第15話 プリンプリン
「か、硬さは、スプーンで刺すと持ち上がるくらいで……」
硬いな。焼き過ぎか……?
「味は……凄く甘いです。気持ち悪くなるくらい」
砂糖……高価なのかな?
昔の貴族って高級な素材をいっぱい使えば良い、みたいな風潮あったよね。
そんな感じで砂糖ドバドバかな……?
「風味……どうだったかなぁ~……。確か、鶏卵の香りが強かった……はず」
ふむ……。バニラ……というか、香料は無いのかな……?
植物とか香辛料とか、自然由来の物はありそうだけど……プリンはベースの匂いが卵と乳だし、花の香りさせても不味くなるだけか。
「鶏卵……あるんですね」
というか香料よりもそこに驚いた。
「魔物の家畜化は、建国王の偉大な功績の一つですよ~! このお陰で、世界中の食文化が飛躍したと言われてますからね~」
魔物……? それは、龍とかゴブリンの総称かな?
ふと思ったけど……広川さんはどれくらい前に来ていたんだろうか。家畜化なんて、数年で出来る事じゃないだろうし。
「建国王は、どのくらい昔に生きていたんですか?」
「えーっと……確か、五百年前前後だったはずですねぇ~」
「――――え、え?」
僕と……そんなに差があるの……!?
差がある事で問題がある訳じゃないけど、何だかショックを感じてしまう。
「ルイ様は……建国王をご存知なのですか?」
「ど、どうしてですか?」
「えっと……貴方の目が――――とても、寂しそうに、見えるからです」
寂しい……?
あれ……僕は今、寂しいのか……?
「じゃあ……良かったら、僕の寂しさを紛らわせてくれますか?」
「ふふふ……。えぇ、喜んで」
アレックスと同じで……甘えたくなるような、優しい雰囲気。
自然と漏れた僕の言葉は……幼くて。
だけど彼女は、当たり前に受け入れてくれて……心が暖かくなった。
「さて……それじゃ、始めますね」
「はいっ!!」
場所は焼成室の隣りの、仕込み室。
文字通り焼き菓子を仕込む部屋で、室温は二十三度前後。
焼き菓子ってバターを沢山使うんだけど、二十三度前後が一番使い易い温度なので、室温管理大事。
バターに限らず、焼き菓子の生地って冷たかったり暖かかったりすると失敗し易いから、尚更丁度良い。
エプロンとマスクを付けて、魔法で材料を出していく。
卵黄、牛乳、生クリーム、グラニュー糖、バニラオイル……こんなもんかな?
香り付けの材料ってエッセンスとオイルとフレーバーがあるんだけど……今回はオイルを使う。
エッセンスは熱で香りが飛んじゃうのと、食べた時にフワッと香るのが特徴。
オイルは熱で香りが飛ばないのと、後味が残るような……後半に香りがくるのが特徴。
オイルだから油……つまり、生菓子とかには向かないんだよね。油が分離して浮いちゃうから。
フレーバーはその中間。長所も短所も真ん中な具合。
つまり、エッセンスは生菓子、オイルは焼き菓子、フレーバーはどっちもって感じ。
小さいお店だと細かく分けて拘りを出す感じかな?
大きいお店だと、材料を細分化しちゃうと管理が大変だし、コストが嵩むのでフレーバーで統一しちゃったりもするね。
「凄い……! ルイ様の魔法は本当に素晴らしいですね……!!」
辺りの器具をキョロキョロと見回っていたミシェルさんがいつの間にか側にいて、感嘆の声を上げていた。
「創造魔法です。アレックスから何か聞いてます?」
「えぇ、少し聞いていましたが……やはりこの目で見ると感動が違いますね~……!!」
男なら……女の子に関心を持たれると、どんなものでも嬉しくなっちゃうよね。
「器具も服も材料も……全部魔法で創れるからね。便利だよ」
「良いですね~! 私なら、全部魔法に頼って自堕落な生活しちゃいそうです~」
「僕もお菓子に興味が無かったらそうなってたなぁ」
「ふふふ……そこまでの魔法使いでも、自分の手で作る。良いですねぇ職人の矜恃って感じです~」
何気無い、当たり前の会話の一言。
軽く言うミシェルさんの言葉だけど……ドキッと心が跳ねた。
この人は……僕をわかってくれるんだ。
職人気取りの……ちっぽけなプライドを。
「そう……ですね。それじゃあ職人の矜恃をお見せしましょう」
ありのままの自分で居ても……可笑しい、なんて思われない気がするんだ。
「はいっ!」
彼女の溌剌とした返事を聞き、プリン作りを始める。
ご家庭でもおやつに良く登場するプリン。誰もが簡単に作れると思ってしまうのではなかろうか。
発展のない異世界でプリンを作る……そんな話も目にしたことがあるんじゃないだろうか。
だがしかしbut! けどけれどyet!
簡単だけど奥が深い……それがお菓子。細かい所に気を付けないと、まともな物は作れない。
まず第一にフレーバー。
プリンのメインは卵と牛乳。
タンパク質を加熱した独特の匂いってのは、簡単には隠せない。
卵プリンなんてあるけど、あれはプロが真面目に考えて、嫌味のない卵の香りを出してるんだ。
第二に温度管理。
適当に焼いて出来上がった物なんて、偶にしか上手く行くわけない。
安定性が無いし、それを一発で決めるなんて奇跡なんだよ。
それを、温度をキープしてくれるオーブンじゃなくて、温度が上がり続ける直火でやってるんだから無理がある。
そんな物を万人に食わせたって口を揃えて美味いと言うわけがない。
美味い美味い! 凄い凄い! なんて喝采貰える訳が無いのさ。
毎日、何年もお菓子に携わって……漸く何となく目星が付けられる程度なんだよ。
僕だってドンピシャの温度と時間を当てられないもん。
ま、僕も魔法で建物とか器具とか創ってるから他人の事言えないんだけどね!
だからこそ、言葉に出さないで心に留めているのさ!
自分の領域を侵されると怒るけど、他人の領域を侵すのは平気……これ、人の真理なり。
閑話休題。
今日のプリン、カラメルソースを作ろうか悩んだけど……折角だし作ろうか。
プリンタブレットという、入れて焼けばカラメルソースに変わる便利な飴があるけど……忘れておこう。
なんなら、自分でタブレット状で作れば良いや。
カラメルソースとは、砂糖を焦がしたもの。
普段食べる、のど飴とかリンゴ飴みたいな、透明でツヤツヤな飴は、グラニュー糖と水を入れて大体百六十度くらい。
カラメルソースは焦がして風味と色を付けるのでそれ以上の……確か、百七十度以上だったかな?
ぶっちゃけ慣れてるから目で見て温度決めてるから覚えてないや。
昔はちゃんと計ってたんだけどねぇ。
そしてカラメルソースを作る際の必需品……銅鍋を魔法で創る。
熱伝導が良いんで、早く温度が上がるから最高。
それにゆっくり加熱していくと時間がかかって、水分が揮発するので、失敗し易くて――――
「わぁ……凄い……! 銅で作られてるんですか!? こんな薄くて綺麗な円形、見た事ないです~」
――――横から飛んでくる声で、ミシェルさんが居たのを思い出す。
「熱が伝わり易いから使い勝手が良いんですよ、これ」
「え……? 銅を調理器具に……?」
信じられないものを見る目をされた。
感性の違い……というよりは、世界観の乖離って感じ。
「こっちの世界では、普通だったんですよ?」
「ははぁ~……凄い世界ですねぇ~……」
しげしげと銅鍋を見つめるミシェルさんを後目に、カラメルソースを作っていく。
量が少なければ一気にグラニュー糖を入れて大丈夫加熱して大丈夫。
だけど、多かったりする場合、ちょっとずつグラニュー糖を入れて溶かしていった方が早く出来上がる。
一部溶かして、溶けた所にグラニュー糖を入れて溶かしていく感じ。
ここであんまりゴムベラとかで弄りすぎると、グラニュー糖が空気と結ばれて、再結晶化してシャリシャリするんで、滅多に触らない事。
鍋を揺する程度が良いね。
暫く加熱して、キツネ色になったらグラニュー糖の泡の状態を見て判断。
大きい泡がフツフツと出てる程度ならまだ早い。
泡が細かくなって、サラサラっとしてきたら火を止めて、お湯を投入。
冷たい水だとカラメルが跳ねちゃったり、温度が急激に下がって固まってしまうから人肌より少し温かいくらいがベスト。
「す、凄い……! 何をしているか、サッパリです……!!」
「ふっふっふ……でしょ?」
興奮したように、顔を赤くしてワタワタと手を振るミシェルさん。
余りに可愛い反応をしてくれるから、ついつい得意気になってしまう。
トロっとした状態になったらベーキングペーパーの上にドロップ状に垂らしていく。
ベーキングぺーバーとは……まぁ、くっつかない紙と思って貰えれば吉。
後は乾燥した所に置いておけば大丈夫。湿気があると水分を吸ってベタベタになるから絶対ダメ。
「凄い、凄い……!! これが……プリンに関係あるんですか……?」
思わず、といった風に手を伸ばすミシェルさん――――いや、熱いから危ないっ!!
「こ、こら! 触っちゃダメッ!!」
「はひっ!? すみませんっ!!」
あぁ……僕はこの世界で誰かにお菓子を教える時、こういう所から教えていかねばならんのか……。
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