第18話 ゴリ押せ


「むむむ……なんでこう、ちょっと違うんですかねぇ~……?」



「原因は色々考えられますねぇ」



 あの後、ミシェルさん作のプリンが焼けて、冷まして……試食。


 ほぼ僕の作ったのと同じだけど、微妙に違う。

 

 正直、気にならないレベルだけど……ミシェルさんはそれが気に食わないらしい。


 まぁ、作り手によって個性出るから……なんて言葉は、きっと届かないんだろうなぁ。



「具体的にどこですか!?」



「えぇっと……たぶんですが――――」



 まず、焼けたプリンの見た目。

 

 カラメルとプリンの境目がちょっとボヤけてしまったんだよね。ガラスのビンに充填したから、良く見えてしまう。


 うちのお店だと……販売に出せないんだよね、これ。



「牛乳の温度が少し高かったのと……充填の時間がかかり過ぎた所、ですね」



 プリン液が熱ければカラメルが溶けるし、充填した後直ぐにオーブンに入れないと、カラメルが水分吸って溶けちゃうのよ。そして滲む。


 それと、充填の時間がかかって生地温度が下がって、ちょっと焼き時間が伸びちゃった。

 これによってちょっと表面が固くなっちゃった。


 あんまり焼き過ぎると乾燥しちゃって……そうすると表面が割れちゃったりもする。

 あー……そうかぁ……水分量変えると、こういう問題もあるのかぁ……。


 マジで難しいな、プリン。

 

 

「そうですか……」



「それと、卵と牛乳の合わせ具合が良くなかった……かなぁ」



 たぶん、混ぜ合わせが足りなくてちょっと食感が悪い。

 でも、食べ比べてやっと気付くレベルだし……良いと思うけどねぇ。



「うぅ……はい……」

 


 それでも……何処か不満気で、表情が暗い。

 

 僕は……なんて言葉を掛けるべきだろうか。


 ミシェルさんは、何でこんなに……ダメージを受けているんだろうか。


 僕には……わからない。



「次はきっと……上手くいきますよ」



「頑張ります~……!」



 力無く笑うミシェルさん。



「でも……上手くいかなくて、良かったと僕は思いますよ」



「……え? なんで?」



 そんな僕の言葉に……ほんの少しだけ、怒りの表情を向けられた。

 

 あぁ、不味い……ダメな言葉だったか……。


 ど、どうしよう。



「えぇっと、出来ないからこそ……楽しいんだと思います」



「はぁ……」



「何でも簡単に出来ちゃ……つまらないと思うんですよね。苦労して、積み重ねて……自分を振り返ってみて、こんなに苦労したって笑えるんだと思います」


 僕の言葉は……どんどんミシェルさんの地雷を踏み抜いたらしく、ついには声を荒らげてしまう、ミシェルさん。



「それは……それはっ!! 簡単に出来る人だから……言える事ですっ!!」



 目尻に涙を浮かべ、顔を赤く染めて……エプロンをギュッと握り締めるミシェルさん。


 その言葉は……人の努力を無視してる発言だよ。


 以前の僕ならきっと口に出していただろう、言葉。

 

 でも……変わらなきゃ。相手を尊重して、言葉を選ばなきゃ。


 彼女の心の痛みを……知らなきゃ。



「どうして……そんなに拘るのか、教えて貰えますか?」



 優しく……諭すように。


 僕は味方だと……伝えるように。



「うぅ……」



「大丈夫。僕は……味方だから」

 


 優しく……包み込むように。



「……兄は……アレックス兄様は、なんでも……出来る人でした」



 優秀な……兄。

 


「優秀な上に……勇者、ですか」



「……そうなんです。だから……妹の私も、優秀だと期待されて……。でも、私は……平凡、で……」



 途切れ途切れの、悲痛な言葉。



「皆、何も言わないけど……わかるんです。私が優秀じゃないと知ってるのを……わかるんです」



「あっ――――」



 僕も、その気まずさを……知っている。


 陰で何か言ってるんだろうな……そんな嫌な風に思っちゃうのも、知っている。



「元々、公爵家という……立場。色めがねで見られる事も、多くて……」



 泣きそうな……ミシェルさん。

 彼女を慰める権利が……僕には、あるのだろうか。



「唯一、武の才能はありました。けど……兄よりはダメで、そ……それに、女だからって……認めて貰えなくて……!!」



「それは……」



 貴族という立場と、性別という壁……か。



「一つでも、秀でた何かがあれば……なんて、思ってたんですけど……ねぇ……」



 気付けば彼女は泣いていて――――僕には、そっと背中を擦る事しか、出来なかった。



「お転婆ぶって……皆に見て貰って。それで……自分の不出来さを、隠して……」



 見て貰いたいのに、見られたくない……矛盾した、行動。

 

 きっと彼女は――――まだ、子供なんだ。


 ずっと幼い時からプレッシャーと戦って。


 自分を責めて。


 ミシェルさんの心は……疲れて育ってないんだ。



「……凄い自分を、見て貰いたいんですね?」



「うぅ……はい……。兄に負けない、凄い何かが欲しいですぅ~……」



 そうか……。


 僕は……どうしたら良いのだろう。



「実は……僕、魔法を創れるんですよ」



 なるべく、空気が明るくなるように……軽い雰囲気で。



「えっ……? えぇっ!?」



「創った魔法をミシェルさんにあげる事も出来ます。それこそ……勇者魔法だって、ね」



 たぶん……出来る。



「そんな……!! それは、だって……えぇっ……」



 感情がごちゃごちゃなのか、ミシェルさんの動揺が凄い。



「やった事無いですけど……たぶん、技術だって才能だって創れると思います」



 やろうなんて思った事無かったけど……たぶん、いける。



「でも……そうやって与えられた力って、とても虚しいんですよ――――僕が、虚しく思ってるように」



「――――――!!」



 外付けの力なんて……悲しいものよ。


 使えて嬉しい、便利……それは事実。


 だけど、この力を自慢する事も、この力だけで生きるのも……絶対に、したくない。


 あくまで、オマケなんだよ。



「才能なんてクソ喰らえなんですよ。土臭く努力して、汗を流して……涙して。血反吐撒いて……それを隠して」



 僕が……ずっと思ってた事。


 でも……実行出来なかった、事。



「綺麗な所だけ、他人に見られれば……それで良いんですよ」



 そうすれば……スマートな格好良い自分が、見せられる。



「ミシェルさんは、僕が簡単にお菓子作りしてると思ってたでしょ?」



「……そう、見えました」



 そう見られても……結局努力が蔑ろにされて、虚しくなるだけ。



「二十年勉強してます。これでもまだまだダメで……今も勉強中ですよ、僕」



 二十年……その数字に驚いたのか、ミシェルさんが目を見開く。



「えっ……そんなに……」



「ふふふっ。所詮、他人からみた印象なんて……そんなもんですよ」



 他人からどう見られても……大事なのは、結局自分で。


 格好良いと褒められるのは、自分だけで。



「だから……自分を追い込まないで。もっと肩の力抜いてみましょう?」



 フルフル、と力無く首を振るミシェルさん。



「今更……難しいですよ。もう、遅いです……」



 そう……それもわかる。

 過去の自分を捨てて……一歩踏み出すのは、キツい。



「うーん……。あ、そうだ。それなら今から死ぬほどお菓子作りません?」



「……はい?」



「お菓子作りの腕前を知ってるのは僕だけです。お迎えが来るまでに……沢山作って、沢山経験しましょう」



 もう……彼女を変える術は、無いかも知れない。

 だって、彼女自身が……気付かなきゃダメだから。


 だから……有耶無耶にして、ゴリ押すしか、無い。



「は、はぁ……」



「それで、最後に出来たお菓子をお迎えの人に食べて貰えば良いんです。どうですか、私が作りました、才能あるんですってちょっぴり嘘を吐いちゃいましょう」

 


 それっぽい言葉を並べれば……道理は引っ込む。



「ふふ、ちょっと……楽しそうですね、それ」



「でしょ? 二人だけの……秘密ですよ、ミシェルさん」



 彼女の心に、届きそうな言葉を。

 


「それは……とても素敵、ですね。じゃあ……ルイ様。私に協力してくれますか?」



「えぇ、勿論です」



 やっと笑ってくれたミシェルさん。


 優秀な兄と……平凡な妹。


 何の肩書きもない、平凡な家庭で育った僕にはわからない……劣等感。



「じゃあ……少し休んだら始めましょうか」



 周りの器用な人間を羨ましがり、有名なパティシエを見て羨むだけの僕とは……きっと違う。



「え、えぇ……?」



 視界に入れないで、自分の世界に逃げれば良い僕とは違って……彼女は、逃げられないんだ。



「大丈夫。センスがありましたから。いっぱい作れば、きっとプロになれますよ。だから早く作りましょう?」



 僕だったら……そのストレスに耐えられない。


 ストレスに耐えながら、それでも自分の可能性を探すなんて……できる訳ない。



「それ、ルイ様が作りたいだけじゃ……?」



「バレました? 一緒に作るの楽しかったので……付き合って下さいよ」



「も~……仕方ないですねぇ~」



 今、劣等感から解放されたいミシェルさん。


 過去の自分の過ちを……否定したい、僕。



「僕ね、回復魔法って便利なものがありまして……寝なくても動けますから、安心して下さい」



「それ……魔法の使い方、間違えてると思います」



 この解決方法が正しいか……わからない。


 でも、少しでも……折り合いが付いたらいいな。



「女神様直伝の魔法ですよ?」



「え、えぇ~……そう言われるとぉ~……」



 ――――女神様。


 ふと、去り際の微笑みを思い出してしまう。


 この二人と巡り会ったのも……女神様の中じゃ、計画通りなのだろうか。



「さ、まずは部屋の案内から始めましょうか! 気になる事、全部言って下さいね?」



「わ……わかりました。宜しくお願いします……!」



 だからといって、僕に不都合がある訳でも無いし……別にいっか。

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