第15話

まず私は手の甲に『Diary 10/31』という刺青を彫った。

10月31日は私と望がこの世界に迷い込んで初めて日記をつけた日だ。

これは日記を毎日読み返して、この世界に染まらないようにするための策だ。

次に私は仲間を探し始めた。

この世の中に私と望のたった2人だけなはずがない。

世間というのは広いようで狭い、私たちと同じように迷い込んだ人がいるだろう。

希望を捨ててはならない。

何事も根気よく望むことと耐え忍ぶことが大切だ。

そして、探し始めて3ヶ月たった日のこと。

私はやっと出会えたのだ。

この世界に迷い込んだ人間に。

その2人に出会えたのは偶然だった。

2人は迷い込んできたばっかりだったようで大きな声で口論していた。

この世界は不思議なことに"喧嘩"や"涙"が存在しない。

欠伸をしても涙はでないし、殴っても殴られても喧嘩は起こらない。

そのことに気づけたのもこの2人のおかげだ。

お陰でこの世界の住人と迷い込んだ人間を見分ける方法が発見出来た。

2人に出会って間もない頃、また別の迷い人に接触できた。

その人たちは私たちよりも長いこと滞在していたようでかなり危うい状態だった。

2人ともかなり"慣れ"が進行していた。

実際に言葉を交わしたのは数回程度で、5日後にはこの世界の住人に染まってしまった。

それまでにこの世界は"かがみのせかい"と呼ばれていることと"完全に染まるとこの世界の住人になってしまう"ことを教えてもらった。

これはこの世界に迷い込んだ人達が染まる前に伝えられてきたことらしい。

2人が完全に染まる姿を見た後、私はこの教えを繋いでいかなければならないと心に強く誓った。

そして、3月になった。

ここまで16人ほど迷い人に出会ってきたが、全員この世界に染まってしまった。

何もしてこなかった訳じゃない。

迷い人達に自我を保つための方法を教えたり、現実世界での話を沢山した。

手を尽くしても最後には必ず染まってしまう。

ただし、望だけは例外だった。

毎日のように隙をみつけては現実世界の話をしている。

根気よくの精神に則って続けていた成果なのか、はたまた私が"対"であることが関係しているのかは分からない。

誰彼構わずバットでフルスイングするような倫理観の欠けらも無いような行動は起こさなくなった。

この世界に迷い込んで1年以上たったある日のこと、私は17.18人目の迷い人に出会った。

名前は朔と実里。

実里にとって最低なタイミングだったが私にとっては希望が芽生えた瞬間でもあった。

出会ってすぐに朔は目の前で飛び降り自殺をした。

2人とも精神をギリギリのところで保っていたが朔の方が症状が重かったようだ。

最初は涙を流せなかった実里だったが、次第に涙を流しながらしゃくり上げて泣きはじめた。

実里を落ち着かせた後で話を聞くと、失っていた感情が急に戻ってきたような感覚に陥り、頭の中が後悔で埋め尽くされたようだった。

それから3ヶ月ほど様子を見たが、実里が正気を失うことは無かった。

なんなら私よりも強く自我を保てている。

その間も新たな迷い人に出会うことはあったが、やはり実里以外の迷い人は最後には染まってしまっていた。

ここまでくると"対"の死が関係していると見て間違いないだろう。

つまり『"対"の片割れが死ぬことで残された"対"はかがみのせかいに染まることがなくなり、"慣れ"もリセットされる』のだろう。

この説にいきついた時は猛烈な嫌悪感に苛まれた。

なんとなく合理的だと思ってしまった私は本当に気持ち悪い。

やはり私も進行が遅いだけで"慣れ"つつあるのだろう。

時間はもうあまり残されていない...

かがみのせかいから出たい。

その為にはまず染まってはいけない。

染まらないためには...


ごめんね、望。

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