第14話

望さんの"対"となる人物は既に亡くなっていた。

なんとなく察しはついていた。

望さんが"対"の話に触れた時の表情が少し曇っていたからだ。

重い話を聞いてしまった私たちの心情を察して、明るく振舞ってくれているが空元気なのが伝わってきて辛い。

「まあさ、なんていうか

気にしないでよ!」

「いやぁ、はぁ

ほんとうにごめんなさい」

「もー辛気臭いよ?」

おっっっっもい空気って苦手だなぁ。

私が悪いんだけど。

「なぁ、そんで"対"がお亡くなりになってからあんたになんか...その...変化とかってあったんでしょうか?」

急に聖がさらに踏み込んだ質問をした。

きっと私に気を使ってくれてるんだ。

でもすっごい無理してるよね。

頑張って敬語使ってるけど滅茶苦茶になってるもん。

「あ、そうそう

それ言おうとしてたんだ」

え、なんか変化あったの?

怖いんですけど。

「実は遺書があったんだよね

私の"対"だった"トモちゃん"が残してくれた唯一の宝物」

また重たい空気が張り詰める。

「で、それがこれでーす」

望はポケットから小さな手帳を出してきた。

クシャクシャで表紙がなくてボロボロだ。

何度も読み返し、その度に流した涙で汚れてしまったのだろう。

聖の方を見るとなんとも言えない顔をしていた。

たぶん私と同じことを感じたのだろう。

「ここにはトモちゃんが死ぬまでに私やこの世界で感じたことが書かれてる」

空気が変わった。

さっきまでの望さんとは明らかに雰囲気が違う。

本当に同一人物なのか疑うレベルで真剣な目をしている。

「迷い込んだ日から丁寧に付けてたんだ

だから長いよ」

何故だろう、物憂げな表情で手紙を見る望さんから目が離せない。

私はともかく、そんなキャラじゃない聖まで隣に来て背筋を伸ばして正座で聞く姿勢を取っている。

「「お願いします」」

「分かった、読むね」


日記には"かがみのせかい"に迷い込んだ日のことから命を絶つ直前まで彼女(友美さん)が感じたことがこと細かく書かれていた。


迷い込んだ当初、かがみの中のような世界で私と望は楽しんでいた。

普段なら色眼鏡で見られるような髪色やファッション、倫理観が欠如した日常を謳歌する日々。

そんな中でも日記をつけることは1日も欠かさなかった。

その日にあった楽しいことやかんじたことを箇条書きにするだけの簡単なものだが、続けることが大事だと思っていた。

なんでもできてなんでも許されるこの世界を楽しむことに違和感を覚えていなかった。

しかし、私を正常な人間に引き戻すような事件が起きてしまった。

望が金属バットで教師の頭をフルスイングしたのだ。

応急処置や救急車を呼ぶなど無意味だとわかるくらい確実に首が飛んで死んでいる。

初めのうちはなにかチクッと感じただけだったのが徐々に何かが崩れ始めた。

人が死んでいるのに騒ぐどころか取り乱す人が一人もいない。

それどころか残った肉の塊と飛び散った肉片を平気な顔でチリトリで集めてゴミ箱に捨てている。

そこでやっと自分が異常な世界に染まりかけていたことに気づいた。

その瞬間、私はトイレに駆け込んで吐いていた。

気持ち悪い光景と匂いにとても耐えきれなかった。

吐いたおかげでまだ気分は悪いが、多少はマシになった。

でも今度は震えが止まらない。

『コンコン』

震えていると優しいノックが聞こえてきた。

「トモちゃん?大丈夫?」

声の主は望だった。

そう、教師を手にかけた張本人だ。

「だ、大丈夫!ちょっと気分が悪かっただけだから!

ちょっと休んだらすぐ戻るよ!」

「そーお?あんまり無理しちゃダメだよ〜?」

そういうと望は教室へ戻っていった。

思えば望はさっき声をかけてくれたように優しい子だった。

その逆というか"対"って感じで私は...

ここでゾッとすることに気がついた。

ポケットからいつも持ち歩いている手帳を取り出して目を通す。

そして、この世界に迷い込んだ日付に遡って読み返してみた。

そこには日付を重ねる毎に私と望が段々と世界に染まっていく過程が記されていた。

初めのうちは何もかもが新鮮で、恐怖が勝るものもあった。

しかし、それもいつしか日常へと変わり、今では率先して現実世界だと倫理観のあるものはやらないであろうことまでするようになっていた。

読み返していると今まで片鱗はあったのに気付かないバカのフリをしていたことへの後悔が襲ってきた。

そして、今は正常な思考を取り戻している私だが、またこのイカれた私に戻る可能性もある。

こんなとこ早く抜け出さないといけない。

優しい望にこんな場所は似合わない。


私が何とかするしかないんだ

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