第28話 ルート確定



「ところで……ミシェル達が先に帰る必要ってあったの? 僕達と一緒でも良かったんじゃないかなぁ」



 コトッ……コト、と音が響く部屋の中。



「まぁルイ様……乙女には準備の時間が必要でしてよ?」



 アナベルと二人……机を挟んで対面している。



「そうかぁ……そうだよね。アレックス達の準備も必要だろうし」



 ここは、宿の中の一部屋。

 汚れ一つ無い、白基調の……純白の宿泊部屋。



「そうですわね。稀人様の来訪……それは、建国以来の大イベント。公爵家も……大慌てですもの」



 机の上にあるのは……なんと、チェスである。


 僕がインベントリから、書きかけのルセットを出すのと同時に、アナベルが遺物からいそいそと取り出した物。



「そんなに……凄い事かな?」



 アナベルの表情が、子供が悪戯をする時みたいにニンマリしていて……秒でルセットをしまった僕の男気を褒めて貰いたい。



「王家が手を出そうとするくらい……ですわねぇ」



「えぇ……」



 王家……か。

 

 たぶん、広川さんの血族だよね?

 そこに僕の血が混じった所でなぁ……。よく分からん。



「あら、悪手ですわよ」



「……精神攻撃、狡くない?」



 余計な事を考えてたせいで、チェスに頭が回らんかった……。



「おほほ、盤外戦も視野に入れておきませんと」



「くっ……」



 僕も、何か盤外戦を……!!


 いつもの仕返しを兼ねて、僕が攻めるしかねぇ……!



「そうだ、アナベル……。良かったら、僕と……恋仲に……ならないかい?」



「えぇ喜んで。それじゃチェックメイトですわ~!!」



「いや……違っ! 盤外戦だよ盤外戦!!」



 二重の意味で……チェックメイトってか。



「そんな戦術じゃあ、公爵家親衛隊副隊長を誑かせないですわよ~? それで……日取りはいつにします?」



「いや誑かされてるやん」



 というか親衛隊? え、副隊長……!?



「あら? 乙女心を弄びましたの……!?」



「おっふ……ごめんなさい……完敗です……」



「まぁ……これは、責任取って頂きませんといけませんわぁ」



「そうだねぇ……まぁ、もう少し仲良くなったらだね」



「……え?」



「さて……ちょっと僕は勉強しに行ってくるね」



 ちょっと……この空気が恥ずかしくなってきたから逃げよう。



「え? あっ、ちょ! お、お待ち下さいましっ!! お供致しますわっ!!」



 やっぱり、この歳で色恋沙汰の話は恥ずかしいもんで……気まずい中、アナベルと部屋を出る。


 今のタイミングじゃ、冗談みたいに……軽く言う事しか出来ないや。


 でも、ちょっと……自分の感情の変化に気付いたから――――確証を得たい。



 ***************


 アナベルに連れられてきた、この高級宿。

 ロビーの床は大理石で出来ていて、見た目も綺麗だし、高級感がある。


 さて……気を取り直して、この世界を勉強しよう。


 置かれている机やソファ、宿帳にペン立て……その細かい所の全部が整理されていて、斜めにズレて置かれていたり……乱雑してたり、なんて事は全く無い。

 

 全部ピシッとしてて、見ていて気持ちが良い、整った空間。



「……ルイ様、何を書いていらっしゃるの?」



「お客の立場で、清潔感のあるお店の雰囲気のメモだねぇ」



「なるほど……で、それは役に立ちますの?」



「そりゃ、そのうち自分のお店を持った時に役立つよ」



 自分がお客の立場で居られるのは……今だけ。

 

 なら、今のうちにこの世界の接客や店の雰囲気を勉強しておかないと……知りたくなってからじゃ遅いから。


 宿と菓子屋……全く別種だけど、覚えていて損は無いし、流用できる所はするつもり。



「なるほどぉ……」



 従業員の清潔感。

 

 何処に目が行ってしまうか。


 客と従業員の動線が混線していないか。


 挨拶の丁度良い声量はどれ位か。


 お辞儀の角度はどのくらいが違和感が無いか。


 地球とこの世界の齟齬は、どれくらいか。


 見る所なんて沢山あって……勉強になる。


 公爵家が贔屓にするだけあって……恐らく、この宿の接客のレベルは高いはず。

 ならば、この宿を参考にしてマニュアルを作れば……きっと良い店になる……と思いたい。



「そんな所……気にした事ありませんでしたわぁ……」

 


 僕のメモを覗き込みながら、アナベルが耳元でボソリと呟く。



「客に気付かれないようにってのも、プロだよね」



 その言葉で、どこか納得したご様子。



「おほほ。なるほど……護衛任務と似ておりますわね」



 ……え?  護衛……?

 

 まぁ良いか、気にしなくて。


 そんな事よりも……自分の感情の変化に、自分でも違和感があって気持ち悪い。



 それは――――――僕が、金稼ぎに前向きになっている事。

 


 生きる為に金を稼ぎ……そして、死ぬ。それが凄く嫌いだった。

 

 それが、平凡な僕が出来る……世界への、日本への小さな抵抗だった。

 

 それなのに……僕はどうしたんだろうか。


 幾ら頑張っても、一年で二千円前後しか上がらない給料が嫌だったのか?


 給料の三分の一を持っていく税金が嫌だったのか?


 日々移ろいゆく世の中。


 物価は上がり、税金は増し……生き辛くなる毎日。

 

 ホワイトな企業は給料を上げたりしてるのに、変わらない僕と、うちのお店。

 

 その……世間に取り残されていく、置いていかれる不安が嫌だったの……だろうか。

 

 自分が……わからない。


 この世界に来て……金を稼がなくても生きていけるから、変わったのだろうか。


 魔法という特別な力を持ったから……変わったのだろうか。


 ミシェルという――――家族を持ったから、変わったのだろうか。


 だから僕は……それを、確かめないと。


 国に属して店を持てば、税金が発生する。


 売れなければ……給料は上がらない。


 そして、世間というコミニュティに……入らなければならない。


 僕に出来るのだろうか。


 子供っぽい僕が――――大人になれるんだろうか。


 後戻りは出来ない……その恐怖に、勝てるんだろうか。


 一つの選択をすれば、その後の道は決まる。


 その恐怖に……打ち勝って、進めるんだろうか。



「ねぇ、アナベル」



 ――――でも、これが人生。


 僕が菓子だけと決めた人生。


 悩み、嘆き……葛藤する日々。


 逃げ場の無い、先の見えない道。


 変わる事が怖く……停滞が恐ろしい、毎日。



「なんでしょう」



 僕が変わらなければ……道は変わらない。


 どの道が正しいかなんて……知らない。


 けど……結局きっと、どんな道を進んでも……死ぬ時、笑えるんだろうな。

 

 これが――――僕の望んだ、生き方。


 どんな魔法が使えたって……後戻りなんて、してやらない。


 今……僕は間違いなく、人生の別れ道に来ている。



「僕の家族にならない?」



 きっと僕は……彼女が他の男と結ばれたら、激しく嫉妬すると思う。


 これから先、アナベル達がアプローチを掛け続けてくるとは限らない。


 だから……僕は、この道を選ぶ。


 手が早かろうと、ハーレムだろうと……思うままに、本能に生きたい。


 だって――――ここは日本じゃ無いんだから。


 日本じゃ望めなかった生き方を……したい。



「えぇ。喜んで」



 僕が真面目くさって言えば、アナベルも当たり前のように返してくれる。



「わぁ、良かった。もし振られたら、どうしようかと思った」



「おほほ……あそこまで露骨にアピールしましたのに?」



「そりゃあ、好かれる理由が無いからね」



 グイッとアナベルが僕に近寄り……顔を覗き込んでくる。


 僕より背が低いのに……まるで見下ろされているような、威圧。



「あら……一つずつ、好きな所を理由を付けながら上げていけば……宜しくて?」



 それは……ちょっと二十歳を超えた人間には、恥ずかしいや。



「遠慮しとくね」



「宜しい」



 なんか、アナベルの空気の作り方は……凄い。

 

 当たり前のように飲み込まれちゃう。



「じゃ……部屋に戻ろうか」



「あらダーリン……まだ明るいですわよ?」



「ソウデスネ」



 ここ……まだロビーなんだよなぁ。

 幸い、近くに人は居ないけどさぁ……。



「ほら……指輪を付けたり、明るいうちにやれる事あるでしょう?」



 僕の薬指に付けた、【女神の寵愛】をアナベルに見せ付ける。

 ……あれ? お嫁さんを複数人貰う場合……どうするの?

 僕、同じ指輪を同じ指に何個も付けるのかな……?



「あら、その指輪……幾つもあるんですの……?」



「あぁ、この指輪はね――――」



 あぁ……そっか。アナベルには女神様云々の話、しないか。

 

 フカフカの絨毯を二人、横並びで進み……話しながら、部屋に戻る。




 ***************



「人生、勝ちましたわぁ……」



「事後、最初の一言がそれなの……どうかと思う」



 流れるようにアナベルに襲われ……今は深夜。


 この宿……やっちゃってオッケーらしく、同じ宿で……その、致した。



「中々、良い男に巡り合いませんでしたからねぇ……」



 赤く染まったシーツも、魔法があれば一瞬で綺麗に。



「良い男で居られるように、頑張らないとなぁ」



「おほほほっ! 期待してますわよ? ダーリンッ」



 ……家族が増えたね、やったねタエちゃ……やめとこう。


 さ……ミシェルとアナベル……家族が増えた。

 

 ……オッケー貰えれば、きっとレリアも……。


 頑張ろう。


 いや……頑張れる、だな。


 凄く……ワクワクしてきた。


 なんだろうね、守るものがあるから……的な男気かな?

 活力がどんどん湧いてくる。


 さぁ……お菓子が発展していない、この国……いや、この世界で。


 僕の技術で、金稼ぎしてやろうじゃないか。

 

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