第3話 自由
日が眩しい。
なんでこんな所で――――あぁそうか、気絶したんだっけか。
どうしてだろう……気絶する前は沈み始めていた太陽が、今は昇り始めてるよ……。
ええ……? まさか、ほぼ一日寝てたのか僕。
残念ながら体調はとても良くて、ハンドスプリングで飛び起きちゃうくらい元気。
……ハンドスプリングなんて、今まで出来なかったんだよなぁ。
まぁハンドスプリングなんて体術より……僕は、魔法を使った。
それを証明するかの如く、目の前には首の無い龍の死体がそのまま残っている。
僕は……思考を、そして体の自由を奪われたように……勝手に魔法を使った。
それが、まるで誰かの掌の上で踊っているみたいで……酷く気持ち悪い。
「なんだかなぁ……」
元来、お菓子作り以外は興味の薄い僕だけど……流石にちょっときつい。
誰が? 何の為に?
凄く……気になる。
――――けれど、確かめる術は無くて。
流されるまま……操られるまま、進むしかない。
「……『
物言わぬ龍の亡骸に掌を向け……お菓子作りで慣れ親んだ単語を呪文にして、魔法を放つ。
ゴウッ、と音を立てて生み出される青い炎。
チリチリと龍を焼き……その死体を、塵へと変えていく。
熱波で揺れる前髪も……鼻腔を擽る焦げ臭さも、全てが鬱陶しい。
なんだろう……思っていた以上に、好き勝手にされている事に腹が立ってるのかなぁ。
この龍も、弔いの為に焼いたんじゃなくて、憂さ晴らしだしね。
昨日は使えなかった魔法。
今日は使える魔法。
【創造】魔法……それを、体で教え込まれた感覚。
炎を手から出すんじゃなくて……炎を創り出し、そして射出すれば良いんだ。
自分の力がわかったのは良いけど……なんか納得出来ないんだよなぁ。
まぁいいか。
そんな事より、何か心が疲れちゃった。
けれど……ここは荒野の端の方。休む所なんて無い。
――――しかし、魔法がある。
無ければ創れば良い……ただ、それだけ。
【創造】魔法は、何かを創り出す魔法。
魔法だって――――創れば良い。
発想は無限大で……それを行動に移すのだって、自由だ。
魔法だって……お菓子作りだって。
何だって自由な発想は許されるんだ。
【土魔法】を創って荒野を均して。
【草魔法】を創って芝を生み出す。
【木魔法】を創り、基礎を創り、柱を創り――――家を創り出す。
自分の中に、なんだか温かい力がある事に気付いて、なんとなくソレを消費して。
魔法を使うためのパワー――――恐らく、魔力とか、そんな感じだろうね。
徐々にファンタジー的な不可思議な状況に慣れてきて。
疑問に思う事も、興奮する事も無く、冷淡に、生きる為に……【創造】魔法で家を創り上げていく。
パティシエとして生きてきた僕は……こうやって、感覚的に物事を捉えるのが得意みたい。
なんで魔力があるのか?
その力の制限は無いのか?
代償は?
そんな事、どうでもいい。
あるから使う。なんとなく、使えるから使う。
ただ、それだけ。
理論的に物事を捕えなくても……何となくで良いんだ。
根拠は要らない。フィーリングで。
そんなこんなで、魔法で家を創り出していく。
建築の技法なんて全く知らないけど……家という物は、当たり前だけど知っている。
配管とか、断熱材とか……知らない所は魔力で補え!! ゴリ押せ僕の魔力っ!!
掌を突き出し、体内を巡る力――――魔力を掌から放り出すイメージ。
瞬間、ギュンッと力を吸われ……息が上がる。
「はぁ……はぁ……!」
その甲斐あってか――――目の前に、こじんまりとした一軒家が建った。
「なんでもアリだなぁ……」
……正直、まさか家が創れるとは思ってなかったんで、思わず声が漏れた。
悔しいけれど、僕は魔法というズルをしないと……家なんて作れない。
いや……家だけじゃない。
僕には、お菓子以外を作る知識がない。
創造魔法は――――不甲斐ない自分の懺悔であり……知識溢れる、他の職人達への嫉妬と賞賛だと、僕は思うんだ。
目の前の家を見上げる。
昔ながらのモルタル塗装の外壁と、切妻屋根。
レンガ造りの塀と小さい庭。
まさに……実家のような安心感。
……そりゃゆっくり休めるように、実家をイメージして創ったからその通りなんだけどね。
さて……一応形は出来た。
中に入って少し休もう。
僕はもう――――心が疲れてしまったよ。
門を潜り、玄関を目指して歩く。
玄関までの道がタイルな事とか、細部まで再現度が高い。
すげぇなぁ魔法って。
なんか……昨日の朝まで住んでいた家をイメージしたのに、酷く懐かしい感じがする。
何十年と帰らなかった実家に……久々に帰郷するような、ドキドキとワクワクと……物悲しさが混じった不思議な気持ち。
まだ二十四歳だからわかんないけど。
「なんで……?」
毎日掴んでいた、玄関の取っ手すら懐かしくて……。
「なん……で……」
なんで……僕の目から、ツーッと涙は零れるのだろうか。
――――本能が、もう二度と戻れない事を……伝えてきているのか。
「……なんで?」
――――それなのに、どうして僕の涙は一雫で済んでしまうのだろうか。
両親には……もう会えない。
友達は……元々いない。
恋人も……暫くいなかった。
仲良い先輩、後輩なんて……むしろ、仲悪い同僚ばっかりだった……なぁ……。
「あ、あるぇー……?」
僕って……こんな寂しい人間だったの?
てか、この綺麗な涙は……両親へ向けての涙だったの……!?
あー……まぁ良いか、そんなものかも知れない……よね。
腹も減ったし飯でも食べよ。
実家と同じ造りだし、冷蔵庫までの道程は最短コースで詰められるレベル。
ただ一つ、実家と違う所があって……玄関に、大きな水晶が置いてある事。
あの龍が胸元に着けていたパワースポットを真似た一品で、ぶっちゃけライフライン関係は基礎知識が無いんで、魔法でゴリ押した結果だ。
このパワースポットから魔力が家中に行き渡り、魔法に変換されて電気ガス水道が使えるって寸法。
パチッと壁にあるスイッチを押して、電気を付ける。ちゃんと付いた……良かった。
ほぼフィーリングでいったけど、何とかなったらしい。
明るくなった廊下を小走りで進み、キッチンへ。
テーブルに置きっぱなしの、食べかけの菓子パンや、飲みっぱなしのペットボトル。
こんな事まで再現されてて……クスッと笑ってしまう。
ちなみに菓子パンというのは、昔はお菓子屋さんの領域だったんだよね。
昔のフランスだかドイツは、パン屋が砂糖を使った焼き菓子作るのダメだったとか。
だから砂糖を使えるお菓子屋が菓子パンを作ってた……とか何とか。
古いお店だと、伝統なのか知らんけど菓子パン作ってる所多いよね。僕の務めていたお店もクロワッサン作ってたなぁ。
閑話休題。
テーブルの上の菓子パンを手に取り、貪るように食べる。
ろくに水分も取っていなかった喉に張り付くパンの皮。
ペットボトルのお茶で、パンを剥がすように流し込み、小腹を満たしていく。
パンの甘味を感じ、お茶の渋さが舌を刺激しながら喉を潤し……お腹に落ちる。
あぁ……そっか。
そうなんだ。
魔法で創ったって――――本物なんだ。
心も体も……満たされる。
物を食べて……つまり命へと繋いで、やっと実感出来た。
「凄い……凄いよ魔法。素晴らしいよ……
此処が地球じゃないなんて確信は無い……けど、こんな不可思議で、ファンタジーな事は出来やしない。
ドクッと心臓が跳ねる。
この世界なら……原材料費も、光熱費も考えないでお菓子が作れる。
ドクドクッと心臓が湧き立つ。
高くて買えなかった機械も材料も……全部、全部創れるんだ……!!
バクバクッ……と、心が踊る。
この世界なら……僕だけの『
焼き菓子専用の部屋も欲しいし、生菓子専用の部屋も欲しい!!
パイもキャラメルもチョコも!! 全部個別の部屋を作らないと!!
材料を保管する倉庫も欲しいし、包材を保管する倉庫も欲しい。
お菓子を保存する倉庫も、冷蔵庫も冷凍庫も……あぁ、やばい、インスピレーションが止まらない。
まずはロッカールームが必要かな?
その後にサニタリールームを置いて身嗜みを整えて……!
リビングを見渡し、空いている壁際を探す。
新しく扉を創っても、邪魔にならない場所を。
……残念、何処にもない。
いや、スペースだって創れば良いんだ。邪魔な物をしまう……そんな魔法を創れば良い。
ゲームみたいに、文字とドット絵だけで表現する――――インベントリ、若しくはアイテムボックス。
無尽蔵に入るリュック、若しくは四次元なポケット。
可能性なんて山ほどあるし、参考に出来るネタも沢山ある。
しかし、今はそんな事に意識を割いてるのが勿体無い。
無難に、最初にイメージしたインベントリにしておこうかな。
壁際に置かれた、一家団欒用のソファに手を置いて……魔力を掌に集める。
「『収納』」
そう、呟けば……スッと体内にソファが入ってくる、そんな感覚。
リビングにあったソファは……僕の思い出と共に、頭の片隅へと消えていった。
僕の体と、どこかの宇宙の亜空間。
それを繋ぐ魔法。
その亜空間は、僕が創り出した物で、僕だけの
念じれば……ソファが亜空間にある事がわかる。出し入れだって何のその。
……これでよし。邪魔な物は無くなった。
心置き無く、アトリエの制作に入れる。
リビングの壁にピトッと掌を当て、全身の魔力を沸き立たせる。
僕の心の昂りに呼応しているのか、魔力が皮膚を通り抜けて体外へ飛び出し……青白い淡い光となって可視化して、僕の体にへばり付く。
――――でも……そんな事、どうでもいい。
最初はロッカールームに繋がってて……コックコートに着替えて――――
「『
脳内に展開していた、【僕の考えた最強のアトリエ】の見取り図と、溢れ出る魔力が一気に掌に吸い取られ……バチバチッ!! っと鋭い音と閃光を放ち……魔法に変わる。
――――さぁ、ここから、僕のお菓子無双の始まりだ。
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