第11話 もう、逸らさない。

その日の夜、尊は尊らしく、最後まで尊らしく、颯志に電話でこう告げる。

「颯志、俺、本宮と別れた」

その唐突なまでの尊の報告に、颯志はひたすら驚いた。

何故?ついさっき、自分に”本宮は俺の彼女だ”と宣言した直後だ。

二人は想い合っていたはず。

二人は、『好きだ』と認めあった仲。

颯志は確かに聞いた。

あの日の『並街君が好き』と言う茉莉子の言葉を。

「聞いてるか?颯志」

「え?あ…うん。でも、なんで…」

「本当に分からないのか?」

そう言う尊の言葉に、心当たりが全くないわけではなかった。

尊と茉莉子が付き合い始めてから、何故か茉莉子が自分に視線を送ってきていた事。

あれは気のせいじゃない。

窓の景色を見ていたんじゃない。

でも、その前に茉莉子が見ていたのは、間違いなく尊だった。

「でも…、最初、本宮さんは、確かに尊君の事見てたよね?」

「あぁ。俺を隠れ蓑にするためにな」

「え?」

「本宮は、すっと、最初からお前を見つめていたんだよ」

その言葉に、颯志は驚きを隠せなかった。

「でも…」

と、否定を続けようとした颯志に、

「俺にこれ以上言わせる気か?俺もそこまで優しくないぜ?そこまでお前と本宮のピエロじゃない」

尊は、少し強めの口調で颯志に諭した。

「お前はどうなんだよ。お前は、本宮が誰かに盗られても良いのか?」

颯志は、窓際の席になって、茉莉子の自分に向けられる視線が恥ずかしいながらも、やっぱり嬉しかったのだ。


「…だ…」

聞き取れないくらい小さな声で颯志は、自分の気持を尊に零した。

「え?なんだって?」

その小さな声に、思わず尊は聞き返した。

「嫌だ!本宮さんの視線は僕のものだ!!」

颯志は叫んだ。

「はははははっ!お前のんなでかい声、聴いたの初めてだ」

尊は思わず吹き出した。

そんなの気にしない、と言った感じで、颯志は続けた。

「もしも、尊君の言う通りなら、本宮さんは、一年間、僕を見つめ続けてくれていたんでしょ?隠れ蓑として尊君を見つめていた時も、隣になった時も、窓際と廊下側で離れた時も、僕の勘違いじゃなくて、本宮さんは…」

「…良かったよ。全部気付いてなかったら、本宮が可哀想すぎるからな。大体、お前だってかなり悪いんだぞ?本宮が断れないような状況で、俺の事好きだろ?とか言ったりして…」


この時、颯志は気付いた。



尊は、泣いている…。

「尊君、僕は、どんなに本宮さんが視線をくれても、一回も応えようとしなかったんだ」

「…あぁ。知ってるよ。馬鹿だな、お前」

「…うん。馬鹿だよね。大事なのは、本宮さんの気持ちだけじゃない。僕気持ちだって大事なのに…」

颯志は思った。

自分は、隠れてただけでも、向き合おうとしなかっただけでもなく、ひたすら、逃げていた。

茉莉子のような人気者に、好かれるなんてありえない。そう思っては逃げていた。

傷つくのが怖くて。

自分を守りたくて…。

いつも、いつも、男子からに睨まれるのなんだのと、茉莉子が視線を送る理由など考えもせずに。


「尊君、僕はもう逃げない。本宮さんの視線を独り占めしたい。…良いかな?」

「知るかよ!バーカ!じゃあな!!」

プツッ!!

電話が思いっきり切れた。


それでも、それは、尊の『頑張れ』の合図だという事に、颯志は気付いていた。


「もう…逸らさない…」



颯志は、そう、呟いた。

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