飛び出せ異世界編

第21話 始まりは甘く


「ふふふっ……ふふふっ」



 ニコニコと笑いながらパンケーキを食べるミシェル。


 女神様の加護の込められた指輪と知ると、凄い遠慮されたけど……説得の末、漸く受け取って貰えた。


 広川さんのお陰で左手の薬指に結婚指輪、という文化は定着しているらしい。ミシェルにちゃんと確認した。


 手記にあったように、この世界で誰かを愛して……結婚したんだろうか。


 知る術は……無いけどね。


 それにしてもミシェルは、遠慮した割に付け始めたらずっと眺めてニコニコしていて……可愛い。

 

 恋人補正かかってるなぁ。


 恋人……というよりは、最早、婚約者レベルだけどね。



「式は……何時にしようか」



「あぅ……え、えっとぉ……照れちゃいますね?」



「可愛いなぁ」



「もうっ……! 王都に着いて……生活が落ち着いたら、ですかね~?」



 ふむ……。

 

 家族を持つ。


 即ち養わないといけない。


 ……ぶっちゃけ、創造魔法で金なんてどうとでも出来そうだけど……どうせなら、お菓子屋さんやりたいよね。

 その方が……子供が出来た時、格好付くし。


 自分の子孫に遺せる物。


 僕は……お菓子技術を世界に遺すつもり。


 家族には……店を遺したい。


 子孫が仕事を失わないように、大きくて……立派な店を。



「僕、自分のお店を持ちたいんだけど……」



「良いと思いますよ? 女神様の神物の礼に兄に強請れば、土地なんて幾らでも用意出来ますし」



 流石、公爵家……強い。



「いや、ほら……そうすると、中々生活が落ち着かなくなるじゃん?」



「あ、なるほどぉ~。ふふ、この指輪がありますから……安心して、何時までも待ちますよ旦那様?」



 優しいなぁ。凄く助かる。



「それじゃ……お店の軌道が乗ったらという事で」



「は~い!」



「なるべく、急ぐからね」



「良いですよ~! 焦ったって……いい事ありませんからっ」



 ルンルン、といった感じに楽しそうに語るミシェルだけど……甘える訳にはいかんよなぁ。


 ま……程々に、いこうかねぇ。


 そんな風にゆったりと会話している間に、食べ終えたパンケーキ。

 空いたお皿を片付けて、紅茶を二人分注ぐ。



「うーん……中々来ませんねぇ~……」



 窓の外から荒野を眺めるミシェル。


 あぁ……そうか。

 

 そろそろ……お迎えが来るのかぁ。緊張してきた。



「……道中、何かあったかな……?」



「わかりませんが……どうしましょう、此方から出向きます?」



 そうか、別にわざわざ待ってる必要も無いか。


 こんな荒野が広がってる世界。

 向こうも此方の位置なんて不明瞭だろうし。



「そうしようか」



「は~い! それじゃあ準備してきますねっ」



 そう言って客間に走り去っていく。


 僕も準備……何も要らないか。全部創るだけだし。


 玄関で……待つか。



 ***************



「うーん……こんなに便利なお家を、此処に残していくのも勿体ないですねぇ~……」



「空間魔法しまうから大丈夫だよミシェル」



「えっ……? こんなに大きな物も入るんですか!? 家ですよ!?」



「余裕余裕」



 ミシェルと二人、家を見上げながらの会話。


 この世に生を授かってから、ずっとお世話になった実家。


 大切な、思い出が詰まった……実家。


 門のすぐ横の、積まれたレンガに引かれた、沢山の線。


 沢山引いてあって……くすんでて。


 これは……僕の成長記録。


 立てるようになってから……身長を測るのが恥ずかしくなるまでの、成長過程。


 何もこんな物まで魔法で再現しなくても――――なんて思いながら、その線を優しく撫でる。


 別に両親と不仲でも無かったし、嫌いだった訳でもない。


 だけど……もう会えない事に対して、凄く寂しい訳じゃない。


 もう、親離れはした。


 それにもう、いい歳した大人だし……あれ?

 ミシェルって幾つだ?



「ねぇ……ところでミシェルって何歳? 因みに僕は二十四歳」



「そう言えば……知りませんでしたねぇ~。十八歳だから、六歳差ですっ」

 


 何故か嬉しそうなミシェル。

 

 てか……若すぎだろ。僕、ほぼ犯罪じゃない?

 危なかったわ……。


 まぁ良いか異世界だし。そんなもんだろ。

 

 気にしないで……次に進まないと。


 目の前にある……僕が今まで育ってきた実家。


 魔法という何でも出来ちゃう力で創った、仮初の実家。


 過去と今――――二つが折り重なった、空想の場所。


僕は今日、今から……未来へと、この世界へと足を進めるんだ。



 怖いものなんてない。


 だって……僕は一人じゃないから。


 昨日までの、僕じゃない。


 パティシエに憧れ、目指した僕。


 夢に向かって走り出した僕。


 夢が叶って……沢山勉強した僕。


 人に夢を押し付けて――――壊してしまった、僕。


 現実を見て――――嫌になった僕。


 一人で……孤独に、何もしなかった僕。


 また……お菓子への思いを、人との繋がりを思い出した――――新しい僕。


 全て僕で……忘れちゃいけない姿。


 だけど――――



「……じゃあまたね。昨日までの、昔の僕」



 今日、この時……一旦、全部胸にしまおう。


 パッと家に向けて掌を向けて魔法を放つと……そこには、もう何も無かった。



「おぉ~……す、凄い……」



 門も、塀も、庭も、家も……思い出も。


 全部……インベントリという、亜空間へと消えていった。

 

 ――――でも、この胸の中に……魔法の中に存在しているんだ。


 この、胸に秘めた想いは――――これからの未来と並行して行って……死ぬ時、交差するんだ。


 消す訳でも、消える訳でもない……確かな、礎にするんだ。


 そんな決意を胸に……自分の消化出来てない過去を、無理矢理押し込んで。


 新しい世界へと……一歩、踏み出そうじゃないか。



「お待たせ。そろそろ行こっか」



 決して捨てた訳でも、消した訳でもない過去。


 いつかチャンスが来たら……その時、決別しよう。



「はいっ! さぁ……行きましょう」



 馬上で、二人乗り用に創造魔法で改良した鞍に跨るミシェルの手を取る。


 乗馬は人生初めて。ちょっと……緊張しちゃうね。



「初めてだから宜しく……うわっ!」



 軽々と馬上から片手で持ち上げられ……ミシェルの前に着地させられる。



「よっ……と! それじゃあ最初はゆっくり行きますねっ!」



「う、うん……宜しく。えっと……僕が前なの?」



 ミシェルに抱き締められる形で……なんだか子供っぽくて恥ずかしい。



「ご存知ありませんか? 馬上は後ろの方が揺れるんですよっ……と!」



 トン、とミシェルが馬のお腹を優しく蹴り……馬が動き出す。



「おおお……おおお……!」



 途端、バランスが崩れミシェルに寄りかかる形になってしまう。

 

 いや……怖っ。難しいわこれ……。



「ふふふ……旦那様? スピード上げますよ?」



「ちょ、待っ……!!」



 徐々に、徐々に上下の揺れが強くなり……ケツが痛くなり、視界も揺れ……一人阿鼻叫喚。



「ねぇミシェル楽しんでる!? 怖い怖い!!」



「ふふふ……旦那様可愛い……」



 コイツ……ドSか……!?


 くそ……!! あ、魔法使えば良いじゃん僕。


 何も焦る事は無かったわ……咄嗟の判断で魔法が使えんなぁ……。


 鞍に手摺を付けて捕まれば……何とか、バランスが取れた。



「あっ……! ダメです! 禁止ですっ!!」



 「残念! 断る!」



「もっとスピード上げちゃいますよ~!?」



 そんな風にイチャイチャしながら……馬上で、流れる風を全身で感じる。


 この世界で得られる、新しい刺激。


 それは……僕のインスピレーションにどれだけ影響を与えてくれるのだろうか。


 そんな期待。


 馬上から、目の前の広大な荒野を見下ろす。


 僕は……無限に広がるファンタジーな世界で、一体何を残せるのか……。


 そんな不安。


 小刻みに震えるこの手は……きっと武者震いで、決して……乗馬が怖いとか、街に出るのが不安とか……そんなんじゃない。


 グッと拳を握り込み、手摺を強く握って……不安を握り潰す。


 ふと、自分が何日も過ごした、家の跡地が気になって、後ろを振り返る。



「もう……馬上ですよ?」



 ――――そう言いながら……ミシェルにキスされた。


 違う、そうじゃない。


 ……違わないけど、今じゃない。



「つい……ね。我慢出来なくて」



 そんな風に軽口を叩けば……ギュッと引き寄せられて、抱き締められる。

 お願い……運転に集中して……怖いから……。



「私……幸せです」



「なら、良かったよ……この世界に来て」



 ――――もう、僕は過去を振り返らなくて良い……とは言わない。

 

 けど……一人で抱え込んで、振り返る事はない……かな?

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