第7話 便利な世の中
翌朝。
ベタベタして気持ち悪いし……シャワー浴びよ。
朝日が入り込み、薄ら明るい廊下。
間取りも、軋むフローリングも……全部実家と同じ。
創造魔法様々だなぁ。
あ……そういえば女神様が翻訳魔法を創れなんて言ってたなぁ。忘れないうちに創っておこうかねぇ。
そんな風に考えながら廊下を歩き……そして、魔法で水を出して飲み、一口サイズの菓子パンも作って食べる。
凄い、なんて便利なズボラ魔法なんだ……!! 風呂場に着く前に全部終わった……!
例え地球で科学が発達しても、辿り着けない境地……!!
それに、お風呂にはシャンプーもボディソープも全部創られていて、凄く便利。
ふと、ザバザバとシャワーを浴びながら思う。
このまま、此処で暮らすのが一番……だと。
衣食住全部魔法で完結するし、外敵もいない。
ただ……結婚どころか恋人すら難しいのが、難点かなぁ。
女神様に色々と言われなきゃ……――――――ん? 外敵……?
「ヤ、ヤバッ!! ガッ……ゴボッ、ゴホッ……不味い不味い不味い!!」
不味い、何も考えて無かったっ!!
そりゃ龍がいる世界なんだし、人間を襲う外敵なんて幾らでも居そうだわっ!! 風呂入ってる場合じゃねぇ!!
急いで外に出て確認しないと……!!
慌てて服を着て外に出てみるも――――塀に目立った傷は無い。
……冷静に考えれば物音なんてしてなかったわ。
まぁ良いや。
魔除けがてら【女神の寵愛】のネックレスバージョンを門にぶら下げておくか。
と、いうか……そもそもこの場所はあの龍の住処で、他の生物がいない可能性も……?
確かめてみるか……? なるべく不確定要素は消していきたい。
家の周りの荒野を見渡しても、動く物体は見えない。
つまり……目指すは荒野の先にある、森。
どうせ、この家に盗られて困る物は無い。
視界にギリギリ映る、森の緑。
歩けば往復でかなりの時間が掛かりそうだけど……僕には、魔法がある。
空間を飛ぶ魔法……空間魔法。
ワープやゲート……ルーラにそらをとぶ。幼い頃からやってきたゲーム達が、空間魔法を教えてくれる。
全身の魔力を滾らせ……強くイメージ。
あの森に行きたい。
大鷲のように……龍のように、早く。
歩くより、飛ぶより……早く。
今直ぐに。
スッ……と魔力が抜ける感覚。
ギュルンッ! と僕の視界が歪んだかと思うと――――目の前に、森があった。
「ゲートとは即ち……駿馬である、ってね」
空間魔法……転移。無事成功。
五体満足で服も一緒に……家から森へ、瞬時に移動出来た。
「ふふふ……!」
素晴らしい力に体が震え……笑みが漏れる。
この力があれば……世界中の郷土菓子を探し回れるじゃないか……!!
女神様万歳。異世界最高。
……調子に乗ってこのまま森に入る前に、丸腰は御免なので一本の剣を魔法で創っておく。
職業柄、ナイフ……つまり刃物類は扱っているけど、剣などの刀剣類は流石に使った事は無い。
道具として扱うナイフ。武器として扱う剣。
何処まで……技術の流用が効くかなぁ。とりあえず、剣でいってみよう。
さて、目の前の森。
朝日煌めく、澄んだ緑の瑞々しい森――――なんて事はなく。
朝なのに黒く淀み、日光の侵入を許さない……陰鬱とした森。
初心者より……上級者向けの空気。
……来る所間違えた帰りたい。
でも此処しか無いんだよなぁ……。
仕方ない、入ろう。もしかしたら初心者向けの森かも知れないしね。
少し重い足取りで、森へと進入していく。
徐々に暗くなる視界。
肌に纏わり付く、嫌な湿気。
所狭しと蔓延る木の根。
かと思えば草が茂った平らな地面。
所々に見られる獣道。
手入れされていない感満載の、野生の森。
歩き辛い……そして無駄に怖い。
いっその事、魔法パワーで更地にしてやろうか。
木々を見渡しても、果実が実ってる事は無く。
獣の声も足音も……何も聞こえない。
酷く不気味で……不要な程に禍々しい、森。
雰囲気だけ強そうな……変な森。
これは、この世界の普通なんだろうか。異世界人である僕だから……思う事なんだろうか。
あぁ……なんか嫌な森だなぁ……。帰ろうか――――
「――――誰か――――助け――――!!」
!?
人……!? 誰かいるのか……!?
助けと言われても、声が木霊していて何処から声がしたかわかんないっ……!
耳を澄ましても、追加の声は届かない。
ど、どうしよう……どうするべきだ……!? いっその事魔法で木々を薙ぎ倒して、視界を広げるか……!?
いや、巻き込む可能性……落ち着け、落ち着け僕。
……あ、そうか。
魔法があるだから、探索する魔法を創れば良いんだ!!
探索……ソナー……? 魚群探知機……?
音波……電波? いや……せっかくだし、魔力で良いか。
魔力を周囲に広げて、触れたものを探知する感覚。
四メートルが限界の侍じゃなく……本気を出せば三百メートル広げられる暗殺者をイメージ……。
「
上手く纏まらない思考を、言葉で補って。
魔法を放った瞬間、パッと僕から解き放たれる、透明な波状の魔力。
魔力が通った部分のマッピングを脳内に直接送る……そんな魔法。
瞬時にこの森の全容も……声の主が何処にいるかもわかった。
恐ろしく早い魔法。僕じゃなかったら見逃しちゃうね。
魔法の結果わかった事は……四足の獣が数頭と、二足歩行の人型が……一人いる事。
捕食者と……餌。
一刻の猶予も無い。
「
急いで……向かわないと……!!
パッと視界が映り変わり、転移した先には――――狼が四頭と……緑色の、小人がいた。
小人……?
違ぇだろ翻訳魔法ぉぉぉぉぉぉ!! どう見ても!!外敵じゃねぇか!!
え……? あれ、この人はゴブリンなのかな……?
ん? それとも、この世界のスタンダード人間……?
わかんない……情報が足りない。
けど、真っ先に浮かんだ名前……ゴブリン。
緑色の小人で、黄ばんだ歯を剥き出しにして狼に対して威嚇している。
汚れたボロ布を纏い、欠けた棍棒を振り回しつつ、大木を背にして追い詰められている状況。
このゴブリンがメインの世界じゃない事を……祈ろう。
というか……僕が思ってた状況と違う……。
でも、この世界のゴブリンは良い奴なのかも知れない。実は王子様とかかも……ね?
不潔すぎて友達にはなれないけど。
そうだよ、言葉も通じたし……助けた方が良いのかも。
悩んでまごまごしていた僕と、ゴブリンの目が合い――――瞬間、目をカッと見開くゴブリン。
「ニンゲンッ!! 何故こんな所にっ!!」
涎を撒き散らし、錯乱しながら叫ぶ姿は……正に化物。
オマケに棍棒を投げ付けてくる始末で、お陰様で狼達の視線が僕に集まってきた。
コイツ……。
良かった。外敵の類で。
「シネッ!! シネッ!!」
なんでこのゴブリンは、こんなに敵対的なんだろう。
「あの、一応助けに来たんだけど……」
「ゲヒャア!! シネッ!! シネッ!!」
ダメだ言葉通じないや。
「バウルルルルッ!!」
「うおっ!? 危な!!」
呆れた僕に、飛び掛る狼。
反射的に、腰に携えていた剣を抜き放ち……力任せに狼を横一文字に斬る。
飛び散る血肉。
弾ける臓物。
激流の如く飛び散る元狼――――グロい、キツい。
「うっぷ……ゲホッ……ゲホッ」
龍を殺した時は、アドレナリンがドバドバだったみたいで平気だったけど……今の零距離血飛沫はマジでキツい。
血腥さも……生々しさも……手に残る、感触も。
か、回復……!! 魔法だ、回復魔法……! 精神を、安定させなきゃ……!!
幸い、一瞬で肉塊になった仲間を見て、狼も狼狽えている。
今しか、ない。
「
魔法の発動と共に、トクン……と小さく心臓が跳ね、心音が安定する。
喉元まで来ていた胃液も、ストンと胃に落ちた。
ゴブリンを見ても、狼を見ても……怖いと思わない。
狼の残骸を見ても……気持ち悪くない。
恐怖か緊張か、小刻みに震えていた体も、硬直していた筋肉も……大人しくなった。
「ふぅ……」
これで、大丈夫。
グッと剣を握り直す。
ホイッパーを握る時とは違う、手首を固定する握り方。
断面が曲がらないように……ブレないように。
ジリジリと距離を取り、僕を見据える狼。
迷う事無く……頭に叩き付けるように、鋭い剣戟を一閃。
ズブッと刃が狼にめり込んだ瞬間、滑らせるように刀身を引きながら力を入れる。
肩から剣にかけて……一本の腕だと思って、固く、曲げず……ブレないように。
硬い皮膚、柔らかい肉、一番硬い骨。
迸る、血飛沫。
まるでガナッシュの心棒が入ったロールケーキみたい。
しかし……力加減を間違えたみたいで、頭からお尻にかけての断面が曲がってしまった。
力を入れすぎたか……。切っ先が反ったなぁ……。
地面までめり込んだ剣を引き抜き、次の狼へと視線を向ける。
「親父なら……もっと上手くやる……!!」
言いたいけど言う機会が無かった漫画のセリフ……その一。
因みにウチの親父は普通のサラリーマンだ。
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