第2話 これ、もう落ちてない? ※下ネタあります

時は、マルスニア暦10020年2月31日。

伝説の英雄と謳われた一色蒼治良と同瑚雪夫妻との間に生まれた、聡明で見目麗しく可憐な處女をとめニーニア・シニェーシュナ・オーディンスヴェトゥワ(ニーポン名:一色寧々子)は、彼女を慕い配下に加わりたいと懇願してきた須藤瑛三郎および加賀間麟の二人を寛大な彼女は仲間に加え、魔王を討ち果たすべく勇敢にも冒険へと旅立った。

3年という年数を掛け、数々の死闘と苦難をくぐり抜けた彼女らパーティは、ニーニアの度重なる活躍と仲間の献身により見事魔王ディガボロスを打ち破る事に成功した。

こうして世界に平和が訪れ、街に帰還した彼女らを待ち受けていたのは、新たな英雄ニーニアらパーティを祝福する大勢の民衆の姿であった。


「おい」


「なんじゃ、今忙しいのじゃが」

「後にしてくれ」


折角、旅の記録を後世に残そうと書いておったというのに、とんだ邪魔が入って来おったわい。


「そんなことはどうでもいいから、お前も手伝え」


そう言って、わしに傍までやって来た男。

須藤瑛三郎である。

こやつは、最初に会った頃はわしに対して敬語を使っていたし「ニーニア様」と呼んで慕っていてくれていたというのに、今となっては「お前」とか「ニーニャ」と呼び捨てにされるようになった。

どうしてこうなった。


------ 神の声『勿論、全てニーニャ自身の自業自得によるものである』 ------


瑛三郎は、わしが書いていた紙を奪うと、それを読み始める。


「最初の方以外、ほぼ捏造じゃねーか」


紙を、右手の甲でばんばんと叩きながらそう言った。


「そもそも、お前は最初から最後まで戦闘にすら参加していないだろ」

「というか、何だ。この【處女をとめ】というのは!」


瑛三郎は、該当の箇所を指で差して言う。


處女しょじょ厨が少なからずおると思うての」

「実際、わしは處女しょじょじゃし。嘘は書いておらんぞ」


「とにかく、こんな物は廃棄処分だ」


そう言うと、びりびりと破り捨て、持って来ていた大きなごみ袋に投げ捨てた。


「あーっ!わしの英雄譚があぁ…」


ショックのあまり、わしの体は崩れ落ち、両の掌と両ひざが魔王城の石畳に付いた。

しかし、そんな事を何時までも続けるわしではない。

伊達に1万年以上も生きては居らぬのだ。

決して、石畳が冷たいからさっさと立ち上がりたいだとか、そういう理由ではない。

立ち上がったわしは、右腕をいっぱいに伸ばし、その人差し指を瑛三郎に向け、こう言ってやった。


「もう我慢ならぬっ!」

「お主はクビじゃ!」


ふっ、決まった。

どうじゃ、わしの凛とした立ち振る舞いは。


だが、相手は動じなかった。

両腕を腰に当て、首を少し傾げながら顎を突き上げ、わしを見下ろしながら瑛三郎やつはこう言った。


「良いのか?居なくなったら、俺の料理が食えなくなるぞ?」


「うぐっ…」


早くも、わしの真っすぐに伸ばした腕と人差し指が折れ曲がってしまう。

掃除や洗濯といった事は麟も出来るし、料理に関しても美味い。

だが、年の差というやつであろう、瑛三郎こやつの料理の腕前は麟を遥かに凌駕していた。


「まぁ、がそう言われるのなら仕方ありません」

「不本意ではありますが、本日でお暇を頂きます」

「短い間ではありましたが、有難う御座いました」


そう言うと、瑛三郎はわしに背を向けて部屋の出口へ歩き出した。

わしは、世界新記録を出せるのではないかと思うほど素早くクラウチングスタートを切ると、弧を描きながら瑛三郎の正面へと回り込む。


「まっ…待てっ!今のは、ほんの冗談じゃ」


「冗談?」


「そそ、ほんのお茶目な冗談じゃ」


藁にでもすがる思いで、両手で瑛三郎の服を握りしめると、顔を見上げて瑛三郎やつの顔をジッと見つめた。

身長150センチ満たないわしの身長では、顔を大きく見上げなければ190以上もある瑛三郎やつの顔を見ることが出来ないからだ。


「はぁ…じゃあ、とりあえず自分の部屋ぐらいは掃除をしてくれ、


「おう、任せておけ」


わしは、精鋭兵のごとき見事な敬礼を決めると、作業を開始した。

これは、あくまで運動であり、決して労働などではない。

決してな。


------ 神の声『部屋の掃除も、広義的には労働です』 ------


「ふぅ、こんなもんかの」


首にかけたタオルで汗を拭う。

ふと窓の外を見ると、空は既に朱色に染まっていた。


「久々に良い運動をしたわい」


そう自分に言い聞かせていたまさにその瞬間、お腹の音がくぅと鳴った。

ほぼ時を同じくして、麟を引き連れて部屋へ入って来た瑛三郎は、部屋の周囲を見渡すと納得したのか首を軽く縦に振った。


「ニーニャ、夕ご飯が出来たぞ」


「おおっ!丁度腹が減っておったところだ」


既に、お腹は背骨と引っ付きそうな感じであった。


「今日は、ニーニア様が大好きなシチウですよ」

「最高級コカトリスの肉を使い、近くの村で採れた新鮮な野菜に、シチウの器はジェンヌの街一番と評判の最高級堅パンなんですよ」


麟の説明だけで、涎が大量に口の中を暴れまわっていた。

しかし、汗でべたついたこの姿のままで食べるわけにはいかない為、わしは着替えをすべく服を脱ぎ始めた。


「にっ、ニーニア様っ!」


麟が叫ぶのと同時に、わしの頭の上に手刀が落ちて来た。


「てっ!」

「何をする瑛三郎」


痛くも何ともないのだが気分の問題なのだろう、頭の上をさすりながら瑛三郎を非難する。


「仮にも女なんだから恥じらいくらい持て」

「外で待ってるから、早くしろよ」


瑛三郎やつはそう言うと、麟を連れて部屋を後にした。


「全く叩くこたぁなかろう」


ぶつぶつ言いながら着替えを続けた。


そして、今は食堂までの道中。


「ところで、ネット回線の進捗状況はどうなっておる?」


「済まんな。麟と手分けして作業したが、今日は城の掃除と買い物と料理を作るだけで精一杯だった」

「明日から作業を始めるが、完成するのは早くても一週間後ってところだな」


わしが部屋の掃除をしている間に、そんなにしておったとは。


「よい。幸運にも3Jさんじぇーの電波が魔王城ここまで届いておるからの」

「今はスマホしか持っておらんし、問題ない」


そうこうしているうちに、食堂の近くまでやって来ており、既にシチウの良い匂いがわしの鼻をくすぐっていた。


「はよぅ食いたい。行くぞ、我がしもべたち」


そう言って、食堂を指差した。


「ったく、誰が僕だ」


瑛三郎は、エプロンのポケットに両手を突っ込んだ状態で、わしを見下ろしながら言う。


「まぁまぁ、良いじゃないですか。ニーニア様も喜んでいるみたいですし」


そう言って、麟は瑛三郎をなだめた。

なんという、いい子なんじゃ。

思わず、食事の後にまだ熟していないピンク色のソーセージからあふれ出す青臭い汁を味わう妄想をしてしまったではないか。

だが、今は食欲の方じゃ。


そして、わしは食堂に駆け出し、程なく二人もわしを追って駆けて来た。


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