第20話 幕開け


「すみません、ありがとうございます……落ち着きましたっ」



「いえ、こちらこそありがとうございます」



 大変、良い匂いがしました。



「初めてです……誰かに、自分の思いをぶつけたの」



「少しは……楽になりました?」



 恥ずかしそうに笑い、頷くミシェルさん。



「こんな姿……ほ、他の人には見せられなかったのに……」



 もっと恥ずかしそうになりながら……勘違いしちゃいそうな一言を残すミシェルさん。



「僕も……実は、前の世界に居た頃、劣等感を抱えて生きてきました。周りの人は僕より努力してて、僕より器用で……僕より凄いお菓子を作ってて」



「えっ……こんな、凄いのに……!?」



 そんな事……言われた事ない。

 駄目だししか……されてこなかった。



「僕なんて……まだまだです。それで……自分の才能に限界を決めて、周りを恨んで……自分を嫌いになってました」



「あっ……それ……」



「たぶん……ミシェルさんと同じ気持ち。でも……僕の場合は、何も肩書きがない、平凡な人間だから……誰も見てなんかいなかった」



「それでも……見られてる気がして、凄く嫌だった。才能がない事を笑われてる気がして……悔しかった」



「……わかります。ルイ様の気持ち……凄く、わかります」



「ミシェルさんは……肩書きのせいで、たぶん本当に見られてたんでしょう。僕よりも……もっと辛くて、大変だったと思います」



「そんな事……」


 今だ……今が、チャンスだ。

 この流れなら……言える!!



「それなのに……負けないで、折れなかったミシェルさんの事が、僕、好――――」



 そんな僕の決意を遮るように……ビーッ!! と鳴り響く、焼成完了を知らせるオーブンのビープ音。


 この、タイミングで……!!!



「あ、焼けたみたいですねぇ~!!」



「う、うす……」



 隣に居たミシェルさんも……飛びつくように、オーブンへ。


 くそう……タイミング逃したぁ……!!


 空気を読まず、オーブンからブワッと溢れる水蒸気。


 臆する事なくミシェルさんはその中へ進み……熱々のプリン容器を手に取り、揺すって焼成チェック。


 教えたのは僕だけど……逞しいなぁ。



「良し……ちゃんと焼けてますっ!! 表面も側面も……バッチリ!」



「おー……やりましたねぇ」



 ニコニコと笑いながらオーブンから鉄板を出して、ショック板という……冷蔵・冷凍庫用のアルミ板に載せ替えていくミシェルさん。


 楽しそうで、何より。



「それじゃ、後はこれを冷やして……お終いですね」



 僕の気持ちも……冷やされたみたいに、消沈。



「……そうだねぇ。片付けも終わってるし」



「じゃあ……この後、どうしましょう……か」



 どこか言い辛そうに、モジモジしてるミシェルさん。



「飯食って……ゆっくりして、寝ます?」



 ゲームもテレビも無い世界。

 僕はルセット書いたり教科書作ったりあるけど……ミシェルさんは、何すんだろ。



「もうっ!! さっきのお話の続き……しません、か?」



 トトッ……と駆け寄られ、ギュッとエプロンの裾を掴まれる、僕。


 いや……え?


 まさか、さっきの言葉聞かれてた……!?



「え、えっ……」



 動揺して、言葉が出ない。

 

 いやもう……凄く恥ずかしいじゃん。



「さ、早く行きましょうルイ様?」



「えっ……は、はいっ!!」



 急かすように……メリッとエプロンを握られ、肩紐が悲鳴を上げ始めたので、大人しく従う僕。


 アレックス……武闘派じゃ、済まない握力ですよ……。




 ***************

 


 実はミシェルさんが来てからは、魔法で食事を済ませないで、自炊を始めてた。

 

 別に、深い意味は無いけれど……何となく、お菓子をわざわざ手で作ってる僕が、魔法でご飯を作るのは憚れる気がしたから。

 


「なんか……こうやって一緒に料理して、一緒に食べて……二人で話して。平凡な平民の新婚みたいで……凄く普通で、とっても良いですね」



「いきなりぶっ込んでくるねミシェルさん」



 この数日、意外と御令嬢の割に、炊事もちゃんと出来るミシェルさんに驚かされた。

 

 なんかこう……使用人に作らせるイメージしかないからね、異世界。



「ふふふ……ルイ様の言葉が嬉しくて。私と同じ気持ちだったんだなーって」



 さり気なく言う言葉に……ドキッとした。


 バクバクと継続的に心臓が跳ねて……全身の、いたる所に血が集まる感覚。



「あぁ……えっと、その……」



「初めは……兄様に言われたから来たんです。ここに」



 お行儀悪く、食事をしながらの会話。


 咎める人は、誰もいない。



「稀人様の伴侶になれば……私も凄い人って思われるかなって。そんな風に思ってました」



「そ、そうなんですか……」



 まぁ……会ったこともない男に会いにくるなんて……肩書きとか、利益になる場合だけだよね。


 それでも……ちょっとショックなのは、言葉にしなくても良いだろう。


 ……というか、アレックスはどんな風に言って妹を送り出してんだよ。ちょっと僕の事、信用し過ぎじゃない?



「でも……ルイ様はずぅっと……私の顔と……心を見てくれました」



 胸も結構見てたけどね。



「知らない事、知らない設備……それに、優しいルイ様。色々あって、ずっと楽しくて……私、帰りたく無くなっちゃいましたっ」



「此処で……暮らすかい?」



 フルフル、と横に首を振るミシェルさん。



「ルイ様は、カムヤ王国を見たいと仰ってたと伺っております。それに……兄の願いを、裏切れません」



 アレックスは……僕に王都に来て欲しいのかな?

 


「そうかい……優しいね、ミシェルさん」



「ふふっ。そんな事ありませんよ……? だって、ルイ様が来てくれれば……楽しい国にしてくれるって、信じてますから」



「そりゃあ……頑張るしか、ないねぇ」



 空になったテーブルのお皿。


 何となく、手持ち無沙汰だったからテーブルの上に放り出していた手を……そっと握られる。



「ずっと……私に、楽しい世界を見せてくれませんか?」



 握られた手を……包み込むように、優しく指を絡める。



「約束は出来ない……けど、君が死ぬ時……笑って逝けるように、頑張るよ」



「ふふっ。何ですか、それ」



 ギュッと強く握られる、指。

 最後にしたのはいつだったか……思い出せない、恋人繋ぎ。



「つまらなかったり、辛い時もあった方が……人生、楽しいよ。でも、どんな時でも……君の隣に居るよ、僕は」



「ふふっ。それで……許してあげしょう」



 凄く良い雰囲気だけど……この先の進め方、忘れてしまったよ僕は。



「この世界の人達は……恋人になる時、告白とかするのかな?」



「んー……どうでしょうかねぇ~」



 意地悪。



「じゃあ……ミシェルは、どう思う?」



「うーん……。まずは……顔を近付けます。そして、相手が目を瞑れば……キスしちゃいます」



 お、おふ……。

 

 ここまで言われちゃ……やるしかないよね?


 手は繋いだまま……そっと立ち上がり、彼女の側まで行く。


 言われたように顔を近付ければ……スッと目を瞑るミシェル。


 ――――そんな彼女の唇に、優しく唇を合わせた。



「んふふっ。私……初めて、ですよ」



 頬を染めながら、悪戯っぽく微笑む彼女。



「その後は……どうしようか」



「んー……たぶんベッドに運んで、愛を――――きゃっ!!」



 思えば……この世界に来てからずっと禁欲生活。


 そんな僕が我慢出来る筈もなくて。


 お姫様抱っこでミシェルを抱えて……自室へと走っていった。


 


 ***************


 


 異世界初、朝チュンである。


 別に雀の鳴き声が聞こえる訳じゃ無いけどね。


 そんな事より、隣で寝ているミシェルの姿がもう……凄く天使。


 そして日本じゃ中々見れない、ダイナマイトボディ。


 ……朝から発情しそうだし、起きよ。



「ん、んん……」



 モゾモゾとしていたからか、ミシェルも起きてしまったみたい。

 

 こう……異性と寝た事無かったから、毛布の動きとか気にして無かったわ。



「おはよう、ミシェル」



「ふふ……おはようございます。旦那様っ」



 ……気、早くない?

 あれ……それとももしかして、貴族って肉体関係持ったらご結婚かな……?



「……この世界の結婚て、そういうシステム……?」



 別に困らない……というか、良いけど……なんか申し訳なくなる。



「あ、いやっ! ちゃんと教会で祝福をして貰いますよ!? ちょっと気が早かったというか……嫌、ですか?」



 違う……工程の話じゃない……。

 ま、貴族の御令嬢に手を出したんだし、確定したもんかな……?

 やったぜ。



「ううんビックリしただけ。嫌じゃないよ」



「あ~……良かったですぅ~……」



「ごめんごめん」



 まぁ……ミシェルがその気なら良かった。


 ……あ、そうだ。

 折角だし【女神の寵愛】の指輪バージョンあげとこうかねぇ。



「ミシェル。左手の薬指出してくれる?」



「えっ……あ、まさか指輪まで創ってくれるんですか!?」



 その文化、あるん……そうか広川さんか。



「僕のお手製じゃないけどね。じゃあこれを――――」



 色んな意味で……新しい異世界生活が、幕を開けた。

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