第33話 藤兎庵の饅頭

城の居間にて。


「事情は、よう分かりました」

「せやけど、そろそろうちに帰ってぃ。霧乃」

「これ以上居ったら、先方に迷惑かかるで」


「いえ、僕はそんなことは…」


詩子は、麟を一瞥してもうちょっと話をさせてくれと、アイコンタクトを送る。


「それに、あんた言うたやん。駄目やったら実家に戻って家業を継ぐって」

「あれは嘘やったんか?」


「うぅ…」


キャリーは、ぐうの音も出ずにただ唸った。

事前に、そういう話を付けているのなら分が悪い。


「まぁまぁ、詩子殿」

「キャリー殿も帰ろうとしておったんじゃけど、わしらが是非にと引き留めての」

「のぅ、瑛三郎」


「確かに、キャリーさんをここに引き留めた全責任はニーニャ…引き留められたのはニーニア様にありますので、どうか、ここは気をお静め下さい」


殆ど言ってから言い換えるでない。

確かに、強引にここに引き留めたのはわしじゃが、お前も反対せんかったじゃろ。


「どうしても、和国に帰らねばならんのかの?」


「いえ、そのようなことは」

「しかしながら、もう帰ってくること前提でのれん分けの準備もしておりましたもので…」


「なんと、あの銘和菓子屋の藤兎とうと庵のかや!?」


「はい、あ…そうそう、こちらに居ると伺ったもので、お土産を用意しないといけないと思いまして」

「ジェンヌの街で手に入れた材料から作ったものですので、完全に再現出来たわけではないのですが…」


そう言って、詩子がテーブルの上に置いたのは、お饅頭だった。


「こ…これは!不死身饅頭ですよ、ニーニャ様!」


リョク姉が身を乗り出して言う。


「食べていいですかね?」


続けてそう言うリョク姉に、詩子はくすくすと笑いながら了承する。

こうして、詩子の用意した不死身饅頭に合うお茶を用意する。


「確かに、本家のよりは味がちょっと落ちてますね」


裏表のないリョク姉はそう言ったが、詩子はそんなリョク姉に怒ることはなく笑っている。


「これで、味が落ちてるのか…」


「ですね。僕には完璧に感じますが…」


「わしも久しぶりに食うから、違いがわからんの」

「キャリー殿、その辺のところどうなんじゃ?」


「そうですね。小豆やもち米自体はともかくとしても、専用の調理器具で作ったものでないですので、味はどうしても微妙に落ちてしまいますね」


キャリーは、そう言いながらも祖母の手作りの不死身饅頭を堪能している。


「これが、帰って来いという理由で御座います」


詩子の言う事に、キャリーはしまった、と驚いた表情をした。


「この子は本来、藤兎庵を継ぐだけの力を兄弟姉妹の中で一番持っておりました」

「ところが、どうしても女優をしたいというので、駄目だったら戻って来て店を継ぐっていう約束をしたのです」

「正直なところ、直ぐに帰ってくるだろうと思っていたのですが、思いのほか頑張りまして、結局、庵はこの子の兄に継がせたのですが…」


「その才能が惜しいから、のれん分けで継がせようというわけじゃな」


「はい」


「それじゃあ、ここでも良いじゃないですかぁ」


リョク姉は、そう言った。


「しかし、リョク様。機材は同じものが作れますが、その材料までは…」


「え?でも、千里さんはこの地域で…厳密にはもうちょっと北の方ですけど、同じもの作ってましたよ」

「材料もそこで作ってましたし」

「恐らくですけど、今の和国に移住した後で作業工程等々を見直したんだと思いますよ」


「リョク様…千里って…まさか…」


「ですです。詩子さんやキャリーさんのご先祖、始祖にあたる人ですよ」


リョク姉は、そう言った瞬間にしまったと両手で口を塞いだのだった。

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