第4話 「茉莉子ちゃん、おはよう!」

恐怖の三十分の後、やっと始まった委員会で、明日から、『おはようございます運動』を始める事となった。

何をするかって?

その名称通り、校門を通って、学校に入ってくる生徒一人ひとりに、

「おはようございます」

と言うだけの運動だ。

何故、こんな子供っぽい運動が行われるのかと言うと、この高校のスローガンが、『あいさつ』なのだ。

何とも古めかしいスローガンだ。


クラスは、各学年、A~H組まである。

各組二人で、各学年A組から、六人で行われる。

一年A組だった颯志と茉莉子は早速次の日に当番が来た。

朝、七時半から八時半までの一時間、『おはようございます』を繰り返す。

最初の十分は、仕方ないかと声を張るが、それを過ぎると、帰ってきたり来なかったりの生徒たちの反応に、やる気も削がれてゆく。

しかし、その日、早く部活にきすぎていない人や、遅刻しなかった人は…まぁ。男子がほぼほぼを占めるが出来事だったが、ラッキーだったと言えるのではないだろうか。

何故なら、まだ、何の汚れも知らぬうぶな茉莉子が朝から、真面目な性格から、声を張り、とびっきりの笑顔と共に、『おはよう』と挨拶してくれるのだから。


茉莉子は、男子の先輩から、

「茉莉子ちゃん、おはよう!」

などと、半分からかわれているのに、

「あ、おはようございます!」

と、たじたじになりながら、『おはようございます運動』をやりぬこうとしていた。

そん姿に、誰が文句を言えようか。


男子生徒にちやほやされる茉莉子に、女子がもし茉莉子に良くない感情を持とうなら、颯志は『許さない』などと、自分にあまり備わっていない感情に、自分でも驚きを隠せなくなっていた。

幸い、そんな女子生徒はいなく、颯志はほとんど持ち合わせていない闘争心をしまい込んだ。




でも、さすがに茉莉子だ。

入学式で頭角を現し、たった二週間で、先輩からご指名のように名前を呼ばれる。

それなのに厭らしい感じは一切しない。

こう言う女子にありがちな、ぶりっ子な訳でも、計算高い訳でも、高飛車な訳でもない。

ひたすら初々しい。

しかし、この日は『おはようございます運動』には、全く持って適さないお天気だった。

季節外れの雪が舞い、とても寒い一日だ。

生徒たちは、もうみんなコートはクリーニングに出すなど、衣替えをしていた人が多く、辛うじて、マフラーと手袋くらいで寄り添いなっがら、登校していた。

「寒い~!」

と、機嫌悪そうに校門に来た男子生徒も、茉莉子の前では、にやけ顔になり、寒さを忘れたようだった。

「本宮さん、大丈夫?」

と三年生のこの日、一緒に運動をしていた女子の先輩が心配するほど、茉莉子はマフラーだけで、手指、ほっぺ、鼻を真っ赤にして、挨拶していた。

「あ、大丈夫です。ご心配かけてすみません」

真面目で素直で我慢強い。

茉莉子の性格がもろに出た瞬間と言えよう。



少し距離を取った隣で、颯志は思った。

(寒そう…)

冷え切った茉莉子の指先を見つめ、恥ずかしい妄想が颯志の頭を過った。

(手…握りたい…)

そう思った瞬間、ボッと顔が熱くなった。

(何考えてるんだ!?僕…!)

颯志は、思わず茉莉子から視線を逸らした。



そして。、一時間が過ぎ、やっと茉莉子のご指名されながらの『おはようございます運動』初日が終わった。


「お疲れ」

と、委員長から終わりを告げられ、その日の各学年、六名は、校内へ入って行った。


その校門から玄関までの間に、颯志は、ありったけの勇気を振り絞って、

「…手…冷たくない?」

と茉莉子に尋ねた。

「え?」

少し、話しかけられた事に驚いたような茉莉子に、

「これ、もっと早く渡せればよかったんだけど…」

と、未だ封を切っていないカイロを茉莉子に差し出した。

「え…?良いの?」

と、聞く茉莉子に、

「今更…だよね…」

と居心地悪そうに言った。

「ううん。ありがとう。武田君」

と、真っ赤になったほっぺを持ち上げて、茉莉子はにっこり微笑んだ。


『天使の微笑み』


と言う何かの代表作あったら、それを見せて欲しい。

この今の茉莉子の笑顔にその作品が相応であるか、確かめてみたい。

と、颯志はそう思った。



冷たい風にポニーテールを揺らしながら、ほっぺとくちびるが赤くなって、後ろで舞う雪が天使の羽根みたいだ。

そして、この笑顔。

茉莉子が天使でなければ、一体どんな存在を天使と呼べばいいのか、颯志には解らないほど、どんどん、どんどん、颯志は茉莉子に惹かれていくのだ。



しかし、その日、惹かれたのは、颯志の方だけではなかった。

委員会の最初の日、三十分、教室で二人だけで放置され、こちらから話…と言うほどではないが、振ったけれど、『うん…』の一言で打ち切られてしまった時は、この先、やっていけるかな…?と、心底心配したが、颯志は、只、自分と同じ人見知りで、不器用なんだと知り、自分と似てるな…と封を切ったカイロを頬にあてながら、茉莉子は思い、微笑ましかった。



そんな互いの想いを、互いが知る事も無く、風紀委員として、最初のミッションを二人は何とかやり遂げた。

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