第50話 瑛三郎の技 前編 ※下ネタはありませんよ?

またもや突然、それは居間に現れた。


「で。今日何をしに来られたのですか、父様」


わしはまた来たのか、みたいな視線を父様に向ける。

ちなみに、今回もティラミスが付いて来ておった。


「はっはっは。つれないなぁ、我が愛しの娘よ」

「今日は残念だが、ニーニャに会いに来たわけでは無いのだ」

瑛三郎えいさぶろう君、君に用があってな」


そう言って、得意顔ドヤがおを決めた父様は瑛三郎を指差した。


「えっ?私にですか?」


父様に名指しされた瑛三郎は、戸惑いながらもまんざらではない顔をした。

いや、まさかとは思うがBL的な趣向があるわけじゃないじゃろな、お主瑛三郎

そんな、わしの考えを他所に話は進んでいく。


「うむ。先日、君の強さを測って思ったのだが……ちょっと特別訓練が必要だと思ってな」


『強さを測った』というのは、いきなり瑛三郎の背後を取ったアレの事らしい。

なお、特別訓練とやらは強制参加らしく拒否権はないのじゃが、瑛三郎は嫌がるどころか、むしろ喜んでおった。

やはり、お主そっちのケがあるのではないのか?


「お主、何やら喜んでおるようじゃが、あまり期待せぬ方が良いぞ」

「あの父様の事じゃ。碌な事では無いぞ」


「ふっ、そんなに大それた事は期待してないさ」

「伝説の英雄であるお前ニーニャの父親と共に訓練が出来る、と言うだけで俺は幸せ者だ」


そう言う瑛三郎はスポーツ少年のように目をキラキラと輝かせておったので、わしはそれ以上何も言わずにおいた。


「ニーニャ様ぁ、お昼が出来ましたので運ぶの手伝って下さい……って、あれ!?」

主様マスターじゃないですかぁ。今日何しに来たんですかぁ?」


昼食の準備が出来た事を知らせに来たリョク姉は、父様の姿を見て早々にわしと同じ事を言ったのじゃった。


------


城の地下1階。


ここは城からは直接行くことが出来ず、一旦中庭に出て秘密の扉から行く必要がある場所じゃ。

元々は迷宮だったのじゃろうが壁は主要な柱を除いて綺麗さっぱり取り除かれておって、今ではただのだだっ広い一つの部屋となっている。

どれだけ広いかと言うと、部屋の中央で最大の照明ライトの魔法を使用して全体を見渡しても、壁が全く見えないくらいである。

とにかく広い。端から端まで多分200mくらいはあるじゃろう。

高さは10mくらいで、明かりを点ければ天井は普通に見ることが出来る。

まぁ、そんな感じの部屋じゃ。


「さて…瑛三郎君」


「はい」


父様の、いつにない真面目な表情に、瑛三郎も神妙な面持ちで返事をした。


「先日の一件で、君の背後を取ったのは覚えているね」


「勿論です」


「僕はね…失望したよ」


「っ!」


父様から出た『失望』という言葉に表情を硬くした。


「そう、それだっ!」


父様は『逆転◯判』のように腕を真っすぐに瑛三郎を指差した。


「私に何か至らない点がありましたら、どうかご教授下さい」


瑛三郎は深々と頭を下げ、そんな二人のやり取りをハラハラとしながらりんとキャリーは見ておった。


「ニーニャ様……」


「分かっておるわい」


一方で、わしとリョク姉は溜息を吐きながら成り行きを見守る。


「では、先日俺がしたように、今度は君が俺の背後を取るんだ」

「安心したまえ。俺は一切動かない」


「はい………ではっ!」


瑛三郎はそう言うと、素早い身のこなしで父様の背後を取った。


「ふっ……この俺の背後を取るとは、中々にやるではないか」

「貴様、只者では無いな。許す、名を名乗るが良い」


「え?……私は須藤瑛三郎すどうえいさぶろう……」


「ちっがーうっ!!!」

「違うんだよ…瑛三郎君………」


悲しそうな顔をしてその場で四つん這いになった父様に、わしとリョク姉を除く瑛三郎、麟、キャリーはあっけにとられた。

もう仕方が無いので、わしが説明する事にした。


「あー……瑛三郎」


「ニーニャ……」


「簡単に言うとじゃな。ああいう時はさっきの父様のようなセリフを吐け、ということじゃ」


「さっきの台詞………『この俺の背後を取るとは』…っていう奴か?」


「そうじゃ。先日、お主は急に背後を取られたことで言葉を失ったであろう?」


「そうだな…」


「それは小物・・のやる事じゃ」

「それなりの大物・・はあのように余裕があるかの如く振舞え、ということじゃ」


「え………それだけ?他に何か対策とか」


「そんなものはない。ただ、それだけじゃ」


わしは腕を組み瑛三郎を見上げながら言う。


「ふっふっふ、流石は我が娘だ」


いつの間にか復活した父様は、少し上を向いて右手の小指以外の指先を額にあてながら言うた。


「まぁ、なんだ。その方が強者感・・・があるだろ?」

「そこが良いんだよ」


満面の笑みを浮かべて、父様は瑛三郎の肩を叩いた。


「えっと…先ほどもニーニャ…ニーニア様からお聞きしましたが、他に対策はないのでしょうか」


「はっはっは、今更かしこまってニーニャの名を呼ばなくてもいいぞ」

「もう君にあげてる・・・・・・ようなもんだからな」

「それはともかく対策か………そうだな、誰よりも強くなれば問題は解決する」


父様は、そう言って得意顔ドヤがおを決めた。


「だから期待するなと言うたであろう」


わしは背中をぽんぽんと叩きながら言った。

というか父様。いま何か変なことを言いませんでしたか?


「いや…それなら、俺に…私に稽古を付けて下さい!」


瑛三郎は父様に面と向かって、それはもう見事なお辞儀をしたのであった。


「え?…いや、君はもう十分強いぞ。なんせ、魔王を倒したくらいだしな」

「足りないのは、強者感を漂わせる台詞だけだ……まぁ、今日は時間もあるしいいか」


父様は、頭を掻きながら言う。


「ありがとうございます!」


「あー………ただ、俺は我流だから、そこのティラミスが相手をしよう」


そう言って、父様はちょこんとティラミスを指差した。


「いいか?ティラミス」


「はい。主様マスターのご命令とあれば」


「いや…別に命令ではないが。まぁ、頼む」


わしの肩に乗って、そのやり取りを聞いていたリョクが口を開いた。


主様マスター、面倒事から逃げましたねぇ」


「じゃな。まぁ、確かに父様は我流過ぎて稽古相手としてはアレじゃから、ティラミスの方が良かろう」


「ニーニャ」


「なんじゃ、瑛三郎」


「ティラミスさんって、そんなに強いのか?気の力も全然感じられないんだが」


「そりゃあ、ティラミスはアンドロイドじゃからの。通常モード時は気をゼロにしておるし」

「まぁ、戦えば分かるじゃろ。言うておくが手加減は一切する必要はないぞ」


------


「おー、ぴっかぴかじゃのぅ」


久しぶりに見た瑛三郎の鎧姿を眺めながら感想を言う。


「何かあった時のために、常にメンテナンスはしているからな」


「うんうん、良い心がけだ、瑛三郎君」

「だが、白が基調なのはちょっと残念だな。やっぱり黒……」


「父様、そこまでにして下さい」


というわけで、模擬戦という名の稽古が始まった。

ちなみに、麟はバフや回復役としてのみの参加じゃ。


「では、参ります」


ティラミスは、そう言い終わると同時に動いた。


「速いっ!」


瑛三郎がそう言い終わるより早く、ティラミスは間合いを詰めて懐に入り、手持ちの自分の背丈より大きな戦棍メイスを振る。


「くっ!」


しかし、そこは流石に魔王を倒した瑛三郎。

瞬時に対応して、両手剣バスタードソードでいなした。

そして、すかさず攻撃に転じて、素早い動きでティラミスの背後を取り剣を振り下す。


「なっ!!!」


瑛三郎は驚きの声を上げる。

無理も無かろう、瑛三郎の剣は一切の手加減無しの攻撃。


そんな攻撃を、ティラミスは背後を振り返ることなく・・・・・・・・・・・左手の親指、人差し指、中指の、たった三本の指だけで、剣を受け止めたのじゃから。


「あ、しまった…」


ティラミスのその言葉の次の瞬間、金属のはじける音がして瑛三郎の両手剣バスタードソードの刃は見事に真っ二つになってしまった。


「すみません、すみません。つい力を入れすぎちゃって」


無言で両手剣バスタードソードを見つめる瑛三郎に、ティラミスはそれはもう見事な土下座をしたのじゃった。


「いえ、お気になさらず」


「そうじゃぞ、ティラミス」

「そもそも、こやつ瑛三郎は魔王討伐の旅の途中で何度も折っておるからの。気にする必要はない」

「それに、まだ稽古模擬戦は終わっておらぬぞ」


「そ、そうでした」


わしの言葉に、ティラミスは戦棍メイスを構えて戦闘態勢をとる。


「それでは改めて」


そう言い終えると、瑛三郎は素手の状態でティラミスの懐へと入った。


「っ!」


「奥義、猛虎爆裂掌もうこばくれつしょうっ!」


瑛三郎の炎を纏った掌底がティラミスを襲う。

今度は、とっさに防御に使った彼女のモノメイスが、それによって破壊されることになった。

ところで、技の名称は言わなくても発現させる事が出来るのに、何でわざわざ言うたんじゃ?


「おおっ!なになに今の技」


瑛三郎の攻撃に、目を輝かせて喜んだのは父様。

あぁ‥‥それで、わざわざ技の名称を言うたのか。


「あれは、あやつ瑛三郎が素手で戦う時の技の一つです」

「確か…豪渓寺ごうけいじ流戦闘術の技だったかと」


「ほぅ。昔は豪渓寺流にそんな技無かったんだが…まぁいいや」

「他には他には?」


「それは秘密です。必要なら使うでしょう」


「ふむ……しかし、今の技……十分に俺の後継者として相応しい技じゃないか」


父様は、うんうんと何度も頷きながら言う。

それはそうと、いま何か変なことを言いませんでしたか?


「だが…余計な事をしてしまったな、瑛三郎君」


「そのようです。父様」


「ですねぇ」


「え?え?どういう事なんですか?」


わしと父様、リョク姉の会話に、一緒に観戦しているキャリーだけは頭の上にはてなマークを付けていた。


「えっとじゃな。端的に言うとあの大戦棍メイスは、ティラミスの力を抑えるための装備なんじゃ」


「という事は…」


「うむ。ティラミスにとっては拘束が解かれたようなもんじゃな」


というわけで、模擬戦に戻る。

戦棍メイスを砕かれたティラミスは、その残骸を足元に置くとすぐさま行動を起こした。


「なにっ!さっきより………」


「遅いですよ」


一気に距離を詰めたティラミスは、無数の拳撃を放つ。

瑛三郎は碌に防御もままならず、その攻撃の大半をその身に受けたのじゃった。


「ぐっ!…がっ!!!」


「兄さん!後ろに下がって!」


麟の声に、瑛三郎は後方に飛んで間合いをとる。

それを見て、ティラミスは追撃せず後方に下がった。

模擬戦でなければ、ティラミスの追撃を受けて終わっておったじゃろう。


治癒ヒール


「すまない麟。…しかし、なんて強さだ……」


麟のヒールを受けながら、瑛三郎はティラミスに目をやる。


「ですね…勝てそうですか?」


「無理だろうな…強さのレベルが違いすぎる」

戦棍メイスを装備してたのは、能力を抑えるためだったんだろうな」

「というか、なんでティラミスさん達が魔王を倒しに行かなかったんだ?」


「さぁ、何故なんでしょう…」


「それはじゃな…」


わしは瞬動のスキルを使用して瑛三郎の背後を取って言う。


「………ニーニャ。いきなり後ろを取るなよ」

「で、どうして彼女が魔王を倒しに行かなかったんだ?」


「それはじゃな………」

「ティラミスは……姉のリリもそうなんじゃが、父様が浮気をしないか監視・・・・・・・・・するために作られた存在だからじゃ」


「こんな時に冗談はよせ」


「冗談ではない…冗談ではないんじゃ……」


「マジかよ……まさか、あの方はそんなに浮気癖が……あったり…する…のか?」


瑛三郎は、小刻みに交互にわしと父様に視線を送る。


「いや、母様と結婚して以来1万年以上の間、浮気などこれっぽっちもしたことが無いぞ」


「…おい、ほんの僅かな時間とはいえ、疑いの目であの方お前の父親を見てしまったじゃないか」


瑛三郎は非難の声を上げる。


「なになに?俺がどうしたって?」


そんな、わし達の会話に突然父様が割って入って来た。


「うぉっ!…あ…いや……」

「ふっ…俺の背後を取るとは中々にやるな。貴様…名は何という?」


一瞬驚いた瑛三郎であったが、早くも父様の指導を身に着け強者の風格を漂わせながら痛々しい台詞を吐いたのじゃった。


「おぉっ!良いね、良いじゃない。流石は瑛三郎君だ」


そう言って、父様は親指を立て満面の笑みを浮かべながら瑛三郎の肩をバンバンと叩いた。


「で、何の話?」

「………あぁ、それな…」

「それもあるが、単に俺達は現世代の主役・・・・・・ではないからだな」

「言ってしまえば『旧世代の主役』ってやつだ。単に今も生きてるってだけ」

「だから、現在起きている事象にはすぐさま対処しなければならない・・・・・・・・・・・・・・・世界存亡の危機の場合を除いて、関与しないことになっている」

「この世界の決まり、だと思ってくれ」


「父様、それでは私も同じではないのですか?」


「そだよ」

「でも、どうせ『討伐に行かせても、何もしないに決まってる』って母さんが言ってな」

「それもそうだな、って事で魔王討伐に行かせたんだ」


「という事は、俺…いや、私と麟だけが魔王討伐を任される予定だったという事ですか?」


「いや、当初は…えっと瑛三郎君の家からは侃太郎かんたろう君か慶次郎けいじろう君で、麟君の家は…華蓮かれん君だったな」

「最後の最後で突然、君たちに推薦が変わってびっくりしたよ」


「兄さん………」


「姉さん………」


父様の説明に、瑛三郎と麟は肩を落としながら呟いた。


「いや、ごめんな二人とも。こんな娘の相手させてしまって」


そう言って、父様は苦笑いをしながら頭を掻いた。


「………皆さま…そろそろ宜しいでしょうか」


そんな中、いつの間にかやって来ていたティラミスは、おずおずとしながら発言する。


「おぉ、そうだったな。すまんすまん」


というわけで、瑛三郎も回復したので再開となった。

話をしてる間にバフが切れたので、まずは麟によるバフ付けから始まったのであった。


「えっ!?ニーニャ様ぁ。この薄っぺらいお話まだ続くんですかぁ?」


「そのようじゃリョク姉。というわけで次回に続くぞい」

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