第26話 マカロン
ガナッシュクリーム。
何? と聞かれれば……チョコのクリームだよね。
知らない人に、それ以上の説明出来ないよなぁ。
「と、いう訳で……これが件のチョコレートです」
「これが……愛……!」
やっぱ説明間違えたかも知らん。
「そのまま食べても美味しいよ」
製菓用のチョコレートだけど……そのままでも充分美味しいんだよね。
机の上に創ったチョコレートを指刺せば、すかさずミシェルが一つ奪い取る。
「わっ……美味しっ!! なんか、初めてですぅ……! 甘くて……蕩けますねぇ~……」
はむはむとチョコを頬張る顔が……可愛い。
因みに……アーン、なんて不衛生な事はしないから安心して欲しい。
ガナッシュクリームは、仕込んだ後に加熱しない……つまり、殺菌しない。
だから、ちょっとでも菌が入ればアウト。入りそうな行動もアウト。
人間の唾液が菌で溢れてるのは有名だからね。
作り手の僕も、ちゃんとゴム手袋をして、アルコールをして……キレイキレイだ。
「じゃ、作りまーす」
「ふぁい!!」
さり気なく……もう一つチョコを食べたミシェルは放っておこう。
材料は三つだけ。
メインのチョコと、生クリーム。そしてちょびっとのバター。
バターって、入れると口当たりが滑らかになるし、味の深みも出るし……とってもオススメ。
チョコは……材料費掛からないチート魔法のお陰で、めっちゃ高いやつを創った。
一キロで……大体六千円くらい。むちゃくちゃ高い。
この高級ブランドのチョコを使いたい放題って、凄く興奮しない??
この魔法を手に入れた一番の喜びだよね。
「チョコレートって……大体三種類あるんだよね」
「え、こんなにも美味しいのが……三つ……!?」
「ブラック、ミルク、ホワイト。ホワイトが美味しいと思うなら……ブラックはあんまり美味しくないかも」
因みに、色が白くなるにつれてチョコレート内の脂肪分が高くなる。
白い方が甘いのは……言わなくても何となくわかるよね。
ガナッシュだと、脂肪分が高くなるにつれて配合の生クリームの量は減っていく。
生クリームが減るだけ、って思うけど……扱いもだいぶ変わるのよね。
ブラックやミルクなら、チョコレートを溶かさずに沸かした生クリームを入れる。
ホワイトの時は、生クリームの量が少ないので……予め、湯煎でチョコを溶かしてから生クリームを入れないと、たぶん失敗しちゃう。
こんな蘊蓄も、言葉に出せばミシェルはしっかりと記録してて……ちょっと申し訳なくなる。
つい長々と語りたくなっちゃう癖があるんだよなぁ。
「――――それとね、チョコレートって繊細なのよ」
「どんな風に……?」
「チョコの成分の脂肪分がね……熱を入れすぎるとガチガチに固まって、塊になるんだよね」
「ほほう……」
「お湯とかで間接的にボウルを温める時、絶対に火は消すこと。それと、沸騰したお湯で温めないこと……これ、メモよ」
因みに我々の業界ではチョコが焼ける、なんて言い方をする。
「はい……はい……」
塊が出来ると、食感が悪くなる。
つまり……不良品。
お店に出せない物になるから……ね。
初めの頃は先輩に良く殴り飛ばされてたなぁ。
「あ……それと、一滴でも水が入ると、固くなってボソボソになるから気をつけてね」
「えぇ……? 一滴でも……!?」
「繊細なのよ。水蒸気とかもダメよ?」
「ほわわ……大変です~……」
だから、チョコレート部屋は暖かくて軽く乾燥した部屋に設定してあるんだよね。
今日は仕込み室だけど。
それと……チョコレートをラップして保管も、止めた方がいい。
密封すると、水蒸気が生まれてラップについて……それが水滴に変わるから。
「ガナッシュと合わせる生クリームは、お砂糖入れられないから……ずっと掻き混ぜながら沸騰させてね」
「お砂糖……ダメなんですか?」
「甘すぎて不味くなっちゃうんだよねぇ」
「……旦那様……私、もうメモがぁ……」
たった数品書いただけでも……メモが足りなくなるかぁ……。
ま、共通する知識とか技術多いし、最初だけ……と思いたい。
魔法で新しくメモ帳を創ってあげて、渡す。
「さて……生クリームが沸いたら、溶かしたチョコの所に一気にいれます。そして……一分くらい放っておきます」
「だ、大丈夫なんですか……?」
投入しても、かき混ぜない……それにソワソワするミシェル。
パティシエっぽくなってきたなぁ!!
「生クリームの熱で溶かして、馴染ませると……合わせやすくなるからね。これはどちらかと言うと、ホワイト以外のチョコレートの技法、かな」
一応、教えておきたかったからね。
「なるほどぉ~……」
馴染んできたら、ホイッパーでガツガツ混ぜる。
ツヤッツヤになるまで。
優しくやったり、遅く混ぜると……油と水が分離しちゃって失敗すると思う。
チョコレートなんてほぼ油分なんで……しっかりと混ぜて生クリームの水分と繋げる。
分離の逆……乳化だね。
これ、パティシエの基本技法。
乳化したら、二十度くらいのバターを入れて、バターが消えるまで混ぜ混ぜ。
バターの二十度は、指で押すと指が刺さるくらいの柔らかさが目安かな?
「これでガナッシュクリームの完成」
「おぉ~!! 食べられますか!?」
「まだです!」
「知ってましたぁ~……!!」
ガナッシュは絞り袋で絞るので……固い方が絞りやすい。
だから冷蔵庫で冷やしておく。
その時、密着ラップと言って……ガナッシュの表面にピタッとラップを落として密封させとくと良い。
水分も、ゴミも入らないようにね。
「さて……マカロン焼こうか」
「お、乾きましたかねぇ~?」
「指で触ってくっつかなければ大丈夫」
指先の、指紋だけで触れるような……イメージ。指先に生地が付いてこなければオッケー。
うん……しっかりカサカサになってる。大丈夫そうだ。
「この表面のカサカサ具合、触って覚えといて」
「は、はいっ……!」
こういう、感覚で覚えるものは……途端に緊張しだすんだよなぁミシェルって。
「もう大丈夫? じゃ、コンベクションでさっくり焼こうか」
百五十度で……十四分くらいかな?
「うーん……微妙な時間だなぁ」
十四分って、意外と経つの早いけど……待ってると長いよね。
ミシェルと二人、片付けても……時間余りそう。
「じゃあ……一つ聞いても良いですか?」
「うん?」
「なんで、マカロンを作ろうと思ったんです?」
――――何となく、じゃ……ダメだろうな。
「昔ね……お世話になって、いっぱい教えてくれた先輩がいてね。最後に教わったのが……マカロンだったんだよ」
「思い出……ですか」
「うん。僕がこっちに来る前に……亡くなった方だったんだけどね。色々な名言を……僕にくれたよ」
「それは……。御霊の、平穏をお祈りします」
「……ありがと」
ま……人は、何れ死ぬ。
「その先輩の……一番、覚えている言葉は何ですか?」
「美味い菓子は……生生地でも美味い、かな」
「え……?」
「いっつも焼く前の生地を食べて……お腹壊してたよ、その人」
「ふふふ……変わった方ですね」
「そうだねぇ……」
フワリと香る、アーモンドが焼ける匂いと……抹茶の香しさ。
「お、香りが出てきた……そろそろだね」
「そのセリフも、受け売りですか?」
「わかる?」
「えぇ。妻です……から」
「まだ婚約者じゃない?」
「も~!! そこは優しく口付けする所です~!!」
「アトリエでするのは……恥ずかしいじゃん……」
「えぇ……?」
制服着てイチャイチャするのって……背徳感あるよね。
それに不衛生だし。
「さ……ほら、良い感じに焼けたよ」
「わぁ……!! 可愛いですねぇ~!!」
プクッと持ち上がったピエ。
鮮やかな抹茶の緑。
とっても美味しそうな……優しい姿。
その癖、粘っこくて……しつこい甘さ。
そんなマカロンが……大好き。
「粗熱取ってから紙を剥がさないと、中身取れちゃうから気をつけてね。後、これから先は加熱しないからゴム手袋着用ね?」
「あ、は、はい!!」
焼けたマカロンを、作業台の上にズラッと並べる。
――――前は、これが……金にしか思えなかった。
「ふふふ……良いねぇ」
でも……今は、この世界なら……この魔法があれば。
このマカロン達は……僕の魂だって、言い張れる。
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