第29話 本場


あれから一晩中アナベルに襲われ……回復魔法のお世話になりつつ、翌日。


 余談だけど……アナベルは、ミシェルに負けず劣らずのナイスバディだった。

 ミシェルよりも、こう……少し熟れた柔らかい四肢は、それはそれはもう……いやこれ以上はやめておこう。


 まだ朝だし。



「それでは、本日の昼前には出発しますわよダーリン」



「うん」



 アナベル曰く、アレックスが迎え入れる準備が出来たとの事。

 というか、アナベル達はどうやって連絡取ってるんだろうなぁ。



「生憎、アレックス様の御両親……つまり公爵閣下と令夫人は、王城にいらっしゃるので……本日は不在ですわ」



 僕がわかるように、簡単な言葉を使って説明してくれるアナベルの優しさが有難い。



「お忙しいのかな? いつか挨拶出来たらいいなぁ――――ん?あれ……?」



 結婚……というか、婚約のご挨拶どうしよう……?

 また、日を改めて出向かないと……だよね?



「どうか致しました?」



「あぁ……いや、ミシェルとアナベルの事もあるし……と思ったけど、また日を改めてきちんと伺えば良いのかなって」



「あぁ、そうでしたの。その件で王城に詰めておりますので……保留、という訳ではありませんが、また後日……ですわね」



 もう王城の単語だけで不安なんだけど……。

 オーナーとか社長とか……国王とか。そういう偉い人の単語を聞いただけで、胸がムカムカする。



「おほほ。悪い話ではありませんから、安心なさって?」



 顔に出てたかな? 優しく頭を撫でられつつ、慰められた。

 

 悪くない話……僕には想像出来ない、けど……アナベルがそう言うなら、信じよう。



「うん、ありがとうね」



「構いませんわっ。私、弱々しい方が興奮しますから……お気になさらず」



「言い方よ」



 ……毎夜が怖い。



「おほほほっ」

 


 さ……それはともかく、気を取り直して未来じゃなくて今の話をしようか。

 見えない先の話にドキマギしても、しょうがないさ。



「ねぇアナベル……少し早めに出て歩いてアレックスの家に行きたいんだけど……ダメ、かな?」



 僕の言葉に顎に手を当て、思案顔のアナベル。

 

 や、やっぱり不味いかな……? 駄目かな……?



「はぁ……仕方ありませんわねぇ。連絡を入れてきますので、少々お待ち遊ばせ」



「ありがとう。無理言ってごめんね?」



「ま、旦那の我儘を聞き入れる……これも良き妻の姿、ですわよダーリン」



「助かるよハニー」



「方々に連絡しますから、お時間頂戴しますわよ? その間に……せめて自衛用の剣を用意して下さるかしら?」



「あっ……そうだね。わかった」



 そう言えば僕、手ブラじゃん。

 そりゃこんな世界だと、丸腰の人間じゃあ……狙われるわなぁ。



「それと、軽い物で宜しいので鎧と――――」



「は……はい!」



 アナベルの指導の元、言われた通りに魔法で装備を創っていく。



 

 ***************



 

「わぁ……凄い」



 僕は今……昨日馬車で通った道を、アナベルと歩いている。


 着慣れない革鎧や膝当て、帯剣が邪魔で歩き辛いけど……そんな物気にならないくらい、感動している。


 馬車なんていう、高い所から見る街は……なんだか俯瞰しているみたいで、物語のページを捲ってる気分だった。


 だから……この、異世界を。


 同郷の広川さんが作った世界を……自分の足で歩きたかった。


 別に、【公爵家の客人】という立場から離れたら、幾らでも歩けるだろう。

 だけど……初めての異世界で、初めての街……全てが初めての、このタイミングで歩きたかった。


 職人の面倒な部分が出てしまって、方々に迷惑を掛けて申し訳無いけど……それでも、歩いて良かった。


 すれ違う、多種多様の亜人も。


 見上げる程に高い建物も。


 人が汗水垂らして敷いたレンガ状のタイルも。


 日本でも見れる、飯屋や宿屋も……商売人も。


 日本じゃ見られない、武器屋や防具屋も。


 全部、全部……ファンタジーで。


 何でかわからないけど、凄くて……興奮して。


 全てが愛おしくて。


 僕は今――――間違いなくこの物語の登場人物になっている気がして。


 ジリジリと照らす日光や、優しく流れる風すらも……ファンタジーに思えて。



「嬉しそうですわね……ダーリン」



 隣を歩く美人も……凄く、ファンタジーで。



「そうだね」



 そんなアナベルに視線を向ければ、僕の方を見たからか……風に靡いた金髪が顔に絡まり、鬱陶しそうに格闘してる姿。


 そんな、日本でも起こり得る事ですらファンタジーに思えて……凄く、気持ちがフワフワしてる。



 街ゆく人の格好も、馬車も、馬も……この街のルールも。

 

 全てが真新しくて……僕の気持ちを刺激してくる。


 鎧を身に纏い、警邏する人。


 大きな馬車で、急いで駆ける商人風の人。


 馬車から徒歩という、微妙に視点が変わるだけで……こんなにも、感じ方が変わるのか。


 武装した筋骨隆々の男の群れ。

 彼らが入る、剣と盾が交差した看板の建物。


 少し古びた木造の建物で……場末感が凄い。



「あれ、あそこは……?」



 あれは、あの建物は……!! ゲームで良く見た、紛れもないファンタジーでは……!?



「冒険者ギルド……ですわ。ダーリン、今はダメですわよ?」



 やはり……やはりそうだったか!

 

 イメージ通りの建物の雰囲気は……広川さんの存在をチラつかせるけど、まぁ気にしない。



「今度、行こうね」



「……仕方ありませんねぇ」



 僕とギルドの間に立ち、僕の視線を遮るようにするアナベル。

 流石に、友達の家行く前に寄り道はしないよ……。


 けど、近いうちに行きたい。絶対に。


 表向きの理由は……広川さんの関与した雰囲気があるから。

 本音は……凄くファンタジーで、興味ビンビンだから。


 あぁ……色んな事が新鮮で、頭がパンクしそう。

 

 まるで……就職したての頃みたいに……ワクワクしてる。

 


「良し、早くアレックスに会いに行こうか」



 この世界の友達の家は……僕にどれだけのワクワクとドキドキを与えてくれるかな?



「あの……初めからそのつもりですわよダーリン……」



「あっ……ごめん……」



 良く考えれば……僕、地球じゃ友達居なかったし…………友達の家に遊びに行くなんてイベント、無かった気がする。




 ***************



 あれから、街並みを眺めるのは程々にして……アレックス家に向かうのを急いだ僕ら。

 

 ……遠くに見える王城らしき建物も……凄く、凄く気になったし、近くに行きたかったけど……我慢した僕、偉い。


 王城を背中にしつつ、長い長い壁沿いを数分歩き……辿り着いた先には、一つの華美な門が。



「さて……此方がアレックス様の住まわれる、グローリィ家で御座いますわ」



 その華美な門を手で指し示すアナベル。



「……えぇ!? 今まで歩いてきた壁、塀なのぉ!?」



 大き過ぎません?

 

 見上げても壁しか見えないし、大人が歩いて数分の距離。

 てっきり外壁かと思ってた……。



「おほほっ。仮にも公爵家……並大抵の家じゃありませんわよ?」



「良い意味で……予想外だなぁ」



 綺麗に白く塗られた塀は……掃除も大変だろうに、汚れも傷も何も無い。

 管理能力と、作業者の能力が高いんだなぁ。



「親衛隊副隊長、アナベル・ノアイユですわ。件のお客様をお連れしました。開けて下さる?」



「「はっ!!」」


 


 アナベルが二人の門番に声を掛け、開けて貰った門も……蝶番が軋む音も、鉄扉が地面を擦る音もせずに静かに開いていて、管理の行き届いているのが見て取れる。



「さぁルイ様。此方へどうぞ」



「あぁ……はい」



 ダーリンと呼ばれなかった事に少し寂しく感じるけど……流石に、勤め先でダーリンなんて言ってたらはっ倒されるだろうし、仕方ないか。



「お、お邪魔しまーす……」

 


 門を通った先は――――何かの記念公園みたいに整備された、美しい庭。


 そして、それに相応しい……宮殿と言っても過言じゃない、大きくて綺麗な白亜のお家。


 そして……門から玄関までの道程に、ズラっと並ぶ……侍女さんや執事さん。


 正に……圧巻。



「ほわぁ……」



「おほほっ!! どうでしょう、公爵家の偉大さは」



「凄いねぇ……言葉が、出ないや」



 家の大きさも、庭の広さも……それを完璧に整備する人の技術も。

 

 どれを取っても……凄い。


 それに、使用人の数も……多すぎる。数十人……下手すれば百人近くの使用人達。

 

 これだけの人数を雇える財力……言葉が出ない。


 そして何よりも――――友達が来ただけなのにこの歓迎っぷり。

 

 もしかして……アレックス、友達……居ないのかなぁ……。



「僕、アレックスと……もっと遊んだ方が良いかな? 流石にちょっと切ないよ僕」



「は、はぁ……ん、え?」



 悲しむ僕と……困惑するアナベル。

 

 そんな僕らの前に出てくる……一人の侍女さん。



 「本日、ルイ様の御世話をさせて頂く、クロエ・シャティヨンで御座います。遠い中……ようこそお越し下さいました」



「「「「ようこそお越し下さいました」」」」



 彼女の見事なカーテシーと、それに合わせて復唱する使用人達の声が……敷地いっぱいに響いた。

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