第4話 船舶ギルド
ガヤガヤと喧騒に包まれる街並みを船長と共に歩く。酒場から聞こえる笑い声。商店から聞こえる取引の声。出入港する船から聞こえる怒声。その全てがこの街の賑わいの象徴。
荷馬車や客馬車が行き来するこの街一番の大通りをのんびりと歩いていると遠くに見えてくる中央広場。そしてその一角に佇む三階建ての大きな石造りの建物。あそこが俺と船長の目的地、船舶ギルドのポートマース支部だ。
「オーブリー終わったらまた酒場で一杯やるかい?」
「何行ってるんですか船長、この前も酒場で飲みまくってバカ騒ぎしたじゃないですか。それに明日異界で仕事があるので今日は無理ですよ。」
「ち…………しゃあねぇな。今日は家に帰ってかみさんと2人で過ごすか。」
「そうして下さい。あんまりほったらかしにすると奥さんに愛想つかされますよ?」
「ガハハハ!オーブリーも言うじゃねぇか!」
このゲームではプレイヤーはログアウトしている時は異界に戻っている、という設定らしい。その事にNPC疑問を持たないし、寧ろそれが当たり前だという認識らしい。
ご都合主義の設定、と言ってしまってもいい。しかし一度ログアウトすれば次のログインまでゲーム内時間で数日は経ってしまう。そこを考えてみれば、プレイヤーにとっては矛盾も少ない良い設定だと俺は思っている。
そうやって船長と他愛もない雑談をしながら船舶ギルドへと歩を進める。質素な装飾に飾られた両開きの扉を開けて中に入れば、魔力灯で淡く照らされたギルド内は相も変わらず多くのむさい男達で込み合っていた。
「やっぱり
普段と変わらない光景に思わずそう零した俺の言葉を聞いて、船長は渋い顔をした。
「そうでもねぇさ。オーブリーよく見てみろ。」
船長はそう言って集まっている男達に指を指した。
「あそこに集まっている奴らの大半は依頼窓口に行ってやがる。それに身なりもかなり良い。」
船長の言葉に改めて彼らを見た。確かに船長の言う通り、集まっている大半は身なりも良く、依頼を募集している依頼窓口に集まっている。それに対して受領窓口、要は依頼の受注や達成報告を受ける窓口は依頼窓口に比べ閑散としていてそれほど人は集まっている印象は無かった。
「もしかして、依頼数より受注数が少ない感じですかね?」
「だろうな。覚えてるか?少し前に
「…………てことは護衛の依頼ですかね?」
「いや、テネルファ諸島は砂糖が生産されているからな。今まで教国の独占市場だった砂糖の利権に漸く食い込めるんだ。少しでも市場に流したくて商船の数を増やしたいんだろう。あそこに居るのは商船を買えても専属の船乗りが居ない新規参入の商会のヤツだろうな。」
船長の言葉にそう言えばと俺は忘れていた事を思い出した。実は、数ヵ月前にあったとあるイベントでの事だ。
イベントの内容はプレイヤー同士のPvP。特設サーバーのコロシアムにおける個人戦のトーナメント競技と既存世界で誰でも参加出来る国家戦の2つ。後からネット情報で知った事だったけど、まだ正式サービスが始まったばかりとあって、個人競技は兎も角として国家戦イベントは参加者が振るわずNPC対NPCとなってしまったらしい。
島国で海での戦闘に強い連合王国が開幕で舞台となったテネルファ諸島を強襲。そのまま教国の船を海賊の様に奇襲してしまい、結局イベントは連合王国がテネルファ諸島を領地として奪って終わったのだ。
ただのイベントだろうと俺は参加を見送っていたが、まさかここでその影響があるとは思ってもみなかった。
「そこまで人が足りないんですか。」
「基本的に見習い以上は専属で雇われるからな。オーブリーみたいにある程度のランクがあって日雇いで色々な船にヘルプで入ってくれる人材の方が極端に珍しい。」
「…………そっすか。」
「あぁ。そういうこった。だが悪い事ばかりじゃねぇ。あいつら商人は少しでも自分の船に人材を集めたいからな。その分他の商会のヤツよりもいい条件や待遇で雇おうとする。雇われる側からすりゃ有難いこった。」
「なるほどねぇ…………」
そんなことを話しているうちに、元々少なかった受領窓口の人数も減り俺達が最後となっていた。
少し話し込んでしまった。さっさと受付で依頼の達成報告をしてログアウトすることにしよう。そう思って俺と船長は窓口へと歩いて行った。
「あら、ケンさんとオーブリーさん!2人が一緒に来るなんて珍しいですね。」
「よぉケイティ!なに、オーブリーが相変わらずいい仕事してくれてな。依頼主として少し貢献出来ればと思ってよ。」
受付を担当している船長からケイティと呼ばれた女性。この男所帯のむさ苦しいギルド内で唯一の癒し枠として人気の彼女は笑顔で俺達に対応してくれた。
「オーブリーさんの仕事ぶりはギルドも高く評価してますよ。何時も専属にしたいってお願いが来るくらいなんですから!」
「んでよケイティ、依頼報酬とは別にオーブリーにちょいと色つけちゃくれねぇか?何、こいつの仕事ぶりならなんも問題ねぇさ。」
「もう、ケンさんったらまた無理言って。オーブリーさん、取りあえず依頼書を下さい?達成印を押しますから。」
ケイティに言われた通りに、俺はプレイヤーのアイテムボックスから依頼内容が書かれた羊皮紙をテーブルへと置いた。
ケイティは器用に羊皮紙の下半分を切り取ると、両方に印鑑を押して上半分を雑多に積まれた紙束の上へ。下半分を達成済み依頼箱と書かれ、綺麗に積まれた紙束へと置いた。
「はい、これで依頼は完了です!ケンさんの方は一応ギルド長に伝えますけど期待しないで下さいよ?どっちにしろもうすぐオーブリーさんはランクアップ出来るんですから。」
「しゃあねえな。ちゃんと伝えといてくれよケイティ!」
「分かってますって。」
やや困り顔のケイティと、それに対して船長も一応念押しの様にそう言った。
いくら俺の為とは言え流石にやり過ぎだろう。そう思って船長を止めようとした時つい勢い余って手がテーブルにぶつかってしまい、揺れたテーブルから小瓶が落ちてしまった。というかめっちゃ手が痛い。しかも微妙にHPが減っているし…………
「なんだあこりゃ?」
どうやら船長が小瓶を拾ってくれたらしい。が、小瓶の中身を見て変な声を出していた。
鈍い痛みの続く手をプラプラと揺らしながら俺もその小瓶を見た。船長が揺らしている手の中には、小さな化粧瓶くらいの大きさの透明な瓶の中に粘性のある黒い液体がドロドロと船長の動きに合わせて揺れていた。
見られてしまって困ったのだろうか。持ち主であろうケイティは少し困り顔だった。
「それはモラセスていう物なんですけど。」
「モラセスだぁ?聞いた事ねぇが一体なんだこりゃ?」
親方は小瓶をケイティに渡しながら、頭に疑問符を浮かべて聞き返していた。
「モラセスは一応砂糖ですよケンさん。私の妹が最近砂糖を扱う商会に就職したんですけど、どうもこのモラセスの扱いに困っているようでして。」
「これが砂糖だぁ?この真っ黒いドロドロした液体がぁ?」
船長の言葉に困った様に笑いながら、ケイティは船長に向かって話し始めた。
砂糖の主原料はサトウキビである。テネルファ諸島を会得し本格的に砂糖市場に参入出来るようになった連合王国の商会がこぞってテネルファ諸島にサトウキビの生産施設を建設して市場に流す様になるのは誰の目にも明らかだった。
問題になったのはサトウキビから精糖し真っ白な砂糖にした時である。茶褐色の粗糖から精製する際に大量の黒い液体、モラセスが出来てしまったのである。
モラセス、日本語では廃糖蜜と呼ばれる。白い砂糖よりか控えめではあるが甘味はある為最初は砂糖より手ごろな甘味料として処分がてら販売してみたものの、やはり自国で生産出来るようになったことで値段も安くなった白く味も良い精糖の方が人気がありモラセスは全く売れない。他の商会は諦めて放棄しているが、妹のいる商会はやはり多少甘味があるために勿体無いと考えたらしい。
だから知り合いなどに何か使えるものが無いか手当たり次第に頼んでいるとの事らしいくそれのサンプルがケイティにも来たのだとか。
「なるほどなぁ。」
船長はしみじみとケイティの話に頷いている。船長も商会に所属せず、個人主として商会に魚を下ろしている珍しい船主でもある。やはり何処か共感出来るところがあるのだろう。
「よし分かった!ケイティ、そのサンプル俺にも少しくれねぇか?俺もカミさんに頼んで少し当てがねえか探してみるわ。」
「ホントですか!?」
船長の言葉に嬉しそうに笑顔を見せるケイティ。どうやらかなり困っていたらしい。
しかし、モラセス…………廃糖蜜ねぇ。
「あのぉ…………」
とある疑問をもった俺は船長とケイティ、盛り上がっている2人に声を掛けた。
「何だオーブリー。お前も欲しいのか?」
「いや別に、それより…………何で
つい、俺はそう言ってしまったのだ。きょとんとする船長とケイティ。しかし俺の言葉が理解出来るとケイティの顔は興奮からかどんどん朱くなっていった。
(あ…………これは厄介ごとに巻き込まれたかなぁ…………)
ついそう内心呟いてしまった俺は悪くないと思いたい。
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