第16話

「日記はここで終わり」

望さんは日記を閉じてポケットに入れた。

「この後、友美と実里は私の前で飛び降りたんだ」

「...」

「最初はなにも分からずにただボーッと立ち尽くしてたでもマンションの屋上から2人の亡骸を見つめてるとだんだん頭の中のモヤが晴れてきて『これ現実なんだ』って認識し始めたの」

"慣れ"がリセットされていく感覚をじかに味わったということか。

倫理観のぶっ壊れた人間が徐々にとはいえ、正気に戻るなんて振り幅が大きすぎる...

「そっからは酷かったよ

今まで味わったどれよりも重い後悔がのしかかってきた

『私のせいで2人も死んだ』なんて考えたくないしね」

そのまま聖さんは血だまりに沈んでる2人の近くで3日ほど座り込んでいたらしい。

「人間ってほんと"生"に執着する生き物なんだよ

人を死に追いやっても自分は生きたいってお腹の音が鳴ってくるの

本当に耳障りだった

お腹の鳴る音も私や死んでる2人を気に留めることなく、何事も無かったかのように暮らしてるこの世界の住人も

全部ぶっ壊してやりたいって思ってた」

そう話す望さんの目は本気の目だった。

思わず寒気がした。

この殺意が自分に向いてないことを理解はしているのに体の芯から震えた。

「あ、ごめんね

ビビらせるつもりはなかったの

そっからはまあ、2人を埋めて花ちゃんや聖ちゃんみたいな迷い人を探してたの」

私たちの心情を気遣って話を巻いて終わらせてくれた。

たぶんいろいろ見てきた上での振る舞いが目立ってたけど、本来のこの人は優しさで出来てるんだろうな。

「で、こっから本題

2人はこっから出れるならでたい?」

「「!?」」

「言葉の通りだよ、私は出る方法を知ってる」

脱出方法を知ってる?さっきの日記にはそんなこと書いてなかった。

"対"を無くしてから独自のルートで見つけた?

いや、その脱出方法は正しいものなのか?

安全性は?なにか犠牲が伴ったりはしないのか?

そもそも本当は知らなくて私たちをなにかに利用しようとしている?

疑問や疑惑は山ほど溢れてくる。

そもそも腹を割って話してくれたと思っていたが、日記の内容自体偽も「でたい!」

「聖...?」

私が思考を巡らせている間に聖が答えた。

「あたしはでたい、ココは嘘っぱちでできた世界だ

なにもかもが胡散臭い、それに...」

それに?

「ここは現実じゃない

いいところもあるかもしれないけどさ

でもやっぱり現実の厳しさ?ってやつがないとあたし達はダメになる」

聖の現実とかがみの両世界での経験がこの答えにいきついたのだろう。

楽なだけだと人間はダメになるもんね、なら私も答えは一つだ。

「うん、望さん

私もでたい」

いろいろ考える必要なんてなかった。

何も知らない私たちに、腹を割って話してくれたこと人を信用しよう。

「よかった、私もでるならあなたたちみたいな子達とでたかったし」

望さんはそういうとニコッと笑いながら私たちを抱きしめてくれた。

あったかい、そして安心できるような強さがある。

今はちょっと甘えさせてもらおう。

その後は望さんが見せたいものがあるとのことで電車に乗ることになった。


望さんはその間にも色々話してくれた。

目の前で亡くなった2人を埋めたあと、血まみれになった服を脱いだ時にポケットから友美さんの日記を見つけたこと。

激しい後悔と体調不良で死にかけた時、脱出する方法を夢で見たこと。

それが本当であることを証明するために3年を要したこと。

それまでに迷い人を何人も見殺しにしてきたことも。

「何回みても慣れないんだよね、人がこの世界に染まるところ

さっきまで目を合わせて話をしてた人が私を忘れる瞬間って辛いんだよ」

平気で話しているように見えても辛いのが伝わってくる。

たぶん彼女は今まで助けられなかった人達の不幸を背負って生きているんだろう。

その重圧に耐えながらも必死にもがいて答えを見つけたんだ。

私たちはそれにたかるだけ、さながらハイエナのようなものだ。

おこぼれをもらっているにも等しい。

だから私たちはこの人に相応のお返しをしないといけない。

不幸や悲しい話、辛かった出来事は人に話すと少し楽になる。

聖の方を見ると同じことを考えていたようで軽く頷いた。

「望さん」

「ん?」

「もっと...お話聞きたいです」

望さんは少し意外そうな顔をした。

そして「ありがとう」と言って話をしてくれた。

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