第24話 狼


「なんと……なんと!! いや、こんな……まさか、こんな事まで……!?!?」



 食べ終わった後、慌てながら遺物を漁るギド。


 どうやら……成功かな?



「読めます?」



「えぇ……えぇ!! 一言一句間違いなく、完璧に、読めますぞ……!! ルイ殿っ!! この礼は必ずっ!!」



 感極まってか、目に涙を滲ませつつ、興奮しながら本を捲ってくギド。


 

「僕に自由をくれればそれで大丈夫なんで……」



「いいやっ!! それでは私の気が済みませぬっ!! あぁ、今すぐこの場で返礼の出来ぬ無礼っ!! どうか御容赦をっ!!」



 ……ミスったな。静かになってくれると思ったのに。



「ま……それは王都に着いてからでも良いのでは? 今は……たっぷりお楽しみ下さいよ」



「むむ……そうですなっ!! 感謝致しますぞぉ!!」



 その一言を皮切りに、漸く手元の本に夢中になり始めるギド。


 や、やっと解放された……。


 そんな僕の心を知らず、熱心に本を読み進めるギド。


 なんか……数百年経っても名前を知られていて、それでいて……遺した知識をこうやって調べて貰える広川さんが、羨ましかった。


 僕も日本語でルセット書こうかなぁ。


 あれ?


 そもそも何で広川さんは、わざわざ日本語で……?



「うーん……」



 不意に見た外の景色。


 レリアさんと話す、馬に跨ったミシェル。


 太陽を跳ね返すような、溌剌とした……ミシェルの笑顔。



「あぁ……そっか」



 日本語……それはこの世界の人には読めないっぽい。

 つまり……わざわざ日本語で書くのは、広川さんの……隠したい本音。



「酷い事しちゃったなぁ……」



 それと……他国の人間に知られると困るような、日本人知識。

 

 思えばそんなのばかりだった。



「まぁ……仕方ないか」



 ミシェルが前にしてくれた話に、日本語の分かる一族も死んでいった……そんな事を言ってた。

 

 つまり、広川さんが日本語を教えた人達が居たんだ。


 ……じゃあ、ラブレターの下書きは何だったんだろ。

 読ませて確認とかしてたのかな……?

 

 それとも、他国へのブラフ……?


 考えても……わかんないや。


 そんな風にボケッとミシェルを見ながら考えていたら……ミシェルがこっちを見て、目が合った。


 何となく、手を振ってみれば……ニッコリ微笑んで手招きするミシェル。


 呼ばれてるのかな?


 せっかくだし……御者台の方、行ってみるかぁ。



「おっと……」



 静かに進み、僅かに揺れる馬車。


 けれど……その流れを逆らうように進むのは、中々危ない。


 流れるのは簡単なのに……逆らうのは、大変……だね。


 軋む床板と、熱心に本を読むギドを避けつつ……前へと進む。



「やぁ、呼んだかい? ミシェル」



 御者台へ顔を出せば……丁度レリアさんとアナベルさんの間の所にすっぽり出てきて、ちょっと恥ずかしい。



「やっとギドさんが静かになったので~……。次はこの二人がお話したいそうです~」



「そりゃあ……嬉しいねぇ」



 男として、女性から話したいなんて言われたら、稀人だの肩書きだの……そんなのどうでも良くなるよね!

 

 それが美人なら、尚更だ。



「こうしてお話させて貰うのは初めてですわねっ」



「そうですねぇ」



わたくしの事は気軽にアナベル、若しくはアナとお呼び下さいまし。稀人様っ」



 凛とした雰囲気のアナベルさん。

 

 なんか、凄い……お嬢様感。



「私はレリアでお願いします、稀人様」



 反対側のレリアさんは……もろ軍人、って感じ。


 鬼教官とか鬼軍曹……みたいな。声が低いのも、いつも声を張ってるからなのかも知れない。



「どうぞ宜しく。稀人様なんて呼ばないでルイ、でお願いしますね」



「畏まりましたわルイ様っ」



 アナベルさんはハキハキと喋り、レリアさんは静かに頷くだけ。

 

 うーん、堅い人だなぁ。



「しかし……不思議なものですね。異界から来た稀人様に、この世界の言語が通じるのは」



「まぁ……翻訳魔法、創りましたからねぇ」



「まぁ! なんと……! 素晴らしいお力ですわねっ!! もしかして、若返りの薬など作れたり……?」



 いや、最初に聞くのそれかい!!



「創れると思いますけど……寿命に関わる事は、ちょっと……」



「あら、残念ですわねぇ」



「十分、お若いと思いますが……」



「ふむ……稀人様の価値観と、我々の価値観には齟齬があるみたいですね」



「そういうレリアさんの御年齢は……?」



「ぐっ……!! 二十四で……す……」



 あら、同い歳。親近感湧くよね。

 それで若返りの薬とか求められても、僕が困る。



「僕も同い歳ですよ」



 僕の歳を知ったからか、途端に表情が明るくなる。



「おおっ!! まさに運命ですなっ!!!」



 途端、嬉しそうに笑うレリアさん。

 

 いや……運命のライン低すぎだろ。



「は、はぁ……」



「おや……? 上手く翻訳されませんでしたか……?」



 なんてプラス思考。まさか、魔法側を疑ってくるなんて……。



「翻訳されない言葉……ありますの?」



「え、えっと……」



 こう、二人がかりで攻められると、タジタジになっちゃうねぇ……。



「ゴブリン。これは翻訳されますかな?」



「ゴブリン」



「「おぉ~」」



 息を合わせた歓声に、ちょっと恥ずかしくなる。



「魔法」



「……魔法」



「「おぉ~!!」」



 僕は子供か。



「婚約」



「婚約……?」



「「おぉ!!」」



 待て、なんか雲行きが怪しい。



「結婚しよう」



「結婚……しよう……?」



「「喜んでっ!!」」



「ミシェルッ!! ねぇ、ミシェルッ!! 次こそは本当に助けてっ!!」



 この人達……こえーわ!!



「婚期を逃すとこうなるんですよね~」



 何を呑気に……!?



「そうですわよ。ミシェル様がお認めなさった殿方。逃す訳にはいきませんわぁ~!!」



「そういう事です」



 左右から二人にガシッ! と捕まれ……捕獲された。



「逃げないから……逃げないから……」



 あぁ……僕の異世界進出は、前途多難な気がする……。




 ***************



「式は……何時にしようか」



「レリアさん、その件はもうミシェルとやったから大丈夫です」



「むっ……そうか。後で教えてくれ」



 ブレねぇ!!

 


 場所は変わって、今は馬車を止めて焚き火に当たってる。

 

 直した馬車は順調に進み、日暮れ頃からこうしてキャンプをして、休んでいるところ。


 このままいけば、十日前後で目的地の王都へと、辿り着くらしい。


 今はまだ、残念ながら荒野を抜けておらず……僕に異世界を楽しませてくれない。

 

 早く新しい物が見たいなぁ。



「お口に合いませんか? ダーリン?」



「凄く合うよ、とっても美味しい。……そしてさ、何処の建国王だよ……その言葉広めたの……」



「あら、正式な旦那様の呼び方でしてよ?」



「そりゃ……あの人が広めたらそうなるでしょうよ……」



 仮にも王様になった人ですからねぇ……。変な言葉広めないで欲しかったなぁ。


 因みに今日の食事当番はアナベルさん。


 保存用の堅パンや干し肉。それと乾燥野菜を戻したスープ。

 

 全部、空間魔法が施された遺物に入ってるみたいで、少ない荷物でも、こうして旅が出来るのだとか。


 と、なると……保存の効くケーキとか、流行りそうだよね。

 確かイギリスとか、あっちの方に多くあった気がしたなぁ……。

 

 細かいルセット思い出せないや。


 ドライフルーツ混ぜて、カチカチに焼いて……酒をビタビタに塗ったやつ……だったかな?


 後はシュガーペーストで覆ったやつとか。


 古臭いお菓子だけど……僕は好き。



「考え事ですか?」



「ん? いや……昔作ったお菓子のルセットが思い出せなくてねぇ……」



 あっ……プリン。



「あっ!!」



 ミシェルも忘れていたみたいで、同じタイミングで気付いたみたい。



「僕も今気付いたよ」



「ふふふっ。仲良しですね、私達」



「んっ!! んんっー!!」



 笑い合う僕達。


 態とらしく咳き込むレリアさん。


 いやぁ……楽しいなぁ。



「ふっふっふ……レリア、アナ。貴女達に日頃の感謝を込めて、私から贈物を授けましょうっ!!」



 ミシェルの言葉に合わせて、インベントリからミシェル作のプリンを出す。



「ミシェル様……? いつの間にアヴェールに……?」



 ボソリと呟くようなレリアさんの言葉。


 その店、有名なのかねぇ……?



「違いますっ!! 私が作ったんですぅ!! 買ったんじゃありませんっ!!」



「えっ……だってこれ、えっ……?」



 プリプリするミシェルと……思わず狼狽える二人。



「食べれば……わかりますよ」



「そうですっ!! 食べてみて下さいっ!!」



 いまだ困惑する二人に、スプーンを創って渡す。


 恐る恐る、プリンにスプーンを刺し、掬い上げて……一口。



「「……美味っ!!!」」



 だだっ広い荒野に……二人の歓声が鳴り響いた。

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