がどれほど横暴な振る舞いをしたかは全然覚えてないんだ。それでも、お前がそう言う風に言うってことは、本当に酷いことをしたんだと思う。申し訳なかった。今後は態度を改めようと思う」
あれ?と彼方は不思議に思った。こういう事を言うときっとこいつは“ざけんな、そんな言葉で許せるか!”と怒り狂ってくると思ったというのに――待てどくらせど、次の言葉が来ないのである。
おかしいな、と思いつつ頭を上げて見れば。ぽかーん、と鳩が豆鉄砲食らったような顔で固まっているルイスの姿が。
「あ、あ、あのジャクリーンが……人に、頭を下げた、だと……?」
ええええええ、と彼方はあっけに取られるしかない。明らかに動揺しまくっているルイス。今までどんだけジャクリーンは横柄な振る舞いをしていたんだろう、ていうか一言も謝ったことないのかアイツ、と呆れ果てるしかない。とりあえず、帰宅したらジャクリーンに問い詰めたいことがまたしても増えてしまった。
「悪いことをしたなら、謝罪をするのが当たり前だろ。まあ、何をしたか覚えてないのは、本当に悪いと思ってるけど……」
「じゃ、じゃ、ジャクリーンどうした?お前どうした?本当に記憶喪失なのか?ていうか悪いものでも食べたのか?お、俺様が保健室の先生呼んで来ようか?」
「ちょっと待て本気で落ち着け!?キャラがブレブレになってんぞ!?」
動揺しすぎて、俺様キャラを保てなくなっているルイスについついツッコミを入れてしまった。額にチョップを食らった男は、そこでどうにか正気に返ったらしく“は!”と声を上げて首をぶんぶんと横に振っている。
「と、と、とにかく!お前が本当に記憶喪失なんだとしても、改心したんだとしても!お、俺様はともかくクラスの他の連中がお前を許すとは限らないからそのつもりでいろよ!それこそ、教室でみんなの前で謝罪するくらいしないと絶対今の状況は変わらないからな!?」
「わかった、そうする」
「マジで!?」
「だから驚き過ぎだろお前!?」
なお、この後。彼方は本当に、ホームルーム前に先生に時間を貰って、みんなに今までのことをジャクリーン本人に代わって謝罪することにしたのだが。
その時のみんなの様子が怒りよりも“あのジャクリーンがおかしくなった!”という動揺と驚きでいっぱいだったことをここに記しておくことにする。
いや本当に、彼女は今までどれほどやらかしていたのか。想像するだけで恐ろしいというか、呆れ果てるというかだ。
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