第4話 嘘

「げえっ!母様っ!」


そう、父の隣に母が座っていたのだ。


「おい」


「なんじゃ」


「最初のくだりは、前回もうやっただろ」


「この話から見始めた人も居るだろうから、親切心というやつじゃ」

「今回は、あまりおふざけがないからの」

「というわけで、本題に戻るぞい」


馬車は程なく、わし等の手前で止まり、先ずは母が馬車を降り、父は済まないという表情と共に母に続いて降りた。

わしは蛇に睨まれた蛙の如く動くことが出来ず、それはもう見事なまでの直立不動であった。

母は、風で乱れた髪を優雅にかき上げながら、わしの目の前までやってきた。


「ニーニャ、元気にしていましたか?3年ぶりですね」


「はいっ!母様もご機嫌麗しゅう存じます」


「ニーニャには、そう見えるのかしら。私は違うのだけれど」


「ひっ!」


母の顔は笑ってはいるものの、それはもう般若のごときオーラを背後に纏っていた。


「魔王を討伐した後に、また直ぐに旅立ったと聞いていたのですが、あれは嘘だったのですか?」


まずい、ここで下手な答えをしてしまうと、折角の魔王城ここでの悠々自適な生活を失ってしまうではないか。

答えに窮していると、後ろに控えていた瑛三郎がわしの右隣までやって来て膝を付いた。


「お初にお目にかかります」

「私は、ニーニア様の従者の一人、須藤瑛三郎と申します。以後お見知りおき下さい」


「私は、もう一人の従者、加賀間麟と申します」


いつの間にか麟も、わしの左隣に来ており瑛三郎同様膝を付いていた。


「まぁ、これはご丁寧にありがとうございます」

「でも、そのような堅苦しい挨拶は抜きにしましょう」


「はっ!ありがとうございます」


そう言うと、二人は立ち上がる。


「積もるお話も御座いますでしょうが、長旅をされてきたご様子」

「先ずは、城の中でおくつろがれて疲れを癒されてはいかがでしょうか」


いつもの瑛三郎とは真逆とも言える対応の仕方であった。


「そうですね。それではお言葉に甘えることにいたします」


「有難う御座います。では、ご案内いたします」


すっかりと気分を良くした母は、瑛三郎と麟の案内により城の入り口へと歩みを進めた。

二人が歩き出してから程なく、瑛三郎に代わって隣へとやって来た父が口を開いた。


「ふぅ、彼のおかげで助かったな、ニーニャ」


「父様…情けなさすぎます」

「ところで、どうして母様が居てるのですか?」


「それがだな…」


「そんなニーニャ様に悲報ですっ!」


その言葉と共に現れたのは、父の旧友であり父の養女緑子姉様の異形分身体である妖精リョクだった。


「リョクねえ…あ…そういう事じゃったか」


「いやぁ、ニーニャ様済みませんねぇ」

主様マスターの電話での会話を途中から聞いていたもので、てっきり浮気と勘違いしてしまいまして」

御主人様マスターにチクっちゃいました」


そう言うと、リョク姉は舌を出し所謂テヘペロのポーズをした。


「終わった事を、どうこう言うても仕方ないわい」

「とにかく、三人に追いつこう」


そう言うと、先に歩き出していた三人に追いつくために、早歩きをはじめた。


------------------------------------


接客室にて。


「成程、そういう事でしたか」


紅茶のカップをテーブルの上に置いた母は、瑛三郎の説明に納得してそう言った。

話の内容を要約するとこうだ。

魔王討伐の際に、わしを庇った瑛三郎は背中に深い傷を負ってしまい、長期の療養のために魔王城ここに滞在することを余儀なくされた、というものだ。

しかし、それを知られると魔王配下の残党が再び侵攻してくるかも知れないため、内密にしていたというものである。


「では、ニーニャ」


「はい、母様」


「瑛三郎さんの傷が完全に癒えるまで、貴方がしっかりとお世話をするのですよ」


「承知しました、母様」


うぉーっ!やったぞ!でかした瑛三郎。

と、心の中でひっそりと思った。


「ふぅ…ニーニャ。荷物は全部部屋の前に置いておいたぞ」


そう言って、父はソファに座ると、自分の分の紅茶を飲もうと口を付ける。


「それでは、長居しても気を遣わせてしまうだけですし、そろそろお暇いたしましょうか」

「ねぇ、お父さん?」


「えっ!?俺まだ紅茶を一口しか飲んでないんだが…」


「何か言いました?」


「いや、何でもないです」


そして、城の外。


「それでは、私たちは帰りますが、くれぐれも問題は起こさないようにね」


「承知しております、母様」


「瑛三郎さん、麟さん、ニーニャを宜しくお願い致します」


そう言うと、母は深々と二人に頭を下げた。


「滅相も無い、我々のような者に」

「頭をお上げ下さい」


「そそそ、そうです」


二人は慌ててそう言った。


「ははは、そんなに気を遣わなくてもいいよ」

「ニーニャにとっての友人は、俺達にとっても友人と同じだ」

かく、ニーニャを宜しく頼む」


父はそう言うと、二人と固い握手を交わした。


「たまには、三人でうちに来てくれよ」


父はそう言うと馬車を走らせ、わし等はそれが見えなくなるまで見送った。


再び、接客室。


麟が淹れなおしてくれた紅茶を飲みながら。


「ふぅ…何とか誤魔化せたな」


「お前は、何もしてないんだがな」

「しかしながら、よくよく考えたらニーニャを差し出しておけば俺らは無事お役御免、故郷に帰れたんだよなぁ」

「あー、勿体ない事をした」


「おい」


「まぁまぁ、ニーニア様。上手くいったんですからいいじゃないですか」


「それも、そうじゃの」

「ところで、夕ご飯はなんじゃ?」


「甘辛垂れに漬け込んだミノタウロス肉の焼肉ですよ」

「もちろん、新鮮なキャベツに玉葱、モヤシも用意していますよ」


麟はそう答えた。


「てっきり一晩泊まられると思って、昨日瑛兄さんが狩って来ていたのですけれど」


と、付け加える。


かく、こうして難は去った。

めでたしめでたし、である。


------『全く…そんな事だろうと思いました』------

------『まぁまぁ、良いじゃないか、母さん。楽しそうにしているんだし』------

------『ふふっ…』------

------『そうしたんだい?』------

------『いえ、昔の事を思い出していたの。お父さんとあの世界で一緒に暮らした時のことを』------

------『あぁ、分かるなぁ。懐かしい』------

------『瑛三郎さんは、貴方の若い頃によく似てる』------

------『彼の方が男前だし身長も断然彼の方が高いし、全然似てないと思うがなぁ』------

------『そう言う事じゃないわ』------

------『かく、二人ともニーニャを宜しくね』------

------『では、本当に帰りましょうか。お父さん』------

------『そうだな…って、あれ?リョクは?』------

------『あの子は、面白そうな事に付いて行く子だから』------

------『成程な。じゃあ二人で帰るか』------

------『ええ。二人っきりで』------


------『あれ?…うーん…なんか他に忘れているような…まぁ、いいか』------

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