第3話
朝は私にとって天敵だ。
陽の光を浴びればシャキッとできるとかよく言われてるけどまずそこに世間と私で認識のズレがある。
あの眩しさのせいで私の中のやる気が蒸発する。
でも逆に考えるとそれを乗り越えて毎朝制服に着替える私は凄いということだ。
でもそんな大嫌いな朝にもいい所はある。
犬の散歩やジョギングする人、シャカシャカ足を動かして会社へ急ぐサラリーマンやOL。
みんな自分勝手で譲り合うなんてこれっぽっちも考えてない。
『自己主張をせずに相手に合わせるのが日本人のいいところです』なんて聞いて呆れるほどに自己中心的な人間で溢れかえっている。
でもそんな人たちを『朝っぱらから大変ですね、今日もせいぜい神経をすり減らして生き急いでください』と腹の中で笑いながら電車の席に座ることだ。
人の波を押し合い、かきわけながらちょっとの一息を手に入れるために全力を尽くした大人たちを横目に涼しい顔をして座る私。
これを笑わずにいられるほど人間は出来ていない。
そして今日も私は涼しい顔で席に座っている。
スマホでニュースでも見ようと思ったが今日は人が多い。
幸い私には"JK"という最強のカードがあるため、人でごった返しになっている電車内でもスペースは確保されている。
しかし、スマホを弄っている時に運悪く電車が急に揺れてスマホが吹き飛ばされては不愉快だ。
そんなリスクを伴ってまで見たいとは思わない。
ここは大人しく目を瞑り電車に揺られていよう。
「......だろ!........!」
「そ....!...りだ!」
なに?男と女の言い争ってる声が聞こえる。
トラブルは勘弁〜。
折角気分よく朝の時間を迎えてるんだから。
「おま.....!.....せって!」
「.....これは......れ!」
しつこいな、迷惑だし周りは何してんの。
「なあ!あんた起きて!」
急に肩を叩かれた。
「え?わたしですか?」
素の声が出た。
「そうだよ!こいつ!このおっさんが持ってるスマホ!
これあんたのだろ!?」
金髪の知らない女の子が必死に男の人の手を掴んで引っ張ってる。
でもたしかに男の人が隠そうとしているスマホは私の飾りっけのないカバーすら付けてないスマホだ。
たしかに私のカバンに目をやるとスマホがない。
でもこの金髪の子が間違ってるかもしれない、確かめてみよう。
「ちょっとスマホのホーム画面を見せて貰えますか?」
あからさまに男の人の目が泳いだ。
「おいおっさん!見せてみろよ!」
すごい強気だなこの子、犯行現場でも見てたのか。
ちょっとカマかけてみようかな。
「私達次の駅で降りるんで今なら返すだけで許しますよ」
もちろん嘘。
私と金髪の子の制服を見ればまだ停車駅じゃない事は分かる。
正常な思考が出来たらの話だけど。
「.....」
しつこいんだけど、もうちらっと見えた端の傷で私のスマホ確定してるんですけど。
「顔写真撮っていいですか?私もう1台スマホあるんで」
嘘だけど。
私が言ってから長い沈黙が続く。
引っ込みがつかないのか、思考を放棄しているのか。
この人が何を考えているのか私には分からないけど、この電車内で視線を集めたままなのがとても嫌だ。
「すいません」
男の人は聞こえるか聞こえないかのちっさい声で一言謝るとスマホを渡してきた。
と、同時に駅に着いたみたいでおじさんは金髪の女の子とほかの乗客を吹き飛ばしながら走り去っていった。
「ってぇな!」
うわ、金髪の子怒ってる。
「なぁ、あのおっさん追っかけようぜ!」
は?
急に金髪の子は私の手を掴んで走りはじめた。
思考が追いつかない。
なんでDQNって突拍子もないこと思いつくんだろ。
「はあはあ、あのおっさん足はえぇ!」
あー、しんどい。
横腹痛い足痛い。
改札をでて、駅を出て、まだ走る。
見たことない住宅街に迷い込んだところで私たちの足に限界が来た。
「はぁ、はぁ...
あのおっさんマジ足早すぎだろ....
意味わかんねぇ....」
意味わからんのはお前だ。
このクソギャル。
「はあ、はあ...
追いかける必要ありました...?」
振り絞って出た言葉がこれだ。
「おもろいじゃん」
嘘でしょ、このバカギャル。
まあちょっと楽しかったのは否定できないけど。
私の場合は圧倒的に立場が弱くなった相手をおいつめてるって精神的優位からきたものだとおもうけど。
「てかなんで敬語なの?同じクラスじゃん
タメでいいよ」
あ〜、そういえばこんな子いたような...
でも誰かわからない、聞き返すと失礼かな。
まあ、ギャルだし嫌われてもいいか。
「すみません、ちょっと名前がでてこないです」
一瞬ギャルは鳩が豆鉄砲打たれたみたいな素っ頓狂な顔をしたがすぐに大笑いしはじめた。
「嘘でしょ!マジ!?
それネタで言ってんの?ウチら半年は同じ教室にいんだよ?」
私が悪いんだけど普通にこの反応むかつくな。
「まあいいや、あたし聖」
これが私にとっての"七瀬聖"との出会いだった。
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