第5話 ラム酒
紀元前3000年よりも前から、お酒は既に存在していたとされている。古代メソポタミア文明発祥のビール、コーカサス地方発祥のワイン。発祥に所説ある
これらのお酒の製法、つまり酵母の力だけで作るお酒は醸造酒と呼ばれている。日本では古くは猿酒や昔のアニメ映画で有名になった
因みに、これら醸造酒は酵母の力でお酒にする都合上、酵母が生き残れるアルコール度数の限界、15%までしか度数が上がらない。それ以上はアルコールを作る酵母自体が死んでしまうからだ。
そして紀元前1300年頃、エジプトにてナツメヤシを使ったとあるお酒が生まれた。これが醸造酒とは違う人の手によって作られたアルコール度数の高いお酒、蒸留酒の発見である。
蒸留酒とは水とアルコールの沸点の違いを利用して醸造酒より度数の高い、より強く作られたお酒の事である。日本人では焼酎や泡盛と言ったら伝わりやすいだろうか。
何故こんな話をしているのか、実はこのゲームの世界には何故か蒸留酒が存在していないのである。ワインはあるのだ。ビールも、
そして問題となっていたサトウキビのモラセス、廃糖蜜から作られるラム酒すら無かったのだから。
…………確かに、蒸留酒が本格的に世界史に登場したのは約8世紀頃のイスラム圏。ヨーロッパに登場したのが約12世紀頃だと言われている。紀元前1300年頃に初めて蒸留酒が作られてから大体約2000~3000年以上もの長い間登場していないが、それは蒸留技術が主に錬金術、現代で言う科学分野において使われていたからであり、そこを運営が意識していたのだとすれば随分とこのゲームの世界感の設定に凝った事をするものだと思う。
しかし、このゲームの世界感的に大体15~16世紀をモチーフにしているのだからたとえヨーロッパでの事を意識しているのだとしても、時代がズレていて俺は運営に詰めが甘いと言わざるを終えない。
「そ、そんな方法があっただなんて…………」
受領窓口にてケイティについ言葉を漏らしてしまった俺は、あれよあれよという間に如何にも高そうな応接室らしき場所に連れてこられ、いつの間にかケイティを始め、船舶ギルドのギルド長やケイティの妹が務める商会のお偉いさん相手にプレゼン?まぁプレゼンか。蒸留器を使った高アルコール酒の作り方と問題だったモラセスを使ったラム酒の作り方を教えることになってしまったのだ。
因みに、ラム酒の語源は
「蒸留器は錬金ギルドを通せば数が揃うだろう。実際に出来るかは分からないがもし成功すればタダ同然の廃棄物が一気に宝の山になる!」
興奮で顔を赤く染め上げた商会のお偉いさんは今直ぐにでも錬金ギルドに駆け出して行きそうなほど。ギルド長もそれによって得られる船舶ギルドの利益をブツブツと計算している始末だった。
そりゃそうだろう。なんせ砂糖を作る過程で出てしまうタダ同然の物がお酒になって売れるのだ。リアル世界でもその安さからブランデーやウィスキーにとって代わって船乗りの間で親しまれていたのだ。17世紀のイギリス海軍なんて水で薄めたラム酒にライムの搾り汁と少しの砂糖をいれて壊血病の予防に使っていた事もある。
「はい、オーブリーさん紅茶のお代わりをどうぞ。」
ケイティが俺の空いたカップに紅茶のお代わりを注いでくれる。普段リアルでもあまり紅茶は飲まないんだけど、ケイティの紅茶はかなり美味しかった。
「度数の高いアルコール………生水やビールと違って腐りにくく保存しやすい。長期航海には持って来いだな…………」
そう、蒸留酒の最大の長所、高いアルコール度数。これは帆船時代の長期航海において死活問題とされた飲料水確保にも一役買っていたのだ。
現代の様な保存技術の無い当時、真水というのはそのまま樽などで保存していても腐ってしまう物だった。ビールやワインも同じ、アルコールがある分真水よりマシ程度だった事が、この高いアルコール度数によって長期保存が可能となり、その強烈な味の強さの蒸留酒は多少真水が腐っても蒸留酒で薄めれば問題無かったと言われていたくらいだった。
長期航海の為の知恵、これが曲がり曲がって海賊や帆船の船乗りは酔っ払いが多いという印象付けにもなった。最も、海賊は陸でも酔っ払いが多かったが。
「しかし、仮に成功しても設備にかなり費用が掛かりますな。テネルファ諸島で工場を作るにしても、本国に作るにしても。」
「そこは大丈夫ですよ。新規商会だからって資本に不安はありませんからね。」
「オーブリー。少なくとも成功してからの話だが、お前さんのランクを上げる事を考えている。」
「私達パッシャーズ商会も、成功して生産出来るようになれば売り上げの1部をお渡しする事を約束します。なんせ成功すれば独占市場ですからね。」
唐突にそう言われても俺としては唖然とするしかない。俺はただ史実であった出来事と製法をそのまま彼らに伝えただけ。確かにラム酒を飲みたいとは思ってはいたが、別に俺自身が発明した訳でも無ければ、その設備を作る訳でも無い。ただの言葉の報酬に高額と言ってもいい報酬を出されてしまえば誰だってそうなってしまうだろう。
「…………良いんですかね。そんな大きな報酬。」
「構いませんよ。少なくとも問題点に光明が見えた、それだけでも大きな進歩ですから。失敗しても相談料として相応の額をお支払いします。」
「こっちもそうだ。元々お前の評判の良さは俺の耳にも届いている。ランクだってもう少しで船長資格まで行ける所まで来ているんだ。それくらい安いもんだ。」
「別に損をしている訳じゃないんですし、貰っておいて良いと思いますよオーブリーさん?」
いい笑顔でそう答える2人とケイティ、もう俺は折れるしかなかった。
「それとオーブリー。お前さんたしか個人主の船長希望だったよな?」
「はい、それが何か?」
「いや、今回の件が成功すればお前は一気に下級士官にランクアップ。もしそれまでにランクアップしていれば上級士官へと一足飛びだ。」
「そうですが?」
「つまりはだな。お前の船はどうするんだって話だ。下級士官では1隻。上級士官にまで上がれば数隻の船をも指揮する権利が与えられる。ランクアップしてしまえば今までの様に他の船にヘルプで入ることは出来なくなる。その間は仕事が出来ないんだぞ?」
「…………あっ。」
漸く理解したかとギルド長は深々と溜息を吐いていた。しまったなぁ。確かにギルド長の言う通りもしランクアップしてしまったらヘルプで来た俺が下級士官クラスでも船長と同等、上級士官クラスなんて船長よりも俺の方が専任になってしまう。
「お前が船長になってどんな仕事をしたいかなんてまだ知らんが、船が無けりゃ仕事のしの字すらありゃせん。」
「だから今のうちに造っておけと?」
「そこまでは言わん。必要なら造船所宛に俺の推薦状を書いてやるし、暫く船を造らんならどっかの商会の専属船長を紹介してやる。」
これはギルド長の好意でのお話なのだろう。ギルド長がこんな事言うのが珍しいのかケイティは驚いた顔をしているし、俺が流石に船を買うお金が無いと言えば商会のお偉いさんはあわよくば専属でウチと……なんて勧誘までしてくれた。
「お前の道だ。どっちを選んでも尊重するし応援してやる。」
そう言ってくれたギルド長に俺はつい、インベントリに入れていた3枚の羊皮紙とともに思っていた事を口に出した。
「ギルド長、実は俺こんな船を造ろうと思ってるんです。」
テーブルに置いた羊皮紙。そこに描かれているのは慣れない製図スキルを駆使して描いた俺が目指す
「何だこりゃ、見た事ねぇ作りの船型だな。」
両手にとって細部まで見つめるギルド長。その両脇からのぞき込むようにして見ているケイティと商会のお偉いさんを無視して。俺はギルド長に思い切ってこの帆船達の有用性をプレゼンすることにした。
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