第8話 Legacy
乾ドックにて静かに眠る帆船。全長は目算で40mほどで確かに今まで港で見ていた帆船よりかは大き目の船だが、ぱっと見た感じではそこまで変わった船であるという印象は受けない。
ごくごく普通のキャラック船。船体だけを見るならそう言った印象だったこの船だが、何処か違和感を感じるのは何故だろうか。
「これが見せたかったモノですか?」
違和感を感じたまま、俺はギルド長にそう問いかけた。俺の問いかけに、ギルド長は笑いながらそうだと答えた。
「気づいたか?」
ティム親方が俺に話しかけた。しかし、俺にはさっぱり何の事だかさっぱりわからなかった。
「何がですか?」
「おいおい、気づかねぇのか?マストを見てみろよ。」
ティム親方はそう言ってマストを指さす。そこで俺も漸く自分が感じた違和感の正体に気が付いた。
「帆装が違う?」
「そうだ。元々このキャラック船はとある商会の交易船として注文も受けたんだが、完成間近にやっぱり要らないと断ってきやがったのさ。別に料金は先払いで貰っているから問題ねぇがこのデカさだ。引き取り手が居なくて困ってたんだ。」
「そこで我が商会で改装する事を条件に買い取ったんですよ!」
急に後ろから話しかけられてビックリしてしまった。振り返ればパッシャーさんがケイティと一緒に荷物を持ってこっちにやって来ていた。
「オーブリーさんのお話を聞いてつい舞い上がってしまいましてね。ギルド長にお願いして仲介して貰ったんですよ。」
「俺もオーブリーの絵を見せて貰ったが確かにあれは帆船として革新的だ。パッシャーさんにゃ悪いが、俺も造船所のバカ共も燃え上がっちまってな。ブリック帆装って注文だったのにいつの間にかフリゲートの形に造っちまった。」
確かに、三本マストという所はキャラック船のままだったが、よく見れば
大きさゆえに気づけなかったが、船体自体も船首楼と船尾楼が小さくなっていて従来のキャラック船よりも平べったい印象だ。
「バウスプリットも大型にしてあるからオーブリーの絵にあったジブも装備出来る。流石に出来上がっている船体自体に手は入れられなかったがな。」
というか、ゲーム内で1週間足らずで此処まで仕上げたのか。もしかしてティム親方ってばマジで凄い人なのだろうか?
「…………凄いですね。」
思わずそう零した俺の肩を、ティム親方はパンパンと豪快に叩いて言った。
「それを言うならお前だってそうだオーブリー。あの絵は俺達船大工がこうして燃え上がるには十分なシロモノだった。あの帆装を考えたお前さんだって凄いさ。」
違う、俺はリアルで過去に使われていた物をゲームに持ち込んだだけで、俺自身は何にも凄い事なんてしていない。俺なんかよりも遥かに、俺の拙い絵からここまでの船を仕上げたティム親方達船大工の方が何倍も凄いのだ。
「さてオーブリーさん、休憩がてら飲み物でもどうですか。」
そう言いながらパッシャーさんは持ってきた荷物の中から酒瓶を取り出すと、俺達3人に1本づつ手渡してくれた。
コルク栓のされた綺麗な緑色の酒瓶。ゆっくりとコルクを抜き取れば、仄かに香るサトウキビの甘い芳醇な匂い。少しだけ中の液体を手に零してみると、透明な液体が手のひらに優しく波紋を起こした。
「パッシャーさん、これはもしかして。」
「はい、錬金ギルドから蒸留器を買って、知り合いの酒職人に依頼して試作したホワイトラムです。流石にゴールドラムやダークラムは熟成期間が足りないのでまだ出来ていませんが、どうです?美味しいですよ。」
嬉しそうに語るパッシャーさんの勧めに促されて、俺は酒瓶に口を付ける。ゆっくりと傾ければ、ラム酒が口の中に零れ、癖の無いサトウキビ本来の味が口の中にじわりと広がっていく。しかし、1度嚥下すればアルコール度数40~50%の焼け付く様なあの独特の感覚が喉を焼き、胃に入った瞬間には体の中心から熱が発せられるような熱さが全身に広がって行く。
「美味い。」
「でしょう!オーブリーさん、少なくとも1週間前に私が約束した事の前提条件であるラム酒の製造は成功しました。ですから、まだまだ本格的な大量生産はまだですが、これは私からの前祝いなんですよ?」
「これって…………
「そういうこった。ギルドとしても問題無い。お前が言っていた帆船の種類、使われている技術、その全てが親方と試験してギルドにとって有益だと判断した。」
ラム酒をストレートでラッパ飲みしながら、ギルド長はパッシャーさんの説明に補足する様に俺に語り掛けた。
「ギルド長権限によって達する。上級船員オーブリーは本日、現時刻を持って下級士官へと昇進。今後、より一層のギルドへの貢献に期待する!以上だ。頑張れよオーブリー。」
形式的にそう言って、ギルド長は俺の肩を思いっきり叩いた。急な展開に着いていけなかったが、時間が経つにつれ少しずつ俺の中で実感が湧いてきた。
「そして、此処からは私達パッシャーズ商会からのお仕事の依頼としてお話です。
オーブリーさん、貴方にこの帆船の試験航海を兼ねたテネルファ諸島までのモラセスの買い付けに船長として指揮を執って頂きたいのです。この航海には買い付け契約に私も同行しますので、信用する方に船を任せたいのです。」
「俺なんかでいいんですか?それってかなり重要な事じゃ…………」
「えぇ、責任重大ですよ。ですからオーブリーさん、信用出来る貴方に私は依頼しました。勿論達成報酬は相応に、貴方の目指す最高の船の建造費用を我々がお出しします。それに伴って、完成するまでは貴方をこの船の専属船長として雇いたいと思っています。というか、この帆装では現状貴方しか指揮出来ませんから。
どうです?この依頼受けては頂けませんか?」
そう言って右手を差し出すパッシャーさん。俺はその手を直ぐ様握り返した。
「勿論です、お任せ下さい。絶対に成功させて見せます。」
お互いに硬い握手を交わす。始めた頃は1人でのんびりと、なんて考えていたけれどここまで信頼され任せて貰えるのだ。やって見せようじゃないか。
「では、正規の依頼書を交わす前に1つだけお願いを聞いてくれますか?」
「お願いですか?」
「ええ、実はこの船まだ名前が無いんですよ。なのでオーブリーさん、貴方が名前を付けてください。」
随分と無理難題をお願いするパッシャーさん。俺は名付けとか苦手なんだけど。
「な、名前…………名前ですか。」
パッシャーさんどころかギルド長やティム親方までこっちを見ているし。というかケイティも興味津々で俺を見るな。
俺はひたすらに無い頭を捻り続ける。一体どんな名前が良いだろうか。
「…………
不意にそんな言葉が浮かんできた。俺がつい呟いてしまったLegacy、その意味は
「
「はい、この船は新しい帆船へとつながる新しい船ですが船体自体は今までの船と同じ、つまりこれまでの遺産です。そして新時代の帆船と言いますが、異界では数百年前に造られ今はすたれた技術。つまり遺産。」
「って事は、俺達から見りゃ過去と未来。その両方の
「レガシー号…………良い名前じゃないですか。」
どうやらパッシャーさんに気に入って貰えたらしい。はしゃぐパッシャーさんから俺はそっとレガシー号へと視線を移した。この船がどの様に海原を進むのか、それはまだ分からないがきっと気持ちの良い風に吹かれる事だろう。今から少しだけワクワクが止まらなかった。
「そうだティム親方。」
「どうした?」
「レガシー号にさっきの大砲、10門全部積んで下さい。」
「…………あれ積むのかよ。」
俺の言葉にティム親方は呆れた目をしていた。なんでやねん。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます