第17話 縁その2

「これで、濡れたところを拭くとよい」


そう言って、城の玄関に備え付けている大きいタオルを彼女に手渡した。


「え…そんな、こんな高級そうなものを…」


「良い、こういった時のために備え付けておるのじゃ」

「汚れたら、また洗えばよい。それだけの事じゃ」


まぁ、最も洗うのはわしではないのだが。

彼女は、申し訳なさそうにしつつも、わしの言葉にこれ以上断るのは失礼だと判断したのだろう。


「それでは、ありがたく使わせていただきます」


「うむ」

「そう言えば、お主先日テレビで見たぞ」


「あ、ありがとうございます」

「恐らく、あのドラマですよね」

「あの、直ぐに死んでしまった…」


「まぁの」

「じゃが、どんな小さなことでも積み重ねていけば、いずれ大きな仕事も舞い込んで来よう」


「そうですね」

「もう少しだけ…頑張ってみます」


彼女はそう言うと、少し哀愁のこもった笑顔をした。

どうやら、余計な事を言ってしまったようだ。

そうこう話しながら歩いていると、テテテと駆け足で麟が近づいてきた。


「もうすぐ、浴槽にお湯が貯まりますので、直ぐにでも入れますよ」


「さようか。だそうじゃ」


「本当にありがとうございます」


こうして、彼女を浴室に案内して温まっている間に、わしは彼女の衣類を洗濯機に入れて開始のボタンを押したあと、浴室から出ると麟が控えていた。


「済みません、ニーニア様」


「気にするでない。流石にお主にやらせるわけにも行かぬしな」

「それとも、憧れの彼女の匂いの付いた衣類を嗅いでみたかったのかの?」


冗談のつもりだったのだが、麟は顔を真っ赤にして両手の掌をわしに向け左右に振った。

二人で居間に戻ると、瑛三郎が既にテレビの傍に置いているソファに座っていた。


「一応、大兎を洗って拭いた後、ブラシをかけておいたぞ」

「今は馬小屋にあいつの隣に停めている。あそこは暖炉もあるから、よく毛も乾くだろう」


「うむ。ご苦労であった」


そう言うと、わしと麟もソファに腰を掛けた。


「ん?そう言えば、あの淫乱妖精はどうした」


「言わずとも分かろう」


「少しは止める努力はしたんだろうな」


「んや、そもそも彼女も気にすることなく一緒に入っていったしの」


「ま…まぁ、そう言う事なら仕方ないな」


瑛三郎は腕を組みながら、納得したようなしてないような、そんな顔をしながら言った。

それから、20分程経った頃に、リョクが彼女を連れて居間へとやって来た。

彼女は、わしが浴室に置いておいた替えの服を着ている。


「いやぁ、存分に堪能させていただきましたよぉ」


リョクは満面の笑みを浮かべてそう言った。


「すまんの、キラーラビット殿。うちのリョクから何か変な事されんかったかの?」


「い、いえ。一緒に普通にお風呂に入って、洗い合ったりしていただけですので、全然大丈夫です」


「それなら、ええんじゃがの」

「まぁ、それはかく、立っておるのもなんじゃ。座ると良い」


そう言って、奥のソファを右手で指した。


「ありがとうございます。それではお言葉に甘えまして」


そう言ってソファへと座る。

それから程なく、キッチンに行っていた麟が、温かい紅茶を入れて戻って来た。

麟は、一番先に彼女に紅茶とケーキを置いた。

ケーキに驚く彼女にわしは、瑛三郎を指差してこう言った。


「あぁ、気にするでないぞ」

「それは、今朝、瑛三郎こやつが作ったものを出しておるだけじゃからの」


「あ、そうなんですね。それではありがたく頂きます」


「結構、厳つい顔しておるが、家事に関してはこの中で一番なんじゃぞ」

「意外じゃろ?」


「余計な事を言うなよ。彼女も答えづらいだろ」


「あ、いえ。そのような事は無いです」

「私の兄も、和菓子職人しておりますし」


こうして、世間話をしている間に服も乾き、彼女はそれに着替えるために再び浴室へと向かう。

案内はリョクが率先して行った。


「それにしても意外なのは、彼女の年齢じゃな」


「そうだな。てっきり俺より年下だと思っていた」


話の中で年齢の話題があったのだが、それ以降、麟の様子がおかしかった。


「麟、お主はどう思う?」

「?リン?」


「麟、聞こえてないのか?」


瑛三郎は、そう言いながら麟の肩を揺らした。


「えっ?瑛兄さん。どうしたんですか?」


「なんだ、聞いてなかったのか?彼女の年齢の事だよ」


「あぁ…そうですね…以外過ぎて、かなり驚きました」


「麟、さっきから上の空のようだが、本当に大丈夫か?」


「大丈夫ですよ。瑛兄さん」


麟は空元気の笑顔を瑛三郎に向けてそう答えた。


「…なるほどの…」


わしは麟を目で一瞥した後、腕を組みながら目を閉じてそう呟いた。


「ニーニャ、何か分かったのか?」


「後でな」


そう言っているうちに、彼女とリョクは居間へと戻って来た。


「この度は、本当にありがとうございました」


彼女は深々と頭を下げて、そう言った。


「気にせんでいい。わしらは好きでやったんじゃからの」


こうして、彼女は同じく身ぎれいになった大兎と共に街へと戻っていった。

その頃には、少しだけ雨が和らいでいた。


「さて、と、わしらも居間に戻るかの」

「ほれ、瑛三郎。付いてこい」


「ちょ、麟がまだ…」


「ええから、付いてこい」


そう言って、無理やり瑛三郎の腕を引っ張って城の中へと歩き出した。

歩きながら、ちらっと後ろを振り向くと、麟はもう見えないはずの彼女をまだ見送っていた。


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