第25話 バレンタイン


「ミシェル様……立派に、立派になられて……!!」



「感激しました……。まさか、こんなに器用だとは……」



「ふふふ……でしょう?」



 一通り食べ終えた後、従者の二人がミシェルをよいしょしてる。



「旦那様が……本職の方でして。それで、教えて貰ったんですっ」



 内緒にしようって言ってなかった!?



「あれ? それ言って良かったの?」



 当たり前のようにミシェルがネタばらしするもんだから、反射的に聞いてしまった。



「そうですねぇ~。なんかもう、吹っ切れましたっ!!」



「そりゃ……良かった」



 ミシェルが良いなら……それで良いや。

 

 でも……無理してないと、良いけども。



「まさか……その道のプロの方だったなんて!! 是非、結婚致しませんこと?」



「飛躍しすぎじゃない?」



 随分と鋭角に攻めてくるねぇ……。



「しかし……毎日食べられると思うと名案だな」



「お、おおう……」



 レリアさんが真面目な顔で言うから、僕が間違ってる気がしてきた。



「アレックス兄様にも食べて貰うんですよ~」



「それは良いっ! アレックス様もお喜びになられるでしょう!!」



 アレックスかぁ。


 早くしっかり話したい。まだまともに話せてないからなぁ。


 ……ん? アレックス……?


 ミシェルはプリンを用意した……。


 じゃあ、僕は……?



「アァッ!!」



 何も用意してない!!



「ど、どうなさりましたの!?」



 インベントリに眠るお菓子は……以ての外!!



「敵襲かっ!?」



 そんな作っただけのお菓子に、僕の気持ちは……こもってないっ!!



「旦那様……?」



「ミシェル……僕、アレックスへの手土産用意してない……」


 僕の一言に、ホッと胸を撫で下ろす一同。



「そんな事……気にしなくても大丈夫ですよ、ルイ殿」



「いいやっ!! 友達の家に遊びに行くのに手ブラなんて……言語道断だね!!」



 非常識な人間には、思われたくない。


 そうだ……空間魔法だ。


 今こそ僕のチート魔法が輝く時っ!!


 イメージしろ……イメージするんだ僕……!


 この世界と、時間の進みが違う……隔たれた亜空間。


 人も入れて……重力がある、そんな亜空間。


 アトリエは……家に創ったやつでいい。あの見取り図を思い出せ……!!


 そして、イメージしろ……!


 精神と、時の……!!



「だ、旦那様……!? 何を……!?」



「問題無い!! アトリエ創るだけ!!」



 刹那、魔力がグンッ! と減り……目の前に黒いモヤが一つ。



「……出来た」



 多大に消費した魔力が……バチバチッ! と辺りに可視化してやがるぜ。



「す、凄まじいですわねぇ……」



「全くだな……」



 このモヤの奥に入れば……ロッカー室に出られる。

 

 そして……この中の世界の一年は、こちらの世界の五秒……!

 そんなノリの魔法。



「ミシェル。アレックスへの手土産作るんだけど……手伝って?」



「あ、は、はい!」



「ごめんね二人共! ちょっと待っててね!」



 狼狽える二人を後目に、側に来たミシェルの手を掴み……モヤの中へ。


 ――――この騒動の中、ギドはずっと馬車の中で翻訳に勤しんでいた。



 ***************




「おおー……あのアトリエと全く同じ構造ですね~」



「そうイメージして創ったからね」



「便利ですねぇ~」



 ところ変わって、コックコートに着替えてミシェルと二人、亜空間アトリエの中。


 構造は一緒だし、ミシェルへの案内は要らないよね。


 さて……手土産、何作ろうかなぁ。



「旦那様! 今日は何を作るんですか?」



「今考えてるところ」



 うーん……どうしようかなぁ……。


 こっちの世界に来たのは……確か、クリスマス前。


 日付的に、クリスマスも年末年始も終わってるかな?


 なら……次のビッグイベントは、バレンタインだよね。


 だったら……決まってるよね。

 


「チョコ……かな」



「チョコ……?」



 まだミシェルにも見せてない、チョコレート。


 バレンタイン……全国全ての恋する乙女が、一喜一憂する日。


 全ての男子が……下駄箱や机の中、はたまた街中で……ソワソワする日。


 苦い思いも……甘い思いも。


 全部……チョコに乗せて伝える日。


 疎ましく思う人もいるだろう。


 お菓子屋の陰謀だと嘆く人もいるだろう。


 だけど……僕らパティシエは、作るのを止めない。


 だって……例え、世界中でただ一人だとしても、この日をキッカケに勇気を出す乙女がいるかも知れないから。

 止めることは……許されないし、僕が許さない。


 因みに、僕のバレンタインの思い出は二つ。


 パティシエになってモテると思っていた僕は――――当時好きだった女の子に、本気でチョコを作ったらドン引きされた事。


 それと……本職の人にあげるのはハードル高い、とか言われて……誰からもずっと貰えなかった事。


 苦い思い出しかないんだ……助けてくれ。


 しかし……しかし!!

 その人が、想いを込めて作るチョコは……その人しか作れないんだ。


 その人が……例え既製品を買ったとしても、その人の想いが乗せられたチョコは、その人しか作れないんだ……。


 わかってくれ……全世界の人間達よ……!


 それに、既製品だからとガッカリする男達は考えて直して欲しい。


 同じ男として、手作りが嬉しいのはわかる。


 けどな……既製品のチョコレートには、僕達職人の愛も詰まってるんだよ。


 つまり、既製品のバレンタインを貰うって事は……チョコを二個貰うと同義。


 一粒で二度美味しい。チョコだけにね!



「あの……旦那様? チョコとは……?」



「愛の形」



「あ……え? 愛!?!?」



「冗談。甘かったり……苦かったり……」



 あれ……? やっぱり愛の形で合ってない?


 そ、そうか……!!


 だから……バレンタインにチョコを渡して告白するのか……!?

 

 僕は真理に気付いた気がする。



「ま、ともかく……お菓子だよお菓子」



「なるほど~……」



 ミシェルが居るし、スタンダードにチョコ――――といきたいけど、僕は今猛烈に食べたいお菓子があるんだ。


 その名も……マカロン。



「と、いう訳で今日はマカロン作ります」



「おぉ~……?」



 アナベルさん達とのノリの良さは何処へ行ってしまったのよミシェル……。



「ミシェルがやった事ないやり方だから……とりあえず見ておいて?」



「わっ! 楽しみです~!!」



 今のところ、プリンとスポンジケーキと、クッキーくらいしかミシェルとは特訓してないからね。


 マカロンは……全く別の仕込み方だから、見学だ。


 ――――ここに来る前、手伝ってと言ったのは、他の面々も付いてきそうだから……嘘ついちゃった。

 お菓子作りながらあの人達を捌くのは無理。



 それじゃあ、始めようかねぇ。

 

 まず、マカロン。

 

 そう聞くと、ガナッシュが挟まれているマカロン……それをイメージするんじゃないかな?


 あれは、正確にはマカロン・パリジャン。

 ルイ=エルネスト・ラデュレという人が考案した、とされているお菓子。


 ガナッシュを挟んでる、半球の生地の事をマカロンと呼ぶんだよね。


 名前が一緒だからなんだか嬉しくて、良くマカロン・パリジャンを作っていたなぁ。


 そんな蘊蓄はともかく……今から作るのはマカロン・パリジャン。


 スタンダードにショコラにしようかと思ったけど……色味がなくて贈物っぽくない。


 それに稀人、というか日本人感を出すなら……和。

 だから、抹茶を使ったマカロンにしようと思う。


 お茶はフランス語で、テ。

 

 だからマカロン・テ。


 マカロン自体はフランスじゃなくて、イタリアとかが発祥だけどね。



 僕の好みの話だけど……抹茶のマカロンには、ホワイトチョコのガナッシュクリームが一番だと思っている。



「材料、出しまーす」


 

 ミシェルに声を掛け、作業台の上にポンポン出していく。


 マカロンの作り方は、製菓用語モリモリで言えば……メレンゲに、タンプルタンを合わせて焼くだけ。


 メレンゲに粉類を合わせて作るんだけど……先にメレンゲを立てちゃうと失敗する。

 だから……まずは粉を用意しよう。



「メレンゲってね、卵白にグラニュー糖を加えて泡立てて作るんよ」



「ほうほう」



 マカロンの説明をミシェルにしつつ、手元はタンプルタンの用意。



「プリンの時、砂糖はタンパク質を守るって説明したよね?」



「はい!」



「今回の砂糖の役割は、水分を吸い取るお仕事なんです」



「……え? 前回と、違うんですか……?」



 アーモンドプードルと粉糖を、同じ量にして合わせて篩うとタンプルタン。

 これが、マカロン生地の粉になる。


 細か過ぎる篩だと、アーモンドの油が出ちゃって塊になるから、少し目の粗い篩がオススメ。



「残念ながら、砂糖には幾つもの特性があるのです……。今回は、卵白の水分を砂糖が抱き込んでくれるので……」



 いや……メレンゲの説明、難しくない?



「……水分のあった所に、空気が入るからフワフワします!」



「なるほど~!!」



 本当は全然違うけど、そんな理解で良いんじゃないかな……?


 いつか、ちゃんと授業しないとなぁ。



「卵白は、温かいと泡立たなくなります! だから冷たい卵白で!」



 ロール生地とかは、冷たすぎると失敗しちゃうけど……それもまたいつか。



「はいっ!!」

 


 あ、そうだ……抹茶パウダーとか粉を入れる時は、粉糖を減らして調整しておかないと。

 一割くらいパウダーにすれば良いかな。


 抹茶入の緑のタンプルタンを作り、とりあえず置いておく。

 さっき言ったように、篩を通すと油が出ちゃうので……あまり放置しないように、気を付けないとね。


 さて……準備はこれだけなんで、さっさとやっちゃおうか。



「じゃ、メレンゲ立てるね?」



「はい! 先生っ!!」



 卵白をボウルに入れ、最初はグラニュー糖を入れずに、ホイッパーでチャカチャカ混ぜる。


 卵白のドゥルドゥル感が無くなって、大きい気泡が複数できるくらい。


 最初に解しておかないと、何故か空気を抱き込まなくなって失敗するからね。


 解れたら、グラニュー糖を三割程度入れて……また混ぜる。


 ホイッパーの持ち方は、ピンポンを鳴らす時の指みたいに人差し指だけ伸ばし、持ち手を覆うように。

 人差し指はホイッパーの付け根くらいを抑えよう。



「おお……早っ……。ルイ様凄い……」



「慣れだよね」



 手首を回して、シャカシャカ……と。


 卵白が白っぽくなって、グラニュー糖のザラザラ感が無くなるくらいまで。


 そうしたら、また同じくらいの量のグラニュー糖を入れて混ぜる。



「おお……真っ白ですねぇ……凄い……」



「可愛いよね」



「そう……ですね~……」



 そしてここからがミソ。


 グラニュー糖を三割残した状態で、硬めに立てる。

 ボウルを傾けても、動かないくらいまで。


 そこまで立ててから、グラニュー糖を入れて混ぜる。



「これ、ポイントねっ!! グラニュー糖を立ってから入れると、固くて良いメレンゲできるから!!」



「はいっ!!」



 しっかり立てた卵白にグラニュー糖を入れて、ガッツリ立てると……何故かは知らんけど、固くてツヤツヤのメレンゲが出来る。

 この方が、失敗し辛いからオススメ。


 ただ……マカロンや、ダックワーズとか……卵白メインで、尚且つ卵白が命のお菓子を作る時に限るけどね。


 ボウルを引っくり返しても落ちないくらいまで立てる。

 九割くらい立てるので、パティシエは九分立ちとか言う状態。


 

「メレンゲはこれで終わり。卵白とグラニュー糖だけ……簡単でしょ?」



「いや……えぇ? グラニュー糖を入れるタイミングが……」



「そのうち、立ち具合で見れるようになるよ! 特訓しようね!」



「ふふふ……はーいっ!」



 メレンゲが出来上がったら、ゴムベラに持ち替えよう。

 立てたメレンゲを、更にホイッパーで合わせると……空気が入り切らないっ! ってなってメレンゲが壊れちゃうからね。

 

 後は、メレンゲにタンプルタンを入れて、サックリ合わせるだけ。



「ここもポイントね! メレンゲを潰さないように……優しく、切るように……」



 粉が卵白と混じってきたら……底から回すように。



「ボウルに、粉だけが付くと……後で塊になって出てくるからね、気を付けてね!!」



「はい……!」



 オススメは、粉を入れる前にボウル全体にメレンゲを広げておくこと。



「これくらい、メレンゲの量が減ったら……強く合わせます!」



 メレンゲの量が半分以下くらいになったら、ボウルに押し付けるように混ぜ合わせる。


 通称、マカロナージュ。

 しかもこれ、マカロン専用技という……主人公感。


 細かい原理は忘れたけど……とりあえず、マカロン生地をパタパタしてれば良い。


 確か……メレンゲの気泡を均一化するんだかなんだったかなぁ。


 カードでやる人が多いけど、僕はそのままゴムベラでやる。

 だって……洗い物増えるし。


 マカロナージュは、腕を動かすのを一直線だけにして……ボウルを回して合わせた方が、やりやすいし疲れない。


 ある程度パタパタしたら、一度メレンゲ生地をゴムベラで掬い上げてみる。



「はいこれこれ!! 見て見て!! この生地の状態大事!!」



「ほあっ!?」

 


 生地がボタッボタッ……と、垂れ落ちる様な感じなら、まだ足りない。



「これじゃまだまだ!! まだ合わせるよ!!」



「あえっ!? だめなんですか!? まだ!?」

 


 スーッスッ……って感じで流れ落ちて、ゴムベラから二等辺三角形みたいな形で、ゴムベラにぶら下がるくらいがベスト。



「これこれ!! 今!! この状態完璧!!」



 やり過ぎたら……絞った後、ペチャンコの薄い生地が出来ちゃう。

 逆に足りないと……中の気泡がバラバラだから、大きい気泡が爆発してボコボコになる。


 中間……それを目指そう。



「ひぇっ……難しい……」



「難しいって良く言われるからねぇ、マカロン」



「そうなんですか……」



「これが出来りゃ後は大丈夫さ」



「ははぁ……」



 後は絞り袋に口金に入れて、生地を絞れば良いのだけど……その口金を使って、絞る大きさを印付けていこう。


 口金は三角錐なので、面積のでかい方を紙の上に置き、その周りをグルッとペンで書く。


 綺麗な丸やね。


 これを等間隔で紙にいっぱい書いていく。


 丸と丸の間は、結構離した方が良い。マカロン生地は伸びて広がるから。


 後、等間隔ってのが結構重要で、間隔がバラバラだと……熱が均等に入らなくて、綺麗に焼けなくなっちゃう。


 丸を書いた紙を鉄板の上に乗せ、その上にクッキングシートやベーキングシートなどの焼成紙を敷く。


 そうしたら絞り袋にいれて――――あっ、この世界初か、これ。

 

 パティシエと言えば……この、絞り袋だよね。



「じゃーん、これがパティシエ専用装備の……絞り袋です!」



「絞り袋……ですか?」



「生地とかクリームとかを絞る道具。まぁ……使い方とか、力の入れ方は見て覚えようか」



 鉄板からちょっと離して絞って、印を付けた丸の大きさになるように絞る。

 これの繰り返し。



「こんな感じ。利き手を上に持って……力を込めて絞り出す。右手は添えるだけ……と、軌道修正に」



「ほほぅ……」



「やってみる?」



「うー……はいっ!!」



 なんでもトライする姿勢……良いねぇ。


 厚みのあるマカロンがお好みなら、もう少し高い位置から絞って良し。

 その場合はマカロナージュを少し弱めて、固めの生地じゃないといけないから注意ね。

 それか配合を変えて、固くするか……だね。

 


「絞り終わりはスっと力抜いて……そうそう」



 絞るミシェルの横から口を出しつつ。



「絞り袋と口金の境目を指で抑えて、生地が漏れるのを止めて……良し」



 細かなテクニックを教えて。



「下の紙は焼けちゃうから引き抜いて。マカロンの形を崩さないように……うん、大丈夫」



 手を出さなくても……ミシェルは、大丈夫。

 器用で真面目で……良い子。


 飽きもせず、振り返りもせず……全部絞り切った。



「安心して任せられるねぇミシェル」



「えへへっ。頑張りましたっ!」



 可愛い。



「マカロンは、焼く前に……一時間くらい、乾燥させるから、そのまま置いといて」



「乾燥……ですか……?」



 なんて説明すりゃ良いんだろうね?



「こう……乾燥させると、表面がカピカピになって……バリアみたいになるんだよ」



「ふむふむ……」



 僕の蘊蓄をメモするミシェル。



「バリアがあってね、生地の中の空気が逃げられなくなって……そうすると、バリアの下から出ようとするんだ」



「ふむ……」



「そうするとね、足元から空気が抜け出そうとしたね……可愛い見た目になるの」



「ふむ……え? 可愛い?」



「うん」



 マカロンの下のアワアワはピエって言うんだけど……あれが出来ると良い理由は忘れた。


 出来れば良いし、作り方わかってれば大丈夫だからね。



「さ……次、ガナッシュいこうか」



「旦那様? 答えは!?」

 


 ミシェルに微笑みかけながら……黙々と、材料を創っていく。

 


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