第44話 過去話 前編

※ 今回は瑛三郎視点で話が進みます


マルスニア暦[聖暦]10020年2月24日 須藤すどう


俺は、須藤家当主であり父の侃藏かんぞうに呼ばれ奥の間へと足を運んだ。


「失礼いたします」


部屋に入ると、既に俺以外の家族全員がそこには居た。


「おう、勇者が来たぞ」


ニンマリとした笑顔で長兄の侃太郎かんたろう兄さんは言う。

勇者?何の事だ?


「まぁまぁ、いいから、いいから」


兄は立ち上がると、俺の両肩を抱きながら先ほどまで自分が座っていた席へと誘導する。

俺を無理やりその席に座らせると、兄は俺のいつもの席に座った。


「さて、瑛三郎えいさぶろう。お前に使命を授ける」


まぁ、いつものように侃太郎兄さんが嫌がる式典の代理参加なのだろう。


「お前には、ニーニア様のお付きとして魔王討伐を命ずる」


ん?魔王討伐?冒険者ですらない、この俺が?


「………父上、宜しいでしょうか」


「なんだ」


「ニーニア様というのは、もしかして伝説の英雄と名高い一色蒼治良いっしきそうじろう様のご令嬢であらせられるニーニア様の事でしょうか」


「うむ、勿論だ。何か不服でもあるのか?」


「いえ、とんでもない」

「しかし、私のような者が随身でよろしいのでしょうか」

「魔王討伐であれば、実戦経験の豊富な慶次郎けいじろう兄さんが適任かと存じます」


「うむ。それなんだが、その慶次郎自身がお前の方が相応しいと言って来てな」


俺は慶次郎兄さんの方に顔を向ける。

と言っても真正面なのだが。


「兄さん、本当なのですか」


「勿論だ、弟よ」


兄さん、どうして目を逸らしながら話すのですか?


「気のせいだ…こほん。ともかく俺が推薦した以上、恥ずかしい真似はしてくれるなよ」


いや、だから、どうして俺と目を合わそうとしないのですか?


「はぁ………分かりました」


そういうわけで、仕方なく引き受けることにしたのだが、実のところ内心非常に喜んでいた。

何故なら、かの伝説の英雄のご令嬢に一目でもお会いしたいと常々つねづね思っていたからだ。

何せ、全ての魔法を唱えることが出来、更には殆ど全ての武器を扱うことが出来る才女とのもっぱらの噂なのだから。

そして、非常に見目麗しい女性なのだという。

こうして、俺は予定日までの1週間、旅の用意を整えガザンの村へ旅立った。


マルスニア暦[聖暦]10020年2月31日 ガザンの村


「は、初めまして!私は加賀間麟かがまりんと申します。13歳です」


は?13歳っ!?

あぁ…そうか。

この子も、面倒事を押し付けられたのだろう。

伝説の英雄のご令嬢の随身、魔王の討伐任務、聞こえはいいが失敗すれば自身の首が飛ぶ。

危険レベルも通常の討伐どころではないからな。


「初めまして。私は須藤瑛三郎すどうえいさぶろうと申します。24歳。一応、剣士をしています。」

「どうぞ、よろしくお願い致します」


といっても、つい先日、剣士として登録したばかりの初心者ノービスなのだが。


「あ、はい。こちらこそ。あ、僕…私は僧侶です」


「はは、いつもの自分の言い方で構わないよ」

「これから一緒に戦う仲間なんだから、他人行儀は止めよう」


「はい」


こうして、俺は麟と初めて出会った。

そして、二人で待つ事1時間。

つまり、予定の時刻より1時間経過したという事だ。


「やっぱり、女性だから色々時間が掛かってるんでしょうか」


「かもなぁ…あ、アレがそうじゃないか?」


俺の視線の先には、二人の女性があった。


一人は身長が175cmくらいだろうか。綿菓子のようにふわふわとしたピンク色の髪が歩くたびに揺れ、胸にあるそれも上下にゆったりと揺らしながら上品に歩いている。

想像していたのとは違っていたが、恐らく、彼女がニーニア様に違いない。


もう一人は、140cm‥‥は超えているだろうか。肩まである銀髪のストレートの髪をなびかせているのだが‥‥唇を尖らせていかにも不満そうな表情をしていた。

彼女も美少女だというのに、勿体ない事だ。


「あの小さな少女はお子さんなんでしょうか?」


「いや、ニーニア様は年齢こそ1万歳を超えているが、一度も結婚もされたことが無いと聞いているから、親戚の子じゃないのか」


「なるほど」


そうこうしているうちに、彼女二人は俺達の前までやって来た。


「ニーニア様、お目に掛れて大変光栄です」

「私は…」


と、手を差し出して自己紹介しようとしたところで、その差し出した手をちょんちょん、と小さな人差し指で叩く者が居た。


ニーニア様と一緒に来られた少女のものだ。


「おい、お主。何か勘違いをしておらんかや?」


さっきまで不貞腐れていたのに、今は小悪魔の如き笑みを浮かべながら話しかけて来ている。


「えっと…申し訳ございません。私が何か失礼な事でも致しましたでしょうか」


小さな子とはいえ、伝説の英雄の関係者。

とんでもない年上かも知れないので、一応それなりの言葉で訊く。

ん?ちょっと待てよ‥‥年上かもしれない‥‥ってことは‥‥まさか‥‥‥。


「わしこそが『ニーニア・シニェーシュナ・オーディンスヴェトゥワ』その人じゃ」


両手を腰にやって小さな胸を張り、ふんす、と鼻息を盛大に鳴らす。

これが、ニーニャとの最初の出会いだった。


ちなみに、一緒に来ていたのはティラミスさんという方で、ニーニャが逃げないように監視役として来ていただけである。

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