第27話 王都
冷めたマカロンに、ガナッシュをミシェルと二人で絞っていく。
「ここ、ガナッシュの量しっかりね? じゃないと綺麗に見えないから」
「はいっ!」
多ければ溢れるし、少なければみすぼらしい。
こういう所にも、技量って出るよねぇ。
絞ったら、大きさを合わせてマカロンをサンドイッチ。
これで……やっとマカロン・パリジャン。
「良し……製品、完成……!!」
「いやぁ~……凄い大変ですねぇ~……」
「残念。まだマシな方だ」
「嘘でしょ!?」
なんか、初めてタメ口を使われた気がする。
ちょっと嬉しい。
「生菓子とかはもっと大変だよ? 技量も、工程も……材料の量も……パーツも……」
「そ、そんな……!!」
「だから、お金稼ぎなら焼き菓子なんだよね。楽だからその分、儲かる」
これが……パティシエの悲しい現実。
生菓子を作るのが僕らの生き甲斐と言えるくらいだけど……生菓子だけだと、採算が取れなくてやってけないんだよね。
「なるほど……」
「頑張って……凄いお菓子を作るとね、時間が掛かるんだよ」
「は、はい……」
「そうすると……価値が高くなる。そうなると……買われなくなる」
「あっ……」
「本当に美味い物を作れば買われるけど……そうじゃない、平凡なパティシエは……ダメなんだよね」
だからこそ……この世界にこれて、良かった。
僕は……平凡だから。
でも……きっと、この世界なら……平凡じゃ無い。
「旦那様……」
「後、終わりみたいな空気出てるけど、まだ終わりじゃないんだけどね? さ、次の工程の包装しよう包装」
「ほぇ?」
「そりゃ……剥き出しで手渡しは、不衛生だし格好付かんでしょ?」
プレゼントは……箱から決まってくるんだよね!
「なるほど……。お菓子屋さんって……一人じゃ、絶対出来ないですよね? やらないですよね?」
「うーん……たぶん、やらないねぇ」
魔法があっても……嫌。絶対しんどい。
僕の言葉に、胸を撫で下ろすミシェル。
やらせたろか。
「さ、そんな事よりさっさと包装しよう」
包装……マカロンだし、袋に入れてヒートシーラーで留めれば良いかな?
ミシェルと二人……一つ一つ袋に入れ、一つ一つシーラーで留めていく。
自分のお店持ったら……絶対に大型の包装機、作ろ。
***************
「やっと……やっと終わった……!!」
「死ぬ……死にますぅ~……」
マカロンだけじゃ寂しいと……クッキーやマドレーヌまでやり始めてしまい、結局二時間近くかかってしまった。
阿呆や……。
けど、アレックスが喜んでくれるなら……!!
この、相手を思う気持ちは忘れちゃいけないね。
さて……後は配置を考えつつ、ブリキ缶に詰めていくだけ。
「ははは……旦那様。一つの商品作るだけで……こんなに、時間が……あはは」
「落ち着けミシェル……! 大量生産すれば、多少は効率化されるから……!!」
あーでもない、こーでもないと二人でブリキ缶に詰めてたら……ミシェルが壊れた。
は、配置を決めて、その通りに入れていけば……時間がかかるのは最初の決める時だけだから……!!
僕? 僕はこれくらいの作業量は慣れてるから平気。
それにしてもこれ、包装工程もルセットに加えないとダメそうだなぁ。
「これで、これで終わりよミシェル……」
「はは、はははは……」
……本当は、ブリキ缶の蓋を閉める時のシールとか、箱の底に使用材料とか、賞味期限シールとかあるけど……アレックスにあげるだけだし、止めておこう。
まだ……ミシェルには早い。
徐々に慣らしていかないと……お菓子が、パティシエが嫌われちゃう……。
***************
「ただいま戻りました」
「……ました~……」
やっと戻ってこれた、現世。
「うおっ!」
モヤから飛び出せば……キスしそうな距離に、レリアさんの顔が。
「もう……大胆ですな、ルイ様は……」
「待て待て待て!! まだ早いまだ早い!!」
両頬に手を添えられて……危なく、吸い付かれる所だった。
「チィッ……既成事実が……!」
「軽すぎません? その既成事実」
「まぁまぁ……。それよりも、随分とお早いお戻りでしたのね、ルイ様」
少し離れた位置からのアナベルさんの言葉で、僕の魔法の成功を確信。
良かった……時間の流れ、ちゃんとずれてたみたい。
「因みに、どれくらいで戻ってきました?」
「恐らく……二十秒程かと」
「え……? レリアさんの行動、早過ぎない?」
絶対入ろうとしてるじゃないか。
「まぁ……気にしたら負けですよ、ルイ様」
そりゃあ……貴女の吐く言葉じゃないでしょうよ……。
「うぅ……アナ~……私、もう寝たいです~……」
暫く静かにしていたミシェルが、唐突にアナベルさんに甘え始めた。
ちょっと……やらせすぎたかな。反省しないと……。
お菓子になると、熱中しちゃうの……本当に何とかしたい。
きっと出来ないけどね。それが僕だから。
「あらあら……随分と激しかったのですわね」
「阿呆ですか貴女」
「おほほほ……冗談でしてよ、ルイ様」
「はいはい……。それじゃあミシェルの事、頼みました」
「仰せのままに」
目を擦り、ウトウトしているミシェルの肩を抱き……アナベルさんは、テントの中へ消えていった。
あれか……テントが女性で、馬車はギド……つまり男かな?
「やっと……二人っきりになれましたなルイ様」
パチパチ……と弾ける焚き火の音。
地球と変わらない……優しい夜風と、煌めく星。
見渡しても荒野で……思わず、伸びをしてしまう。
ちょっと最近、お菓子に夢中になり過ぎて……外を見てなかった。
異世界……楽しまないと、損だよね。
「……やっと、二人っきり――――」
「聞こえてる聞こえてる」
態と聞こえないフリしてたのに!
「むぅ……私では、不満ですか……」
「あぁ……いや、そうじゃなくてですね……」
切なそうな顔をされると……僕も、困ってしまう。
別に嫌な訳じゃ無いけど……なんだろうね?
「たぶん……お二人を躱してるの、楽しいんですよね。最近、人と余り関わりありませんでしたから」
「つまり……不満はないと?」
「そう……で……すね」
ギラりと光る、レリアさんの目。
やばい……食われる。
「ならば……良いですよね?」
「あ、待って……その、屋外は嫌っ!! せめて王都に付いてからで!!」
「ふふっ。言質取りましたよ……ルイ様」
「おおふ……」
嵌められた。
そして……ハメられる。
もう……諦めよう……。
「じゃあ……僕も寝ますね……」
「えぇ……良い夢を」
トボトボと……馬車へと向かう僕。
あぁ……夜風が冷たいぜ……。
***************
「――――そろそろ、王都に着きますわよ」
「うあ……もう、ですか」
御者台から、アナベルさんの声が聞こえて……うたた寝をしていた僕は目が覚める。
あれから一週間程経ち……やっと、やっと……王都が見えてきた。
荒野を抜けても平原や森林や……とにかく、自然ばかりで辛かった。
野生の魔物とエンカウントしても、ミシェルが即殺するしね。
うーん……さすが武闘派貴族令嬢。イメージが瓦解してくね。
ギドは……翻訳に夢中で、忙しそうだし……辛かった。
あぁ、待ち焦がれた……王都。
遂に、遂に……!
下手なタイムロスは嫌だし、今のうちに必要な事は聞いておかないと。
「ねぇアナベル。入都の際に、何か準備する事ってある?」
「いいえ、今回は特に大丈夫ですわっ。アレックス様の方で手続きを済ませておりますので。馬車の中でごゆるりとお待ち下さいましっ」
「はーい。ありがとうね」
「ふふふ。感謝ならばアレックス様に」
実は……この数日で、レリアとアナベルとは仲良くなり、呼び捨てにしている。
アッ……そうだ街に着いたら……食われる……。
僕の怯えは震えと変わり……カタカタと馬車が揺れ――――え?
「わぁ……」
揺れていたのは……僕じゃ無かった。
さっきまでは土を踏み鳴らされただけの、馬車道。
それが気付けば……綺麗に並べられた、美しいレンガ状の馬車道に変わっていた。
「気付いたか? ほら……あれが王都だ」
因みにレリアに至っては……このくらい口調が砕け散ってしまった。
「え、もう――――」
レリアの視線の先、そこには――――広大で、雄大で……壮大で。
太陽の光を、白く眩しく反射させて。
ちっぽけな僕を……ちっぽけな存在だと、そう言われる錯覚を覚える……凄く立派な、街があった。
いや、街なんてものじゃない……国だ。国が、そこにはあった。
「あれが……」
思わず、言葉が詰まる。
誰か知らない人が造った街でも……感嘆の声を上げるであろう、厳かな街。
それを……同郷が、日本人が……造った街だと思うと、その努力の結晶に胸が詰まってしまう。
生涯を賭して造り上げた……一つの、国。
「ようこそカムヤ王国へ……稀人様」
ミュージカルみたいな、演技みたいなレリアの声も、耳を通り抜ける。
あぁ……本当に凄い。
僕じゃ……真似出来ない。
だけど……嫉妬なんて醜い感情は生まれない、それくらい偉大に感じる。
「さ、スピード上げますわよっ!!」
馬の嘶きと共に、加速する馬車。
慣性に負けて、後ろに倒れても……起き上がれない。
「凄い、凄いよ広川さん……! 貴方、偉大だよ……!!」
今、僕は……異世界に来て一番興奮しているかも知れない。
***************
「ふおお、ふおお……!!」
「ふふっ。旦那様……子供みたいで……愛おしいです~」
「こ、こら……人前だから止めなさい」
この世界にきて初めての街。
正門を通るとそこは……まさに、異国情緒溢れる世界。
石造りの家が立ち並び……馬車が駆け、人が往く。
二階、三階建ての建物も沢山あって……ちょっと広川さんの頑張りが見えるけど――――それでも凄い。
綺麗な街並みも……広川さんの努力が凄い出てる。
国造りは詳しく無いけど……確か、なんか綺麗に並んでるの凄いよね、みたいなの聞いた覚えがある。
それに……道行く人の種族が凄い。
耳の長い……エルフ。
獣耳の……獣人。
ドワーフにホビットに……色んな人達が当たり前に歩いていて、まるで……ゲームの世界に紛れ込んだみたいで……凄く、ワクワクする。
「あっ……」
……首輪を付けられた、ボロボロの人も、ガリガリに痩せこけた人も……全部、ゲームみたいで――――でもこれが、紛れも無い現実で。
良い所だけじゃない……わかってはいるけど、ちょっと……見るのは辛い。
上で支配する奴がいて、下で動いている奴がいる。
何処に行っても……これは、変わらない。
でも……日本のそれとは、程度が違う。
――――ねぇ、女神様。僕の魔法は……何の、為に……。
「ここ、カムヤ王国は……人口が十万人を超える、大都市なんですよっ?」
僕にあれこれと説明をしてくれている、ミシェルの朗らかな声に――――現実に引き戻される。
奴隷……この世界では、スタンダードなのかも、知れない。
だってミシェル達は平然としてるから。
けど……それはちょっと、嫌だな。
「十万って……凄いね」
ぶっちゃけ、地球にいた頃も、都市一つにどれくらい人がいたかわからないんだけどね。
「これが……これこそが、我々が何百年経とうとも、讃え続ける建国王の素晴らしさなのですぞっ!!」
そう……だよね。凄い事なんだよね。
例え……奴隷が居たって。
「うおっ……そうですね……僕も、讃えようと思います」
ギドの声量は……馬車の中じゃデカすぎる。
「さて……旦那様。私は先に家に戻りますね~」
えっ!? ミシェル!? なんで!?
「えっ!? そうなの!? あれ、僕は!?」
置いて行かれるの?
まぁでもそっか……アレックス側も準備とかあるだろうしねぇ……。
「旦那様は、公爵家の方で用意した宿でお待ち下さい。寂しいですが、直ぐにまた会えますよ~!」
「どれくらい……?」
「う~ん……明日にはまた……?」
あ、そんなもんなの?
そうか、先に連絡がいってるから……か?
「それくらいなら……仕方ないねぇ。ミシェル、アレックスに宜しくね」
「はいっ!! では……また」
ミシェルは公爵家の御令嬢……色々あるんだろうねぇ。
「私もそっちだからな。また……会おう」
案外、別れ際は簡素なレリアに……ちょっと寂しさを覚えてしまった。
「あ、そうなんだ……気をつけてねレリア」
「うむ」
凄く寂しい。
別に、ついこの間まで一人だったのに……不思議。
ミシェル達は、何度も振り返りながら……人混みの中へと消えていった。
うーん……言葉に出来ないけど、何だかぽっかりと胸に穴があいた感じ。
急に皆居なくなるし――――それに、奴隷を見ちゃったし。
心が寂しがって……不安になってるなぁ。
「では……ルイ様は私と御一緒にお願い致しますわね?」
「はい」
そうか、アナベルは……居てくれるんだ。
「あれ、ギドは……どうするんです?」
「ぬ? 私は途中で降りますぞ?」
ギドは……離れてしまうんだ。
「そうなんだ……寂しくなるねぇ」
「ガッハッハッ!! 安心なされよ!! わからぬ日本語があれば尋ねますが故っ!!」
「それは勘弁」
僕らの会話が途切れた頃を見計らって、アナベルが馬車を動かし始める。
街ゆく馬車。
周りの馬車は……公爵家の馬車が通ると脇に逸れて、何だか申し訳なくて。
それが……今の僕の気持ちを比喩してるみたいで。
「公爵家……凄いねぇ。馬車が避けて進んでるよ」
「当然ですわっ。何せ、建国王の血筋ですものっ」
……えっ?
……ええええっ!?
めっちゃ高貴……あ、いやそんな事より広川さんの子孫なの!?
「待って、聞いてないよそんなの!!」
「あら? ミシェル様は何も?」
え……? いや、知らん知らん!!
もう……僕の気持ちジェットコースターだよっ!!
「言ってない言ってない!!」
教えてよ!! ってか血筋なら日本語読めてよ!!
「ガッハッハッ!!」
広い馬車の中……ギドの笑い声だけが、虚しく響いた。
***************
「では……これにて私は失礼させて頂きますぞっ!!」
「えぇ、ギド……お世話になりました。また……お会いしましょうね」
「勿論ですぞっ!! それに……お世話になったのは私の方で御座いますぞぉ!!」
最後まで暑苦しいギド。
鬱陶しく感じるけど……別れるのは、寂しい。
例え……永遠じゃなくても。
離れるのは……酷く、寂しくて。
「大丈夫ですかルイ様? 発車しますわよ?」
「あぁ……すみません。お願いします」
当たり前だと思ってた……周りの人。
突然……居なくなる、消失感。
「ねぇ……アナベル」
「何で御座いましょうルイ様」
「アナベルは……一緒に宿に居てくれるの?」
「ふふふ……勿論ですわよっ。ルイ様の警護ですもの」
「そっか……良かった」
本音は、ミシェルに居て欲しかった。
けど……彼女は、きっと忙しいんだ。
僕とは全然違う立場で――――僕なんかより、肩書きも重くて。
「御奉仕もお任せ下さいませっ!!」
「それは間に合ってるや」
……ごめんミシェル。来て。
お願い、忙しいだろうけど……!!
「ほほ、そう仰らずにっ!! ミシェル様も公認でしょう!?」
えぇ……。
確かに……そう言われてたけども……。
「それに……その、王家からの命も御座いますのよ。ミシェル様は、お伝え出来なかったと思いますが……」
「……え?」
う……や、やめろ……その偉い人からの言葉ってやつ、僕には刺さるんだ……。
ニッコリ笑顔のオーナーの無茶振りを思い出すからさぁ……!!
「可能なら、稀人様との子孫……を、との事。ですので……私とレリアも……なのですわ」
何……それ。
皆、命令なら……結婚出来るの……?
それが、貴族なの……?
「じゃ、じゃあ……皆、命令だから……?」
「あ、いえ。本気で結婚に焦ってるだけでしてよ。おほほほほっ」
「はっ倒すぞ!!」
どっちなんだよ!!
でも、僕が怒っても……アナベルは笑ったまま。
「おほほほっ!! 全部冗談ですわぁ!! ですがやはり、殿方は笑っている方が素敵ですわよ~!!」
――――もう、何が本当かわからない。
けど……今、僕が元気付けられたのは……確かだった。
これが吊り橋効果ってやつ……!?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます