第2話 レイラ、悪役令嬢だと伝える

「ところで失礼だが、キミの名を聞いても良いか?」

「レイラ=ミリシャスと申します」

「ミリシャス……。伯爵家のご令嬢か。俺と社交界で会ったことはなかったな」

「はい。まさかこのような状態でご挨拶になってしまうことを申しわけなく思います」


 これでガルアラム様も私への態度が変わるかもしれない。

 私の悪い噂はとどまることを知らないだろうし。

 噂というよりも事実なのだから仕方のないことだが。


「キミのことは噂で聞いたことがある」

「そうでしょうね」

「数多の婚約候補を断り続け、両親に反抗をしていると、周囲の者たちは悪く批評しているようだが……」


 少しだけ遠慮しながらそう聞いてきた。

 もちろん事実だし、私は隠すつもりもなかった。


「そのとおりで事実です。ワガママで悪役令嬢とまで言われるようになりました」

「そうか。別に俺に危害を加えたわけではない。今回はむしろ俺が害を与えてしまったからな。そのような経緯など関係はない。噂などを本人に聞いてしまいすまなかった」

「え?」


 私にとっては意外な返答だった。

 私のことを貴族のゴミだとか不要な女などと影で言われ続けていたため、それくらいの反応を承知のうえで伝えたつもりだったのだが……。


「なにを驚いている? 相手が悪役令嬢だろうが民間人だろうが先ほど世話をすると言ったことに変わりはない」

「世話?」

「責任を取るといっただろう。完治するまでの間、この侯爵邸でキミの世話をさせてもらう」

「え? まさか……、ヴェーチェ様自らですか!?」

「そのつもりだ。さすがに着替えなどはメイドに任せるが、基本的には加害者である俺が責任をしっかりとりたい」


 ガルアラム様はこの王都内では名が知られていて、彼の噂も当然知っている。

 もう十八になるというのに彼もまた、縁談を全て断り続けているらしい。

 私とは違い、ガルアラム様の外見が国宝級とも言っても良いくらいの整いと鮮やかな顔立ちで、おまけに学問運動全てにおいて非の打ちどころもないことから変な噂にはなっていない。


 女に興味がないのか、そもそも婚約自体がいやなのかは分からない。

 私が嫌ってきたような男たちではないとも思いたい。


「お気持ちは嬉しいのですが、ご遠慮させていただきます。私と一緒にいると、ヴェーチェ様にまで悪評が出てしまうかもしれませんので」


 世の女性だったら、ガルアラム様自ら世話をしてくれるとなれば、喜んで受け入れていることだろう。

 だが私は生憎、どんなにカッコよくても男そのものにウンザリしてしまっている。

 こうやって話したり交流を持ったりすること自体は良いのだが、婚約関連になるとどうしても拒絶してしまう。長期間一緒にいたらなにが起こるかも分からない。

 トラウマのせいにしたくはないが、こればかりは私自身でもどうしようもできないのだ。

 ガルアラム様が責任を持って看病すると言われたことは嬉しかったが、悪評になりかねないリスクを背負わせてまでさせたくはなかった。


「それでも構わない」

「はい?」

「キミ自身が嫌でないのなら、責任はしっかりとる。だが、安心したまえ。侯爵邸には俺に対して厳しいメイドの監視もある。変な行為をしようとすれば、俺がメイドに殺されるだろうから」


 もちろん冗談まじりだろうが、ガルアラム様の表情はどこか優しかった。

 私にも久しぶりに少しだけ安堵のため息がでる。


「ふふ……。どちらにしても動けませんし、ほんの少しだけお言葉に甘えてお世話になります。お気遣いありがとうございます」


 私は動ける範囲でゆっくりと頭だけを下げた。


「無理に動かなくて良い。キミの両親にも連絡を入れておこう」

「は……はい……」


 親に育てられている以上、こればかりは避けることはできないだろう。

 なにを言われるかわかったものではないが、幸い連絡してくださるのが次期侯爵であるガルアラム様だ。

 さすがに侯爵相手に文句を言うことはないとは思うが、それでもあまり気乗りはしなかった。

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