第6話 嗚呼、女神様


 女神様に連れてこられた先は、宇宙のような空間に、厳かな神殿がある……とてもファンタジーな所。



「さて……貴方が簡単に死なないよう、魔法の使い方を伝授してあげましょう」



 何となくで使っていた魔法。それの正しい使い方……ね。



「それと……この世界の成り立ちも、少し話しておくわ」



 必要なのかなそれ。

 まぁ女神様に逆らっても、きっと良い事は無いだろうし……聞いておくか。

 


「はぁ……わかりました」



 本音を言えば、お菓子作りにしか興味無いけど……魔法を鍛えれば、それだけお菓子作りに有利になる。

 

 それに……女神様に魔法を教えて貰うなんて、ちょっと男心が擽られて、ワクワクしている僕もいる。



「それじゃ、最初は魔法を見せてあげるわ。見て覚えなさい……坊や」



 いや体育会系かよ。

 

 なんかこう……ファンタジーな感じで教えて貰うのかと思ったんだがなぁ……。


 見終わった後にいきなり本番やらされて、出来なくて……なんで出来ないんだ、とか言われないと良いけど。



「見ながら聞きなさい。良いわね?」



 僕の返事も聞かず、女神様は飛び上がり……掌から炎だったり水だったり……色々飛ばし始める。

 

 ……いや、これ見て何を覚えんだよ。


 そんな女神様は……僕の事など気にせず、独りでに語り始める。


 これは、僕の前に呼ばれた異世界人が、死んだ後の話。


 曰く、この世界に……魔王が産まれた。

 

 曰く、魔王の影響で発展が停滞し、討伐されたものの……それを気に掛けた女神様は、他所の世界を見回した。


 曰く、見回してる途中、他所の世界の……それはそれは甘美な洋菓子に興味を持った。


 曰く……なので手頃なパティシエをちょちょいと拾ってきた。


 曰く、この世界に馴染む様に魔力を与え、頭の中を弄りこの世界に適応させた。


 うーん……途中、話の脱線具合が凄い。


 まさに神々の戯れ。


 まぁ……僕は女神様のパティシエとして、拾われてきたの、かな?

 

 目の前のファンタジーに驚かず、平常心を保ってたのも……女神様のせいだとすると、妙にしっくりくる。


 それはそうと、話の流れからして……僕も何かこの世界に爪痕を残した方が良いのかなぁ。



「僕は……この世界の発展に、貢献するべきなんですかねぇ」



 自分の偏った知識じゃ……出来る事なんて、少ししか無いけども。



「そうね。貴方の技術を……この世界にばら蒔いて頂戴」



「そりゃあ……お易い御用で」



 それくらいなら……まぁ、余裕だねぇ。


 この不思議な宇宙空間で弾ける、雷や嵐などの多種多様な魔法をばら撒くのよりは……ずっと簡単な気がする。



「さぁ……次は貴方の番よ」



「は……はいっ」



 いつの間にか僕の後ろに回っていた女神様。

 そっと優しく包むように僕を抱き締め……僕ごとフワリと空を飛んだ。



「さぁ……先ずは魔力の使い方からね」



 空を飛ぶ必要は……あったのだろうか。



「私が少し弄ったから基礎は出来ているわ」



 あ、あれ……? ズブズブと……後頭部に、何かが入ってくる感触が……。



「いやっ、待っ……! アッアッ……」



 嘘でしょ、嘘でしょ……何これ、えっ……気持ち悪い……。



「あら……意外と応用も出来ているわね」



 後頭部から脊髄に沿ってツーッと何かが通る感触。

 ゾワゾワとする気持ち悪さと……温かい液が流れる心地良さに頭がおかしくなりそう。

 

 そして、記憶の奥のトラウマも、呼び出されそうな……この感覚。



「私の指、感じるかしら? これが魔力の通り道よ」



 脊髄から抜け、肩……腕と暖かい液がグブグブと流れ出す。

 

 ……え? 今、この人……指って言った?



「アッアッ……水見式……アッアッ……」



「脳内のイメージを魔力によって形に現す……それが魔法。個々によって力は変わり、得意な分野が異なるわ」



 僕の渾身のボケもガン無視で女神様は続けていく。



「不得意な分野は、深くイメージが出来ない。けれど……魔力を過剰に供給すれば、扱う事も可能」



 再び女神様の指が動き……腕、肩そして――――心臓の位置で止まった。


 不穏な場所すぎて、思わず息を飲む。


 命を握られているみたいで――――凄く、恐ろしい。



「魔力の巡りは血と同じ。魔力を生み出す器官は……心臓の裏」



 ギュッ……と、心臓を、握られる、感覚。



「私は……魔を司る女神。貴方の命の直ぐ傍に居るわ。貴方の力は……私の想像を超えてきた。その魂を残したくば……わきまえる事ね」



 その言い方だと……僕の創造魔法は、女神様がくれた訳じゃない……?

 


「き、肝に銘じておきますぅ……」



 なんでも良いや……。とりあえずまぁ、大人しくお菓子作って生きよう……。

 だから早く指抜いて……。



「ふふっ……驚かせすぎたかしら? 星を滅ぼしたり、人を滅ぼしたり……とにかく、世界の均衡を崩さなければ構わないわよ」



「は、はいっ!」



 やる事のスケールが違う。


 僕の返事を聞いて、ズプッ……と僕の体から女神様の指が抜けた。


 まだ、バクバクと鳴る心臓。


 この人は……いや、この方は神様の類なんだと、思い知らされたなぁ……。



「さ、前置きはこの程度にして……本番始めるわよ坊や」



 あぁ……そうだった。ビビりすぎて大事な事を忘れてた。



「はい……お願いします」



「まず……基本となる火風水土を創り出して貰おうかしら。スムーズにいくようになったら……エーテルを――――」



 ブツブツと唱える女神様。



「お、お手柔らかに……」



 ――――勿論僕の懇願など届く筈も無く、この後無茶苦茶魔法の練習をした。




 ***************



「あ、ありがとう……ございました……」



 どれ程の時間が経っただろうか。基礎の五元素だけじゃなく……空間だの回復だの、無駄に色々教え込まれた。



「これで簡単には死なないでしょう。存分に坊やの技術と知識をこの世界に広げなさい」



「承りました……」


 

 尚、この一連の魔法講座の対価はお菓子で良いらしい。どうやって渡すんだろ。御供えすれば良いのかね?



「それと……これを受け取りなさい」



 そう言って、薄紫色の宝石のついた指輪やネックレス等の装飾品を、僕に渡してくる。

 

 お、多くね? 二十個くらいあるんだけど。



「あの、これは……?」



「私の力を秘めた……宝石だと思ってなさい。満月の夜、その石を起点に顕現するわ」



 一個で良いのでは……?



「私の力を秘めた……それはつまり加護という事よ。貴方の大切な人に贈りなさい」



 そりゃあ有難い話で。



「それとその装飾品は、この偉大なる女神セレーネから授かった物。無闇に曝け出すのはお止めなさい。亜空間の魔法を教えたでしょう?」



「あ……ですよねぇ」



 言われた通り、魔法を行使して装飾品をインベントリに放り込む。


 教わる前から知ってたけどね!!



「宜しい……それでは元の場所に送るわね。最後に……翻訳魔法を創る事をお勧めするわ」



 ――――こんにゃくでも良いですか?


 そんな一言を言おうと思ったのに……声が出ない。


 そんな僕を見て女神様は微笑みながら指パッチンを一つ。


 あぁ――――女神様の微笑みはなんと美しい事か。


 その笑顔を脳裏に焼き付けたまま……僕の意識は途切れた。



 ***************



「あれ……? 僕……」



 テーブルに突っ伏して寝ていたらしく……何処か頭が曖昧で、フラフラする。



「女神……様……」



 夢……とは思わない。


 だって目の前のテーブルには……女神様の分の、空になったティーセットがあるから。


 目を瞑り、脳内でインベントリを意識すれば【女神の寵愛】なんて名前の、数々の装飾品もあるしね。


 それに……今までのファンタジーを思い返せば、女神様なんて居る可能性の方が高かった。



 ま、どうでも良いや……早く寝よう。風呂も……面倒だし明日で良いや。


 庭から家に戻り、フラフラと……自室のベッドに飛び込んだ。

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