<3・Arrogant>
ああ、どうしてこんなことに。彼方は心の中で血涙を流しながら、とぼとぼと校舎の中を歩いていた。
問答無用で、翌日から学校に放り出されたのである。しかも、侯爵令嬢に相応しいピンクのドレスを着せられて。
髪型もそれらしく纏められた。が、何が問題ってそれだけで、化粧ゼロで普通に女にしか見えないこの外見である。いっそ、登校の途中で早々にバレて“何あの女装した男!キモい!”と言われるならナンボかマシだった。それならそれで、お役御免ということでさっさと家に帰してもらえる望みもあったからだ。
しかし、実際は馬車から降りて、校舎まで歩くも道中も、教室に向かう道中もまったくそういう気配はナシ。時々自分を見てひそひそと喋っている者達も見かけたが、端々から聞こえた会話からして言われてる内容は“女装男キモい”ではないらしい。こちとら、結構耳も目もいいのだ。
「あれがジャクリーン様よ」
「ああ、ロイド侯爵家の」
「お綺麗ではあるんだけどね。それだけなのよね」
「ていうか、夏休み前にあれだけのことしておいて、よくもまあ平然と登校して来れたものよね」
「ほんとほんと。さすが、侯爵家のお嬢様は心臓に毛が生えていらっしゃいますこと」
「ねー、どんな顔して教室に入るつもりなのかしら」
それを聞いて、どれほど彼方がズズーンと沈んだ気持ちになったか言うまでもない。
――おいジャクリーン、てめぇ!一学期に何やらかしたんだよ!!
どうやら、よっぽどあのジャクリーンは評判の悪い生徒であったらしい。やらかしたならやらかしたで、せめて一学期に何があったかちゃんと自分に共有しておいてほしかった。これでは針の筵もいいところではないか。
夏休みか明けるタイミングで自分に役目をぶん投げた理由がはっきりした瞬間である。ジャクリーンは夏休み前に何かとんでもないトラブルを起こして、ものすごーく学校に行きづらい状態になっていたのだろう。その上で、騎士集めが面倒くさくてたまらなかったというオチ。なんていい加減で自分勝手なお嬢様なんだろうか。
ちなみに、当然ながら一学期のジャクリーンとしての記憶、はおろかこの学校での記憶も彼方にあるはずがなく。ジャクリーンには、“夏休み中に事故に遭って記憶が飛んだことにでもしておいて”と言われていた。確かに、自分はジャクリーンの記憶どころか、この世界の知識さえ乏しい存在である。記憶喪失ってことにしておくのが一番無難には違いなかったが。
――ジャクリーンの“人任せ”作戦に、家のご両親も召使いもみーんな乗り気だったな。……あれぜってー、ジャクリーン本人には騎士集めなんな無理だって周りも悟ってたからだろ。どんだけ過去にやらかしてんだよあのお嬢様は。
ヨーロッパ風の世界観(ただし、四月に入学、進学するという何故かそこは日本方式)の学校ということもあって、校舎の中にも外履きのまま踏み込む。屋敷の中もそうだった。なんとなく慣れない、と思いつつ赤い絨毯が敷かれた廊下を歩いていく。左手が中庭、右手に教室がずらずらと並んでいる状態。中庭には噴水があり、ベンチかあり、ちょっとした公園になっているようだった。
緑色の葉を繁らせた立ち木、花壇には白い花が咲き誇っている。誰がどう見ても、ラノベでありそうな貴族様の学校である。
『私達の学校は、由緒正しき魔法使いの家柄の者達が通う学校なの。通っている人間の殆どは貴族ね……学費が高いから、一部例外を除いて貴族しか通えないからなんだけど』
昨日、ジャクリーンが説明してくれたことを思い出す。
『初等部、中等部、高等部とあってそこまではエスカレーター式。ただし、上の学校に行くためには卒業試験に合格しなければならないのですわ。中等部から高等部に上がるためには、他の生徒とチームを組んで最終試験を突破しないといけないんですの』
『それが騎士集めってやつか?』
『その通り。チームには制約がありますわ。“姫”と呼ばれる女生徒一人、“騎士”と呼ばれる男子生徒一人以上。正確には姫だけ、騎士だけでも試験に挑むことはできるけれど、その難易度からして単独で試験に挑んで合格できた生徒はほぼ皆無とのこと。基本は、姫一人に騎士二人以上が最低限のクリアラインとされてますの』
その話が本当ならば、どう考えても女生徒の方が大量に余ってしまうことになるがいいのだろうか。彼方が疑問をぶつけたところ、その解説はすぐに来た。
そもそも、この学校に通う女生徒と男子生徒は種類が異なるらしいのだ。
女生徒はみんな魔女の一族で、男子生徒は魔法使いは魔法使いでも“魔導騎士”の一族の者達なのだという。魔導騎士は、一人一人それぞれ生涯ただ一人の主に仕えて魔法の研究をしたり、魔女を守って敵と戦うのだそうな。彼らはこの学校の在学中も利用して主となる魔女を探しており、学校側も卒業試験にそれを組み込んでいるというのである。
よって、そもそもこの学校に通う生徒数は、女子より男子のほうが圧倒的に多い。一人の女子に複数の男子がつく、のが前提となっているためだ。それでも主を見つけられなかったり、逆に騎士を捕まえることができなかったりして、男女ともに炙れる生徒が少なからず存在するのだそうだが。
その場合は、ダメ元で一人で最終試験に挑むか、諦めて外部受験をするしかないらしい。どっちにしても、世知辛いとしか言いようがない。
――なんつー、ぼっちに厳しいシステムだ。
一生を共に過ごす“姫”を在学中に決めなければいけない男子たちも大変だが、どちらかというと女子の方がハードルが高い。とにかく在学中に、男子達を自分の力量に惚れ込ませて、仲間に引き入れなければいけないのだから。
が、聞くところによればジャクリーンは、現時点で自分の味方になってくれた騎士はゼロ!完全にぼっち状態で、三年生の残り半年に突入しているという状態らしい。
実際、騎士の側も三年いっぱいをかけて仕える姫を決めたいので、まだ姫を決めてない男子生徒は非常に多いのだが。だからって、目星もついてないというのがなんとも酷い話である。そりゃあのウエメセな性格じゃ仕方ないわな、としか言いようがない。
『なるほど、このままじゃ由緒正しき侯爵家のお嬢様がぼっちで試験に挑む羽目になるから、俺に代わりになんとかしてくれと。……ふざけてます?』
『ふ、ふざけてないわよ!仕方ないでしょう、世の中には適材適所ってものがあるんですの!ほら、アンタ見たところコミュ障じゃなさそーだし、さっさと騎士の一人や二人見繕ってらっしゃいな!』
『それが人に物を頼む態度かよ!おい!!』
まあ、あのお嬢様にツッコミ入れてもどうしようもないのだろう。これが夢でないのなら、自分は本当に異世界に来てしまったということになる。そして、彼女の魔法がなければ元の世界には帰れない。機嫌を損ねることだけは、避けなければいけなかった。
半年。とにかく半年の間に一人でも多く騎士を見繕って、あのお嬢様に満足してもらうしかあるまい。本人曰く、召喚魔法は自由に時間軸も設定できるという。自分が望む成果を出せば、元の世界に帰るのみならず、彼方がいなくなった時間軸に着地させることも可能なのだと言っていた。それが本当ならば、時間を気にせずにここで過ごすこともできるということだろう。
――とにかく、まずは今日を乗り切らないと。課題は山積みだ。
窓ガラスに映った自分の姿を見ながら、ぐーぱーと右手の拳を開いたり開けたりしてみる。
魔法使いの学校、ということは授業でも魔法は組み込まれているのだが。この世界の魔法とは、知識を蓄えて訓練して使えるようになるものなのだという。無論、この学校にいるような魔女や魔導騎士の家柄の者達は潜在的に魔力が高くて素質がある者が殆どであったが。
つまり。異世界出身な上、魔法の知識なんてからっきし、な彼方は殆ど魔法を使うことができないのである。一応機能のうちに初級魔法だけ教えてもらったが、まったく安定しないし殆ど使い物にならない状態。異世界転移したら俺にはすごい魔法の才能があったのでチートします!――なんてのは、本当にラノベの世界だけのお話であったらしい。
つまり、彼方は魔法の力に頼らず、騎士達を集めなければけないのである。
さらには、何やら一学期にジャクリーンは何か問題をやらかした様子。二学期の投稿初日の、針の筵宛らの状況をまず乗り切らなければならないだろう。
――くっそー。何で俺が、あの偉そうな女の尻拭いをしなくちゃなんねーんだよ!
あームカつく!と拳をぎゅーっと握りしめた、その時だった。
「随分早く学校来てんじゃねぇの、ジャクリーンよお?」
「!?」
突然、背後から声。誰だ?と思って振り返った直後、ぬうん、と大きな影が立ち塞がってきたのが見えた。
――ででで、でっか!?
そいつは、金髪金目の、長身でやや筋肉質な青年だった。にやり、と笑ってジャクリーン、もとい彼方を見下ろしてくる。
そして、やや苛立ちを滲ませた声で言ったのだった。
「よくもまあ、平然と俺様たちの前に顔を出せたもんだな、オイ?」
思わず窓際に後退った直後、ドン!という音と共に彼の手が顔の前に突いていた。ぐい、と青年の整った顔が目の前に近づく。この体制は、と彼方は冷や汗だらだらである。
誰がどう見ても、少女漫画などでの乙女の夢、壁ドンというやつではなかろうか?
――ってなんで俺が男に壁ドンされなくちゃいけねーんだよ!そんな趣味ねーわ!!
しかも、この偉そうな態度。これはもしや。
「まさか、償いのために早く来て土下座の準備でもしますってか?いやぁ、健気だねえ。それで許してくれるやつが一人でもいればいいけどな?ていうか、俺様にもあんなに迷惑かけてくれちゃったわけだし……なんかさあ、言うことあるよな?今、ここで」
――やっぱり俺様って!俺様って言った!俺が一番キライなタイプだこいつ!!
結構オタクなゲームもやるし、アニメも漫画も見るタイプの彼方。姉が大好きな乙女ゲーを一緒にプレイしたこともあるし、彼女の好きな少女漫画を借りて読んだこともある。
そんな時、いつも不思議に思ってたのだ。ヒーローが複数人いる作品だと決まって一人は“俺様キャラ”が出現するのは何故なのかと。いやだって、現実にいたら絶対嫌ではないか、こんな男!イケメンはイケメンかもしれないが、何が楽しくて横柄な態度でマウント取られないといけないのか。
男とか女とか関係ない。ジャクリーンに対して感じたのと同じ不快感を、彼方は既にこの男に抱いていた。人にマウントを取ることでしか己の価値を認識できないような弱虫野郎。自分を高めることじゃなく、誰かを蹴落とすことで一番になろうとするような人間が彼方は一番嫌いなのである。
無論、この男が自分に対して怒ってるのは、ジャクリーンが一学期に何かをやらかしたせいであるようなので、その怒りそのものには正当性があるのかもしれないが――。
「えっと」
苛立ちをぐっと飲み込んで、彼方は笑顔を作ってみせた。
「ごめん。悪いんだけど、アンタ誰かな?」
「……は?」
「いや、その。夏休みに事故に遭っちゃったらしくて、お……私、記憶が全然ないんだよね。だから、夏休み前の私が何をしたのかもわからないし、アンタが誰なのかもわからないんだ。忘れちゃったことは謝るけど、自分が何やったかもわからない状態で反省はできないよ。私はアンタに何をしたのかな?」
「ふざけてんのか?え?」
そりゃまあ、そう言われるのも仕方ないことではあるのだが。生憎、何が起きたのか本当に知らないのである。謝れと言われても、どうすりゃいいのという話だ。
まったく、ジャクリーンがちゃんと話しておいてくれればこんな面倒はなかったというのに!
「へー?ほーう?……このルイス・アーチャー様の顔を忘れたと?ほーう?」
ああ、明らかに怒ってる。青筋をビキビキと立てながら、ルイスと名乗った金髪の青年は言った。
「ふざけやがって。……いいぜぇ、俺様が丁寧に教えてやるよジャクリーン様。一体お前が、どんだけクソナメた真似してくれやがったのかをよぉ!」
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