第12話 視線を、僕にください!
次の日。
颯志は決意した。
今日、茉莉子に気持ちを伝える事を。
そんな事、思いもしない茉莉子は、いつもの様に教室に入って来た。
少し、尊に気を使いながら。
と言っても、出来る事は、別れた後でも、笑ってくれた尊と、今日も全く変わらない尊の笑顔に、泣きそうになりながら、微笑むだけだった。
茉莉子を見て、しばらくすると、尊は茉莉子から視線を逸らした。
すぐでもない。
ずっとでもない。
何とも言い難い”間”で逸らされた視線に、茉莉子は、尊の優しさをまた痛感した。
そんな、尊を裏切るような真似までして、颯志を選んだ茉莉子。
颯志はどうだろう?
もしも、自分が颯志を好きだと言ったら、颯志はなんんて言うだろう?
どんな顔をするだろう?
想像も出来ない。
颯志が自分を好きだなんて、知る由もない茉莉子に、ポジティブな考えは浮かんでこない。
だけれど、痛い。
胸が。
心が。
頭が。
視線が…。
…視線?
―――感じる。
あれだけ颯志を見つめていた茉莉子は、自分も知らないうちに、自分に送られる視線への感覚が発達していた。
その視線が送られてくる先は誰だろう?
「!」
間違いない。
視線の送り主は、颯志だ。
颯志が自分を見つめている。
どうして?
あんなに逸らしたじゃない。
あんなに合わなかったじゃない。
見つめても、見つめても、覗き込んでも、覗き込んでも、自分が送る視線は、いつも合わなくて、まるで尊と真逆のように、避けるかのように、尊を薦めてくるほどに、頑なに合わなかったじゃない。
どうして尊と示し合わせたかのように、尊が逸らした直後、後退に茉莉子に視線を送ってきた颯志に、茉莉子は戸惑った。
そして、思わず颯志から視線を逸らした。
(また、違う人を薦めてくるつもり?また、私の気持ちを誤解して?やめて。お願い。もうやめて。これ以上、私の心を誤解しないで。私は、もう並街君とは別れたの。並街君の想いを踏みにじってまで…!)
茉莉子は、ただ願って、目を瞑った。
もう誰も見ない。
これ以上誤解されるくらいなら、颯志さえ見つめない。
視線なんて送らない。
茉莉子はそう思った。
茉莉子が目を閉じて、しばらくすると、目を閉じた状態で、何だか気配を感じた。
恐る恐る目を開けると、そこには颯志がいた。
「た…武田君…」
颯志を好きになって、初めて颯志がこっちを向いて、真剣な顔で、茉莉子の横に立っていた。
「本宮さん」
視線を逸らさず、茉莉子の名前を呼ぶ颯志。
茉莉子は怖くなった。
「あ…あの、私、ちょっとお手洗い…」
と目を逸らしかけたその時、
「逸らさないで」
颯志がはっきり、真っ直ぐ、茉莉子の目を見て言った。
教室が少しざわめきく。
「え?」
困惑する茉莉子。
「僕も、もう逸らさない」
「え…あの…」
もっともっと困惑する茉莉子。
「本宮さん、ずっと…こんなこと言うと、うぬぼれてると思われるかも知れないけど…、本宮さん、ずっと僕を見ててくれたんだよね?」
颯志は困惑はする茉莉子に内心少し怯みながら、近づいた。
「僕は気付かないふりしてた。一学期は僕はてっきり本宮さんは尊君を見るんだと思ってた」
「…うん。見てた」
茉莉子は無表情で応えた。
「二学期隣になれて、僕は嬉しくて仕方なかった。なのに、いち楽器の時の本宮さんの視線が尊君に送られてるって思ってたから、尊君を薦めた」
「うん。すごく…悲しかった…」
茉莉子は、眉をしかめた。
「三学期、本宮さんが尊君と付き合ってるのに、僕に視線を送ってくれてるのが解った。でも、逸らしたら、また一学期みたいに尊君に逸らされるのが怖くて…会わせられなかった…」
「うん…。私、合わせてもらえなかった…」
茉莉子は、一筋、涙を流した。
周りの生徒は、何の会話なのか、一体何が起こったのか、さっぱりわからない…と言った感じで、静まり返っていた。
「私、見てたんだよ。視線、送ってたんだよ。カイロをもらったあの日から。ずっと…ずっと…」
真っ直ぐ、送り続けた視線を逸らすことなく、茉莉子は続けた。
「だからね、私、昨日、並街君と別れたの。並街君は全部解ってた…」
「うん。昨日、尊君から僕も聴いたよ。『バーカ!!』って言われた。本当に馬鹿だよね。本宮さんが誰を好きでも、誰に視線を送っても、僕の気持ちは変わらないのに…」
「えー!!二人別れたのぉ!?」
教室が一気にどよめいた。
そんな声、二人には聞こえなかったが、一応、
「みんな、黙って。こいつら、今、一番大事な視線の送り合いしてんだ」
尊が、教室のどよめきをかき消した。
「僕は、本宮さんが好きだ。一年間、本宮さんを惑わせて、視線を逸らしたり、他人を薦めたり、自分を誤魔化したり…」
「うん…
恥ずかしいほどの涙の粒に、きっと昨日までの茉莉子なら、下を向いて、颯志から視線を逸らしていただろう。
しかし、茉莉子は逸らさなかった。
ずっと聞きたかった言葉に、ずっと合わせたかった瞳に、すっと見つめて欲しかった人に、自分は告白されている。
視線を、合わせてもらえてる。
「本宮さん、本宮さんの視線を、僕だけにください」
「…はい…はい!」
その言葉に、嬉しさを隠しきれず、教室である事も忘れ、颯志は茉莉子を抱き締めた。
「二年生になって、クラス変わって、一緒にいられなくなっても、大不人気の風紀委員で待ってる。ちゃんと、守れるよね?本宮さん」
「うん!ちゃんと守るよ!この一年より、誰かに視線が行って、よく委員長の話、聞けなくなっちゃうような、悪い風紀委員になっちゃうかも知れないけど…」
茉莉子は、苦笑いした。
「僕も…かな?へへ…」
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