第3話 レイラ、久しぶりに会話をする
私は動くことができない。
侯爵邸の医務室でベッド生活がはじまったのだが、家にいるときよりも居心地が遥かに良い。
食事は三食ガルアラム様が運んでくださる。
一人で食べることができないため、メイドのリリさんが食べさせてくれる。
基本的に私の身体に触れたり接触したりしそうな行為についてはリリさんが担当し、それ以外の時間はガルアラム様が付きっきりで看病してくれているのだ。
とは言っても、ガルアラム様も仕事があるようで、主にこの医務室に書類を持ち込んで作業をしている。
私が暇で会話したいときに声をかけてくれればそれで良い、と言われているが、特に会話もない。
ただ同じ空間に一緒にいるというだけの毎日が続いていた。
だが、さすがに心配になってきたのである。
「あの、ガルアラム様?」
「なんだ?」
名前で呼ぶように言われたため、私はお構いなくガルアラム様と呼ぶようになった。
特に好意があるわけでもないが、ガルアラム様がそのほうが助かると言うものだからそうしただけだ。
私のことも名前で呼んで構わないと言ったが、なぜか私は『殿付け』で呼ばれている。
「仕事に支障が出るようでしたら、普段作業をしている部屋でやっていただいても良いのですよ。私は大丈夫ですから」
「まだレイラ殿が動けない状態だろう。なにかあればリリに伝えにいくのが俺の今やるべきことだ。気にしなくとも良い」
「至れり尽くせりで申しわけありません」
「……いや、当然のことだろう」
ガルアラム様は、作業の手を止め、私が横になっているベッドへ近づいてきた。
私の視界にはガルアラム様の顔が見える位置まできたのだ。
「ひとつ聞いても良いか?」
「はい。なんでしょうか」
「もう四日経つわけだが、レイラ殿の両親は見舞いにも来ないのか? 手紙で『よろしくお願いします』だけだったのも気になる」
私はガルアラム様の目線を逸らし、『まぁ当然だろうな』と思っていた。
そうだとしても、顔は寂しい表情へと変わってしまっただろう。
「来るわけありませんよ。悪役令嬢の私になど」
「それでも実の親だろう」
「両親が私に縁談の話をたくさん持ちかけてきました。それを全て私のワガママで断ってきたのですから、呆れられてゴミのようにされても仕方のないことだと思います」
「ゴミ……!? 親ならば見舞いには来るのが当然だろう」
私はそれ以上、なにも答えられなかった。
家の事情を外に漏らすわけにはいかない。
もしも言ってしまえば、そのあと私がどうなるかなど想像がついてしまうからだ。
黙秘を貫き、しばらく静かな沈黙が流れた。
「変なことを聞いてすまなかった」
「いえ、お気になさらず。私からもひとつ聞いてもよろしいですか? 失礼な質問になってしまいますが」
「失礼だろうが無礼だろうが構わぬよ」
私は、良いと言われた場合に限り遠慮をしない。
もし聞いてみて、『嫌だったら嫌だと言ってくれればいい』ということを前提に聞いた。
「ガルアラム様は女性が嫌いなのですか?」
「……どういうことだ?」
「私もガルアラム様の噂は存じております。今まで婚約候補が大勢いたものの、全て断り続け、今に至るという……」
「女性が嫌いというよりも、俺は婚約が苦手でね」
「へぇ……」
「共に幸せになろうと思えるような女性と出逢えたことがない。縁談の目的は俺ではなく、権力だの血統だのという部分が先行されていることばかりだった。もちろん全員がそうでなかったのかもしれない。だが、ほとんどがそういう目的だと思ったら、そういう話を避けるようになっていたのだよ。それが長く続けば異性に興味なども持てなくなる」
次期侯爵ともなると大変だなぁと思いつつ、納得もした。
そして私は安心もした。
ガルアラム様と毎日一緒にいるわけだし、もしかしたら変な話に持っていかれてしまうのではないかと少しばかり心配もしていたのだ。
もちろんこればかりは本人には言わないが。
だが、今の話を聞いて、今回の事故をキッカケに縁談に発展することはまずないだろうと思うことができたのだ。
今まで気を張っていたが、少しだけ落ち着くことができたのである。
「俺からもうひとつ聞いて良いか? こんな俺の話を聞いただけで、どうして安堵のような笑みを浮かべているのだ?」
「いえ、私もようやくこの生活に落ち着けてきましたので。ガルアラム様とお話しするのもほとんど初めてみたいなものでしたよね」
「まぁ、そうだな。怪我が苦しくて会話大変なのかと思い、俺からは必要なこと以外はあまり話しかけないようにしていたのだが」
「お気遣いありがとうございます。では、私からもうひとつだけ聞いても?」
「あぁ、構わぬが」
誰かとたわいもない会話をすることが久しぶりで、楽しかった。
私はひとつだけ聞きたいと提案していたのだが、いつのまにかたくさん聞いてしまった。
ガルアラム様も色々なことを聞いてきたし、おあいこだ。
私にとって、久しぶりに生きていて居心地が良いと思えた時間だったのだ。
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