第14話 膨張色
「なるほど……これは困った……」
「ふぅ……つ、疲れましたぁ~……」
小一時間質問しまくった結果、またまた調整の余地ありだという事実を知った……。
切ない。
もっと早く気付いていれば、一緒に調整して一回で済んだのに……!!
まず、味や風味、食感は問題無かったみたい。
美味しいと言って貰えたんで……安心。
だけど……問題があったのは、水分量。
要は僕が感じている以上にしっとりしていると感じたらしい。
僕達日本人は、欧米人より唾液が少ないんだ。
パンや酒が人間の適応進化に関係が深いとかなんとか……だった気がする。
とにかく米が主食の僕達は、パンが主食の彼女らより唾液が少ない。
聞くとミシェルさん達もパン食らしく……そこで、差が出たかも知らん。
あー……くそ、気付くべきだったなぁ。
元々、日本のケーキは日本人に合わせてしっとりさせてるんだよねぇ……忘れてた。
スポンジケーキとか、その他のお菓子の生地はフランスとか欧米圏由来のものばかりなので、水分を増やす為に生地にシロップを塗るんだよね。
シロップを塗る……それが当たり前になってて、理由を考えるのを止めてた……反省。
「だ、大丈夫ですか……?」
「あぁ、ごめんなさい……大丈夫です」
……まだ、時間あるかな?
「あの……後続の馬車は、後どれ程で到着しますかね?」
どうなるかわかんないけど、アレックスの元へ向かったら……空いた時間が作れないかも知れないし、出来るなら今のうちに。
「えぇっと……恐らく十日程、ですかね~……」
「いや貴方どっから露払いしてんだよ」
あぁ……つい間髪入れずにツッコンでしまった。
ちょっと、張り切りすぎじゃない?
「へへっ……王都を出てから直ぐですね~」
秒やん。
貴族のお嬢様が何してんの……? え、この世界そういう感じ……?
「あ、危なくないですか……それ」
「こう見えて私、強いですからっ!」
そう言って、グッとガッツポーズをして筋肉を見せてくれるけど……生憎、鎧で全く見えない。
「それに……最近、お兄様の嬉しそうな顔、全く見なかったんです。そんなお兄様が笑顔でお話をしてくれたので……とっても興味あったんです、貴方に」
「そ、そうですか……」
恥ずかしそうに笑ってたのに、不意に真面目な顔をされて……思わずたじろいでしまう。
あぁ……違う、話が凄い逸れてる。
「それじゃあ……僕の事、もっと知って下さい。貴方が……ミシェルさんが来てくれて、本当に良かった」
お転婆が発揮して先に一人で来てくれたから、唾液に気付けたし、検食もして貰える。
「え、えぇっ!? そ、そんな突然……!!」
折角だし、効率重視でアトリエの中でやりたいし……ミシェルさんのコックコートを魔法で創ろうか。
しかし、鎧のせいで体格がよく分かんないんだよなぁ……鎧と同じ大きさで良いかな?
「だ、黙って見詰めないで下さい~……」
「あぁ、これはどうもすみません」
女性相手に不躾だったか。
とりあえず……頭の先から作業靴まで魔法で創り出す。
勿論、ビニールに包まれた、新品の状態で出した。
「これをどうぞ。僕に付いてきて貰えますか?」
マスクとエプロンは……ロッカーで創れば良いか。
「これは……? 正装……?」
「そうですねぇ……正装ですね」
正装というか、作業着だけどね。
「か、変わったご趣味ですねぇ~……」
「趣味……? どちらかと言えば仕事ですが……」
「え?」
「ん?」
なんか、会話に食い違いがあるけど……ま、いっか。
「では、こちらにお願いします」
「は、はいっ!!」
胸元にコックコートを抱えたミシェルさんと共に、部屋の奥……アトリエへ。
***************
「あの……ここは……?」
「僕のアトリエ。アトリエって伝わりますかね?」
「工房……ですよね? あれ、え、えぇっと……ルイ様は工匠なのですか……?」
「まぁ似て非なるものですかねぇ」
「私、とんだ勘違いを……」
困惑するミシェルさんと共にアトリエの中にきた。
もう……ロッカーからローラー、手洗い……全部に気を取られるもんだから大変だった。
僕が思っている以上に、稀人の存在と……生活は、この世界にとっては重要な文化なのかも知れない。あんま興味無いけどね。
「何を作るんですか~?」
「お菓子です。先程召し上がって頂いたやつですよ」
白って膨張色なんだよね。
そしてコックコートは、言わずもがな純白。
つまり欧米圏っぽいグラマラスなミシェルさんは……コックコートを着ると、凄くデカい。部分的に。
ユサユサと揺らしながら小首を傾げる姿……僕の心にピンポイントで刺さって困る。
我慢、我慢……!!
「あれがお菓子……? ってええ!? 手作りだったんですか!? 早く言って下さいよぉ~!」
「だって……恥ずかしいじゃないですか」
結構強めに腕を小突かれて……ちょっと痛い。
でも異性からのボディタッチって、少し打ち解けたかな? なんて思えるから嬉しいよね。
「凄い事じゃないですかぁ~! 何かを作るって凄く格好良いと思いますっ! 私はずっと、消費する立場でしたから……羨ましいです」
だから反発して少しお転婆になったんですけどね?
そう締め括る彼女の顔は、どこか憂いを秘めていて……何かしてあげたい庇護欲が湧いてくる。
「じゃあ……一緒にお菓子、作りましょうか」
そんな言葉が自然に出てきて。
「良いんですかっ!? 私、やりたいです~!!」
自然に笑う彼女が……素敵で。
「ところで……クッキーは知ってるんですが、他のお菓子? は知らないんですよね~……」
「え? まじ?」
……え? 嘘でしょ? そこまで停滞していたの……!?
「私の知る限り、この国……それと、周りの国を合わせても、大きなお菓子屋さんは一つしか無いんです……。クッキーと……えぇっと、プリン? それしか知らなくて~……」
全身に、稲妻が突き抜けたような衝撃。
「な、なんで……!?」
「確か……建国王が、嗜好品の開発は後回しにしていたとか……」
「確かに……その通りだけどさ……!!」
「ルイ様は……ご存知ありませんか? 魔王の存在を」
確かに……女神様は、そう言っていた。
「知ってます……一応」
「魔王は、このカムヤ王国の歴史に何度も姿を見せています。その度に破壊される文化も、少なくありませんでした」
「なんで……そんな、酷いことを……」
「知る術は……ありません。建国王の記したニホンゴを読める一族も……一人、また一人……と」
……だから、停滞したというのか。
この世界の人は……誰かに言われないと――――いや、ダメだ……この先の言葉は、言っちゃダメだ僕。
「なる……ほど……」
「唯一残り、紡がれてきたお菓子屋……パティスリー・アヴェール。その店の主力が、プリンとクッキーなんです」
「そう……ですか……」
なんと言えば良いのか、わからない。
ただ……広川さんが、同郷の人間が生涯を掛けて興したものを壊す魔王が、許せないのは確かだった。
「プリン、作りましょうか」
ダメだ……頭が、働かない。
「えっ!? 作れるんですかっ!? 製法は秘匿にされているのに……さすが、稀人様ですね!!」
こんな時は……我武者羅に、お菓子を作って全てを忘れたい。
考える事は、この世界の人にあった水分量のお菓子……それだけで良い。
「楽勝ですよ、プリンなんて。さぁ……作る前にパティスリー・アヴェールとやらのプリンの話を聞かせて貰えますか?」
「……え?」
「やはり比較対象が無いとね!! 風味はどうでした? バニラの香りはしましたか? 食感は? 焼きプリンでした? それともゼラチンで固めるタイプ? トッピングは何を? カラメルは――――――」
「ちょ、待っ……! ルイ様っ!! 落ち着いて下さいっ!!」
そう……僕はこれで良い。
これじゃなきゃ……ダメなんだよ。
「さぁさぁ答えて下さい!! あ、そうだオーブンも付けておかないとっ!! 時間は有限ですからねっ!!」
隠すように、誤魔化すように……無理にでも楽しそうに。
けれど、僕の頭の中は……甘くて、ちょっぴり苦い。
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