第2話 過去か今か


 ――――あれ……? 寝てしまったのだろうか。


 温い大地に、横向きに寝ている僕。


 パッと目を開いても、倒れた体に力は入らないし……頭もモヤがかかったみたいに、フワフワ。


 倒れる前は、日光に照らされた真っ白な荒野だったのに――――今、僕が寝てる所は……不自然なまでに真っ黒な平原。


 度重なる不可思議に頭が壊れたのか、それとも慣れたのか……とにかく、漠然とその事実を受け止められるけど、それについて深く考えられない。


 疲れて集中出来ない、焦点が合わないポヤポヤ感……それが一番しっくりくるかなぁ。


 首すら動かせない僕の視線の先には……巨大な、禍々しい漆黒の城が一つ。


 そしてその城に群がるように光る、空を高速で飛ぶ物体が……四つ。



 あの城は――――きっと魔王城で……あの光る物体は、勇者なんだ。


 なんでか知らないけど、僕の頭はそう解釈して、理解している。


 角の生えた悪魔。


 雄々しい翼を生やした悪魔。


 鋭い爪で人の血肉を裂く……悪魔。


 なんか悪そうな見た目だし、たぶん……ファンタジー風に言えば、魔王軍とかかな?


 相反する勇者軍は……勇者達四人組。


 それから、魔王城を囲う甲冑を着た兵士達。


 獣耳を生やしたり、耳が長い人だったり……多種多様の、亜人達。


 焼き払われる悪魔。


 甲冑ごと穿たれる人。


 方々で火が踊り、激流が空を飛び、突風が吹き乱れ、閃光が迸る。


 果てしない……ファンタジーな空間。


 映画の終幕ラストシーンを見せられているような……そんなフワフワとした感想。


 血肉が飛び散ろうと、人の手から炎が飛び出そうと……僕の心は、驚かない。


 まぁ……夢だからしょうがないかねぇ……。


 お菓子一辺倒の人生だったから、こんなファンタジー……ちょっと憧れる。


 不思議と、勇者の放つ光を見ていると……心が踊る。

 

 何も感じない筈のこの空間で――――ドキドキワクワクしてくる。


 そんな風に、映画を見ている気持ちで、この空想ファンタジーをボーッと眺めていた。


 しかし……どんな物語もいつかは終わるもの。


 黒いモヤモヤしたなにかと、勇者が魔王城の上空で対立。


 あのモヤが――――魔王。


 脳内に直接情報を打ち込まれる、感覚。


 そうこうしているうちに、勇者が空に手を向けたかと思えば、雲を突き抜け、光が集まりだし……勇者の手に収束。

 

 大地を割るような……巨大で、神聖な、真っ白な刀剣へと姿を変える。


 いや、えっ……展開早――――



 カッ! と眩い光が世界を包んだかと思えば、勇者がその手を振り下ろし――――魔王城ごと、魔王を斬った。


 いやいやいや……もうちょっと、こう……余韻とかさぁ……!!


 僕が寝そべる平原も、衝撃で激しく揺れ……居心地が悪い。


 ――――いや居心地とかじゃなくて、逃げなきゃ死んじゃう!!

 焦っても……体は動かず、眩い閃光が僕を包む。


 真っ黒な魔王城も、悪魔も、魔王も……神聖な光に焼かれ、煙となり……天へと登って行く。


 禍々しい草木も焼かれ――――真っ黒な平原は、真っ白な荒野へと姿を変えた。


 人に害は無いのか、辺りから歓声が鳴り響き……恥ずかしそうに勇者は地面へと降り立つ。


 良かった……死ななかったよ、僕……。



 ――――そんな勇者達の背後の上空で、塵へと変わった魔王が……風に乗って、何処かへ運ばれて行った。


 最後に遺ったのは――――小さな小さな、真っ白な光。


 なんだかそれが、無性に気持ち悪くて。


 チョコレートクリームの上に、白い生クリームを一滴零してしまった時みたいで、何とかしたくて。


 動かない筈の左手を動かし、光に向けて伸ばして、掴み取ろうとして――――僕の意識は、徐々に薄れてきて。



「待っ……待って……!! ――――」



 誰かの名前を呼ぼうとして。


 でも……誰だかわからなくなって。


 何故か……涙が出てきて。


 小さな光はパンッ! と弾けて消えて……僕の意識も、プツリと途切れた。



 ***************


 

 「あれ、ここ……」



 どうやら荒野で寝てしまったみたいで、俯せで倒れ込んでいたみたい。

 服が土塗れで……凄く嫌。


 でも体の不調は治ったみたいで、楽々と起き上がれたので立ち上がり、服についた土を軽く手で払う。


 空を見上げれば、太陽の位置は寝る前とあまり変わらない。


 周りを見渡せば……相変わらずの荒野。

 日本じゃ見られない、グランドキャニオンみたいな荒れた大地。


 こんな場所、知らないのに……なんか見た事ある気がする。



「あぁ……そっか、此処……」



 ――――夢でみたんだ、この場所。


 どんな夢かハッキリと覚えていない。


 けど、興奮した事……そして、悲しかった事。それは覚えてる。


 そうだ、誰かが……戦ってたんだ。


 剣を薙ぎ、矢を放ち……魔法を、穿つ。そんな事してた気がする。


 魔法……僕にも出来るかな?



「ファイヤー!!」



 手を空に突き上げて、呪文を唱えても……僕の掌から炎は出ない。



「サンダー!!」



 雷も、出ない。



「フリーザー!!」



 氷も出な――――あ、違うわこれ。

 準伝説のモンスターの名前だった。


 次々とファンタジーな事をしてくるのに、僕にはファンタジーさせてくれなくて……センチメンタル。


 その癖、なんだか荒野の端っこにある森が無性に気になって……そっちに向かいたくなる。


 まるで、チュートリアルを進めてるみたいに体の操作を奪われているみたいで……凄く嫌だ。


 それでも、体は勝手に動き出し……トボトボと、ゆっくりと……荒野を抜けるべく歩き出してしまう。


 なんでこんな目に合ってるのかわからない……それなのに、何故か不安に思わないし、不思議にも感じない。


 あぁ……凄く気持ち悪い。



 ***************


 


 ジリジリと日光が脳天を焼く中、トボトボと荒野を歩く。一時間程歩き、半分程まで歩けただろうか。

 

 スマホはブラックアウトしているし、職業柄装飾品は着けられないんで、腕時計もしないから時間がわかんないんだよなぁ。


 此処が何処かもわからず、何処に向かってるかもわからない。


 でも……不思議と足は止まらなくて。


 何かに操られているみたいで気味が悪くて。


 それでも……僕の足は、荒野を進み続ける。


 僕が僕じゃ無くなる……そんな感覚が恐ろしくて。


 でも……恐ろしくなくて。


 訳がわからなくて心が寂しいのに……何故か勇気が沸いてきて。


 ――――――だからだろうか。



「アオォォォォォンッ!!」



「お、おう……」

 


 僕の目の前に突然降り立ち、咆哮する龍を見ても――――不安に思う事は無くて。


 体高は三メートル程だろうか。


 照り付ける太陽を青白く反射させる、巨大で美しい龍。


 シャープな体の造りと、鋭く額から伸びる半透明な角が凄く格好良い。


 そして、胸元に謎の水晶が着いているんだけど……あれは何なのか分からないからいいや。

 

 でも、凄く威圧的な水晶で……力を感じる。


 パワースポットを体内に内蔵しているタイプ……なのかな。



「へぇ……ファンタジーって凄いねぇ」



 問い掛けても応えはなく。


 嫌でも異世界に来てしまった事を見せ付けられているのに……酷く、冷静で。


 不思議と、この龍が僕を呼んだ訳じゃないのも理解出来て。



「訳、わかんないんだよなぁ……」



 絶対に勝てる訳のない強者。


 なのに……この龍を殺せる事に揺るがない自信が沸いてきて。



「グルルゥ……!! ガァァァァ――――」



 さっきは魔法が出なかった癖に……今、僕に出来る事が手に取るようにわかる。



「なんか……ごめんね?」

 


 龍の咆哮に合わせ、魔法で創り出した鋼鉄の剣で首を横薙ぎに斬る。


 光が迸るような、素早い一閃。

 


「ガボッ……ボボボボボッ……」



 落ちる生首。


 吹き出す鮮血。


 あまりにグロテスクな光景でも……僕の心は揺るがない。



 【創造】

 


 龍が目の前に現れてから……ずっと脳内に浮かんできた言葉。


 様々な原材料を加工してパーツを作り、組み立てモンタージュして洋菓子を作るパティシエ。

 

 飽きられないよう、楽しんで貰えるよう……頭を捻って、数々のお菓子を作り上げてきた……パティシエ。


 そんな僕にピッタリの魔法。


 僕が今まで見てきた物や培った経験、蓄えた知識……想像した空想。


 全てを創り出し、生み出す力。


 まぁそんな事より……今は目の前の龍から溢れ出る、淡い青色の光の方が大事。


 それが何なのか……僕には、わかる。



 【経験値】



 ファンタジーで重要な、プレイヤーを強くしてくれる不思議システム。


 そりゃあ僕だって男の子だし、強くなれるなら強くなりたい。


 だから……両手を広げて、空中で浮遊している淡い光をその身で受け止める。


 一粒の光を受け止めれば……ゾクゾクと体は震え、力が漲ってくる。


 もう一粒受け止めれば……どんどん力は漲り、目も耳も……心做しか頭も良くなった気がする。


 頭は気のせいか。


 あぁ……気持ち良い……癖になりそう。


 もしかしたら、あの龍はこの世界における経験値要員なのかも知れない。

 

 メタル系モンスター的な……弱くて経験値沢山の、ボーナスドラゴンなのかも。


 そして……三つ目の光を受け止めれば――――過剰な力の供給が、ボキボキと僕の骨を軋ませてくる。


 ……ん、え?

 

 ちょ、ちょっと待って……不穏な空気が……。


 ……四つ受け止めれば……痛い。


 五つ受け止めれば…………物凄く痛い。


 ビキビキ、ミシミシと震える僕の体。


 お、穏やかじゃない。


 痛……こんなの聞いてない……助けて……。


 龍から得た莫大な経験値は、僕という人間に収まるわけがなく――――泣き叫ぶ暇も無く、数え切れない経験値が僕を襲い、ショックから意識がブラックアウトした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る