美少女Vtuberは42歳のおっさんです〜コラボの依頼が来たのだけれど、美少女受肉のご本人は本当に美少女でした。悩み相談を受けていたら告られてしまったよ〜

神伊 咲児

第1話 美少女Vチューバーは42歳のおっさんです

 源さんが倒れた。


 顔面蒼白。白目を剥いてピクピクと痙攣している。


「うううう………」


 彼は源太郎さん。

 私のルームメートだ。

 体重100キロを超える巨漢。

 年齢は私より1つ年下の41歳だが、その貫禄からさん付けが似つかわしい。


 私こと、居所 隆史は、源さんとルームシェアをして暮らしている。

 彼とは15年の付き合いになる。もう戦友と言ってもいいだろう。

 そんな彼が私の目の前で倒れたのだ。


「源さん! 大丈夫か!?」


「うう……」


 彼の横にはチョコアイスバーの空箱が転がっていた。


「あ、さては源さん、これを1日で空けたな!?」


「うぐう……」


「確か、お昼はラーメンと寿司とうどんとお好み焼きを食べていたよな? 炭水化物のオンパレードじゃないか!」


 そこに追い討ちをかけるチョコアイスバーだ。

 この箱には6本入りと書いてあるから、全部いっきにいったのだろう。

 まったく、医者に甘い物は控えるようにとあれほど注意をされていたのに。

 そうでなくても、40歳も超えれば健康には気を使うべきなんだ。

 細かい所に気を使わないのは、彼の長所ではあるが裏目に出ている。

 とにかく、


「救急車を呼ぶから頑張れ!」


 彼は市内の病院に搬送された。

 3時間後には意識を持ち直した。


「ははは。隆史氏。すまそ。しばらく入院することになった」


「えええ!?」


「2型だって」


「言わんこっちゃない!」


「ははは。もう少しで死んでいたそうだよ」


「何を呑気に言っているんだ。もう少し、自分の体を大事にしてくれよ戦友」


「ははは。本当にすまそ。隆史氏は命の恩人でござるよ」


「困った時はお互い様さ。じゃあ、部屋に帰って君の着替えを持ってくるよ」


「うむ。かたじけない」


 こうして私は源さんの部屋に戻った。

 私たちは家賃10万の部屋をシェアしている。

 互いの部屋には勝手に入らないのがマナーである。

 なので、彼が居ない時に彼の部屋に入るのは新鮮だ。


 入院で必要な物を用意する。

 そんな時である。

 彼のパソコンはモニターが点灯していた。


 そういえば、最近は張り切ってVtuberのアバターを作っていたな。

 確かリィカちゃんと言うんだったな。

 今日は初めて配信をすると言っていた。

 

 画面には可愛い女の子の絵が動く。

 彼女がリィカちゃんか。


 本名、リィカ・フランネイル


 緑色の美しい髪の毛。

 アイドルのような服装。

 キラキラ輝く大きな碧眼。


 ははは。これは可愛いな。

 

「プロフィールが書いているぞ……。年齢が16歳で……スリーサイズが上から90、52、83か。ははは。源さんらしいや」


 画面にはコメントが流れる。


『もしもーーし?』

『あれ? 釣り?』

『始まってない??』


 ん?

 なんだろうこのコメント?


 画面には今日の日付と配信時間があった。


「え? この時間ならもう過ぎているじゃないか。もう配信が始まっているのか」


 急いで源さんに電話する。

 しかし、出ない。


 やれやれ。寝ているかもしれんな。

 視聴者は5人か……。

 この人たちは源さんの作るキャラクターを楽しみにしていたんだな。


「よ、よし……」


 源さんから仕組みは聞いている。

 確か、このインカムで声が出るんだよな。

 喋ってみよう。


「あーー。あーー。てすてすーー」


 ふおおおおおお!

 私の声が美少女になっているぅうう!

 しかも、めちゃくちゃ可愛く変換されているぞ。

 

 コメント欄が動く。


『リィカちゃんキターー!』

『待たせおって』

『よろーーーー!』


 ははは。

 やっぱり待ってたんだな。

 確か、このカメラでリアルのモーションをトレースするんだ。

 数日前に源さんとテストしたからな。使い方はわかっている。


「えーーと……」


 電源をオンにして……。

 おお、リィカちゃんが私の動きに連動しているぞ。


『動いた! 可愛い』

『カワユス』

『うん。ありだ』


 ははは。

 なんだか照れるな。


 えーーと、


「ごめんなさい! 待たせてしまって!」


『大丈夫』

『どうせ機材のトラブルだろ?』

『あるあるだから』


 みんな優しいな。

 これは誠意を尽くさないと。


 私は大きく頭を下げた。


「みなさん。ごめんなさい」


『どうした?』

『そんなに謝らなくていいよ』

『気にすんなし( ´Д`)y』

 

 事情を話そう。

 製作者が入院して、代役が喋っていることを。

 そんな時。

 ふと、源さんの言葉が過ぎる。


「拙者はみんなに夢を与える仕事をしたいでござるよ」


 そうだ。

 これは源さんの夢だったんだ。

 今は私じゃない。リィカちゃんだ……。

 それに、わざわざ、中身が42歳のおっさんだとバラす必要がどこにあろうか?

 ……いやない!

 彼らの夢を壊す権利は私にはないんだ。

 折角、5人も集まってきてくれているんだ。

 誠意を尽くそうじゃないか。

 

 生配信は30分あった。

 私は出来る限り面白い話をしたりギャグを言ったりした。


「布団がふっとんだ!」


しぃーーーーん。


 ことごとく滑った。

 やはり、素人の1人喋りは難しい。

 その度に、


「ごめんなさい! つまらなかったですよね! 本当にごめんなさい!」


 と何度も頭を下げた。

 すると、画面のリィカは必死に頭を下げて謝罪する。


『可愛いから許す』

『おっぱい揺れてる』

『おっぱい、おっぱい』


 そうか。

 頭を下げると胸の谷間が強調されてしまうのか!


「は、恥ずかしいのであんまりみないでください」


『ヒャッハ。カワユス!』

『初々しい』

『嫌いじゃない』


「うう……」


 わ、私はおっさんなんだぞ。


 しかし、照れれば照れるほど、謝罪すればするほど、視聴者は喜んでくれるのだった。


 ああ、失敗だ。予想外のところでウケている。

 もう時間がないぞ。


「みなさん。今日は本当にごめんなさい。私の力量足らずは否めません。えっと、社会人の方、それから学生の方も明日はがんばってくださいね」


『リィカも頑張れ応援する』

『いい子すぐる』

『癒された。乙です』


 終わる頃には視聴者は10人に増えていた。

 でも、みんな優しい人ばかりで、素敵なコメントばかりくれるのだった。


 病院に着替えを持って行くと、源さんはスマホを観ていた。


「あ、なんだ。起きてたのか」


「隆史氏。リィカを動かしてくれてたんだな。今、動画を観てたんだよ」


「ああ、勝手にやってしまってすまないね。でも、なんていうか……。君の夢は壊したくなかったんだ。みんなの夢もね」


「……」


「君が退院すれば正式にリィカをやればいい。とりあえず私はその場繋ぎだからさ。コメントの反応は結構いい感じだったよ」


「……いけるよ」


「何が?」


「隆史氏は理想のリィカだ」


「え?」


「仕草が可愛すぎる……」


「おいおい。私はおっさんだぞ」


「それに声だ。君の声がボイスチェンジャーと相性が抜群にいいんだ。これは完璧に女の子がやってるように聞こえるよ」


「ははは。私の声は少し高い方だからな。でも、私は今日限りのだな──」


「やってくれ!!」


「はい?」


「君がリィカになってくれ!!」


「ええええええええええ!?」


 源さんは私に頭を下げた。 


「頼むでござる! 一生のお願いでござるよ隆史氏!」


「いや、しかし、私は42歳のおっさんなんだぞ? リィカちゃんは16歳の美少女だろう。キツすぎるって」


「いーーや! そんなことはないよ。今、Twitterの反応を見てるんだけどさ。反応の良い推しのツイートが10もリツイートされてるんだ!」


 10か……。

 それはバズっているといっても過言ではないな。

 私もTwitterはやっているが、いいねが3個つけば良い方だからな。


「拙者の為だと思って頼むでござる!」


「うう……」


 源さんのためなら仕方ないか。

 彼が早く退院できるように頑張るしかない。


 また、あれをやるのかぁ……。


 私の恥ずかしさをよそに、源さんは直ぐに生配信の用意した。


「みんなさん。よろしくお願いします。リィカです!」


 5回も配信をすると慣れてしまった。


「みんなーー。お疲れ様ーー。リィカでーーす! 今日は新曲聴いてくださーーい!」


 源さんは作曲もしていた。

 将来は総合プロデューサーになりたいらしい。

 病室にノートパソコンを置いてリィカをアップデートする。

 私の声を記録してそれをボーカロイドに歌わせることになった。

 よって、私は口パクでいい。

 歌に合わせて踊るだけである。

 

 しかし、ジャージで踊る姿は誰にも見られたくないな。

 

 いつの間にかチャンネル登録者は千人を超えていた。

 こうなってくると怖くなる。

 自分の仕草が千人にも見られているのだから。

 そろそろ引退を……。


「凄いでござるよ隆史氏! これなら視聴料が貰えるでござる!」


「か、金が貰えるのかい?」


「それに投げ銭を求めてもいいかもしれない」


「いや。それはできないよ。みんなは仕事や勉強で疲れているんだからさ」


「ふふふ。優しいなぁ。それが隆史氏の良い所でござるよ」


「揶揄うなよ。それにもう退院だろ? 私の出番は終わりさ」


「実はな。入院が長引きそうなんだ。他の症状を併発してるらしくてな」


「ええええ!? 大丈夫なのかい?」


「体より金の方が心配さ」


「金?」


「高額の入院費を払わなければならないんだ。切迫した状況でござるよ」


 そうか。

 彼は、普段はコンビニのバイトで生計を立てているんだ。

 今は収入源がゼロ。

 リィカが活動すれば彼の入院費が稼げるな。


「わかった……。続けてみるよ」


「恩に着るでござる」


 私はスーパーの食品売り場の主任をしている。

 と、いっても部下はパートのおばさん5人だけだ。

 昼間はスーパーの仕事を熟し、夜はリィカに扮装した。


 3ヶ月も経つと、チャンネル登録者は1万人を超えていた。

 投げ銭を入れても20万の収益になった。


「え? 半分くれる?」


「当然でござるよ。これは拙者と隆史氏の功績なのだから」


「しかし、入院費は10万では足らないだろう?」


「もっとリィカを活躍させれば儲かるなりよ!」


 ふーーむ。

 しかし、私もそれほど苦労はしていないんだよな。

 初めは恥ずかしかったが、ファンが喜んでくれるし……。


 昼間はスーパーの仕事をする。

 事務の合間に踊り練習。

 

「ドッキドキの部分は、こう肘を動かした方が可愛いよな……」


「何してるんです主任?」


「え!? あ!? な、なんでもないよ!」


「この納豆の箱はどこに置いたらいいんでしょうか?」


「あ、あっちにお願いします」


 うう。

 こんなおっさんがアイドルしてるなんて恥ずかしすぎるだろう。

 絶対にパートのおばちゃんには知られたくない。

 おばちゃんは噂話しが大好きだからな。

 私がVtuberをやってることが知られたら格好の笑い話だぞ。

 気を付けねば……。


 しかし……。

 仕事、早く終わらないかなぁ……。

 早くリィカになりたいよ。


 いつの間にか、リィカに変わることが快感になっていた。


「みんな元気ーー!? 今日も元気にしてあげるよぉおお! リィカと一緒にきゅんきゅんポーーーーン!」


 ああ、最高だ。

 リィカが動けばみんなが元気になる。

 幸せだなぁ。


 チャンネル登録者数2万人を超えると企業案件も入るようになった。


「リィカも飲んでるハッピー麦茶! みんなで飲もうハッピー麦茶!」


 私たちの収入は爆上がり。

 源さんは豪華な個室に移った。


 そんな時、コラボ要請があった。

 リィカのような美少女アバター。

 その名はアスミ・西園寺。

 富豪の娘という設定だ。

 黒髪ツインテール。

 瞳は青く、釣り上がっている。

 ゴスロリチックな風貌だ。

 相変わらずロリ巨乳である。

 みんなからはアスミンと呼ばれて親しまれている。

 まぁどうせ、中身はおっさんだろうけどね。


「リィカ! あたしと勝負しなさい!!」

 

「はわわわわ! アスミン怖い怖い!」


あたしが勝ったら変顔よ!」


「変顔なんていつでもやりますけど?」


「うっさいわね。あんたにはプライドがないの?」


「ないです」


 彼女との掛け合いはウケた。

 どうやら馬が合うらしい。

 登録者数は跳ね上がった。


 気がつけば毎回コラボするようになっていた。

 しかも、源さんのパソコンを通してやっていた打ち合わせを直接、私のスマホでやるようになった。


 アスミ役の人は礼儀正しいおっさんである。

 連絡は常に敬語だし、アスミのようにツンツンしたキャラではない。

 やはり、私と源さん同様、夢を売る仕事をしているのだろう。

 また、引きこもりでもあった。

 心が病んでいるおっさんである。

 名前もキャラと同じでアスミというらしい。

 家庭環境に問題があるらしく、色々と悩みを抱えているようだ。

 コラボの打ち合わせをしながら、プライベートの話まで聞くようになった。

 そして、


『直接会って話したいのですが……』


 とメッセージが入った。

 ふむ。

 まぁ、人の悩みを聞くのは慣れているからな。一度会ってスッキリさせてあげようか。


 彼の指定した喫茶店へと入る。

 

 さて、どんなおっさんだろうか?

 源さんのように太っちょかな?

 それともハゲているか?

 ふふふ。まぁ、引きこもりのおっさんだからな、一目見て陰キャな空気でわかるだろう。


 しかし、店を見渡しても該当するおっさんがいない。


 おかしいな?

 1人で座っているのが若い女の子しかいないぞ?

 

 その子は凄まじく可愛かった。

 年は10代半ばだろうか。

 黒髪でツインテール。真っ白なブラウスにミニスカート。

 肌の色は日の光で輝く雪のように真っ白だった。


 アイドルみたいだな……。

 というか、リアルアスミンだよ。ははは。まさかコスプレじゃあるまいし。


 彼女は私を見つめてこう言った。


「た、た、隆史さん……ですか?」


 はい?


「あ! は、初めまして。わ、私が明日美です」


 おっさんじゃないんかーーーーい!?


 対面して座る。

 彼女はソワソワしていたが、私だって落ち着かない。


 まいったな。

 親子みたいじゃないか。

 と、いうか、何を話せばいいんだろう。

 おばちゃんとは話し慣れているが、こんな若い女の子と話すのは初めてだぞ。

 私は、彼女いない歴=年齢。なんだよな。どうすればいい?


「イ、イメージどおりでした」


「え? 何が?」


「隆史さん……。優しそうな人」


 そんな風には自分では思わないが、


「私は驚いてます。まさか、本当にアスミンがいるなんて、思いもよらなかった。男だと思ってましたから」


「い、言ってませんでしたか?」


「はい。そんなつもりだったのかもしれないですね」


「す、すいません!」


「ははは。いいですよ。こうして会えましたしね」


「うう……」


 彼女は真っ赤な顔になっていた。


「……け、敬語はやめてよね」


 え?


「リィカらしくないわよ。そんな喋り方!」


「……ははは。驚いたな。アスミンの声がそのままだ。ボイスチェンジャーなしなんだな」


「えへへ……。あ、私は敬語を使いますよ。流石に年下ですから。でも、隆史さんは気を使わないでくださいね」


「ありがとう。じゃあそうさせてもらうよ」


「えへへ」


「明日美ちゃんと呼ばせてもらったら良いかな?」


「はい♡」


 そこからは話が弾んだ。


「アスミンのデザインは誰が作ったの?」


「全部自分で作ったんです。アバターも」


「へぇ。凄いね。私は源さんにやってもらっているからな。勉強したんだね。凄いよ」


「た、大したことはありません。引き篭りなので、時間があるんです」


 そんな風には見えないけどな。


「きょ、今日は思い切って外に出たんです。だ、だから人の目が気になって仕方ありませんよ。うう……」


「ははは……」


 そりゃあ、ここまで美少女だとな。

 今でも周囲の男は彼女をチラチラと見ているんだ。

 耳を澄ますと聞こえてくるよ。


「アイドルかな? めちゃくちゃ可愛んだけど?」

「あのおっさん、羨ましいなぁ」

「天使すぎる……」


 やれやれ。

 彼女といると嫌でも目立ってしまうな。


 話は彼女の家庭の事情へと踏み込んだ。


「母は私に暴力を振るうんです。言うことを聞かない悪い子だって……」


 毒親というやつか。

 

 私は彼女の話しをただ黙って聞いていた。

 きっと、解決策はない。だから、私にできる努力と言えば聞いてあげることくらいなんだ。


 気がつけば2時間も喋っていた。


「い、いけない! もうこんな時間」


「だね。盛り上がっちゃったかな」


「私ばかりペラペラと。ごめんなさい。暗い話しばかりして」


「いや。大丈夫。気にしないで」


「うう……。隆史さん、優しすぎです」


「色々、辛いことがあると思うけどさ。私は聞くくらいしかできないんだ」


「……私の話を聞いてくれるのは……。隆史さんだけです」


 元気付けてあげたいな……。

 そうだ!


「お腹、空かない?」


「あはは。そういえばペコペコです。ここで何か食べますか?」


「折角、出会ったんだし、美味い物を食べようよ」


 と、言っても、私は女の子をデートに誘えるようなオシャレな店を知らないんだよな。

 まぁ、気取る間でもないし、おっさんはおっさんらしくいこう。


「ラーメンとか好き?」


「あ! 大好きです!」


「じゃあ、行こうか。この辺にとびきり美味い店があるんだ」


「えーー! 行きたいです!」


「ご馳走してあげるよ」


「えーー! そんな! 悪いです!」


「気にしないでよ。アスミンを元気付けるのはリィカの役目だからさ」


「隆史さん……♡」


 こうして、私は彼女と美味しいラーメンを食べた。


 そんなことがあってから、明日美ちゃんからは度々、会いたいと言われるようになってしまった。

 その度に、おっさん御用達の美味い店に連れて行くのだが、いいのだろうか?

 もっとオシャレな店がいいと思うのだが……。


「ふふ。さっきの居酒屋、汚いけど料理が美味しかったですね!」


 彼女は大満足のご様子。もう、私と腕まで組んでしまう始末だ。


「私、隆史さんとならどこに行っても楽しいです♡」


 そうして、プライベートで交流しながらも、Vtuberの方はコラボが進んだ。

 反応は上々。互いのチャンネル登録者は倍以上に膨れ上がる。

 いつもは遠隔でコラボをしているのだが、


「隆史さん。一度、リアルでコラボしませんか?」


「え?」


 それってつまり、同じ部屋で撮影するということか。


「私の家は母がいるので無理なんです……なのでぇ」


 じぃーーーー。


 いや、上目使いで見られても。


「わ、私の家に来るつもりかい?」


「ダメですか?」


「いや。その……。源さんは入院中でね。私は一人暮らしなんだよ」


「えへへ。大丈夫ですよ」


「あ、いや……」


 男の部屋に、若い女が来るのはまずいだろう。

 

「ねぇ隆史さん! お願いします。やりましょうよ!」


「し、しかし……」


「一緒のカメラに映ったら楽しいですってぇ」


 確かに、それは絶対に楽しいやつだ。


「ねぇーー。やりましょうよぉおお!」


「し、しかしだなぁ……」


「ねぇーー。ねぇーー!」


「うう」


「たーーかーーしーーさーーん!」


 根負けした。

 まぁ、私がしっかりしていればいいだけだな。

 というか、私は度胸のない男だ。

 5年前になるか……。源さんと童貞を捨てようとして風俗街に行ったことがあったんだよな。

 それで、2人とも店を素通りして帰ってきてしまった。

 結局、素人もプロでも、奥手なんだ。

 こんな私だからな。間違いなんて起こりはしない。その辺は安心してもらっていいだろう。

 

 そんなわけで、コラボ当日の日が来た。

 彼女はいつも以上にオシャレな服装である。


「うわぁ。素敵なマンションですねぇ!」


 必死で掃除したんだ。

 異性を上げるなんて初めてだからな。


 私たちは1台のカメラで撮影しながら生配信をした。

 視聴者数は3万人を超えている。

 コラボは大盛り上がり、そうして、アスミンの締めの言葉を待つだけとなった。

 生配信が終わるわずか数分。くだらないギャグを言って終わるのがいつものパターンなんだ。


「それじゃあアスミン! いつものしょうもないお言葉をどぞ!」


 ふふふ。

 これは最高の振りなんだ。

 しょうもなくないわよ! という彼女のツッコミが入って大爆笑なんだ。

 ……が、あれ?


「……みんなに聞いて欲しいことがあるの」


 と、横にいる明日美ちゃんは声のトーンを沈めた。


 え? やけに神妙だな。

 打ち合わせにないが?

 何か、面白いことを言うのかな?

 あ、そうだ! きっと、そうに決まっている!

 ふふふ。どんな爆笑ギャグなんだろう?

 笑い転げる準備をしておこう。




「私……。リィカちゃんのことが好きなの」




 はい?


 コメントは大荒れだ。

 明日美ちゃんの顔を見ると真っ赤だった。


 いやいや。

 明日美ちゃん、何を言っているんだ!?



「私ね……。たか……、じゃなかった。リィカちゃんのことが好きなの」



 おいおいおーーい。

 これはあれか、ギャグなのか?



「だから、今からキスします」



 いやいやいやいやいやいや。


「ちょ、アスミン! 私にそっちの趣味はないです!」


 と言うリィカの慌てぶりは、私のモーションと連動している。

 明日美ちゃんは私の頬を掴んだ。


「たか……。リィカちゃん。好きです」


「いやいやいや! アスミン! ダメです! 本当にダメ!」


 しかし、私の体は離れようとしなかった。

 度重なる配信で、カメラの画角から体が外れないように癖ついてしまっているのである。

 加えて、今は配信中。心の中はリィカちゃんなのだ。


「ダ、ダメです! ダメダメ!」


 ゆっくりと明日美ちゃんの顔が近づいてくる。

 そして……。



ちゅ……。



 互いの唇が触れる。


 あ……。

 柔らかい。


『百合展開キターー!』

『待ってたーー!』

『♪───O(≧∇≦)O────♪』

『誰得www』

『尊い』


 コメントは錯綜。同時に配信は終了した。


「ちょ、明日美ちゃん。何やってんの!? ジョークにもほどがあるでしょう!」


「ジョークじゃありません!」


「え!?」


「私、本気です! 隆史さんの恋人に立候補します!」


「えええええええええ!?」


 いやいやいやいや!


「年齢考えてよ! 私たちは親子ほどに離れているんだよ!?」


「そういうのナンセンスです」


「一般論だよ!」


「……嫌、ですか?」


 嫌じゃない……。

 嫌じゃないけど……困るだろ。


 彼女は私に抱きついた。


「このまま、泊まってもいいです……」


「いや。流石にそれはダメだ」


「ええ! 冷たい!!」


「まずはゆっくり話し合おうね」


「んもう! 隆史さんったらぁ!」


 なんとかその場は落ち着かせる。

 興奮する彼女を宥めて帰ってもらった。


 ああ、どうすればいいんだろうか?

 とりあえず、源さんに相談してみようか。


 次の日。

 

「ありですぞーー! 隆史氏ぃいい! 百合展開は尊いですぞぉお!」


「あ、いや……」


「計算はバッチリでござるよ! あの展開なら新たなファンが獲得できるでござるよぉ!」


「……だ、だな。ははは」


 い、言えない。

 美少女にガチ告白されたなんて相談できないぞ。

 私たちは童貞を共有してきた戦友だからな。

 1人だけ抜け駆けしているようで、とても言える事案ではない。


「あ、それとだな。隆史氏。拙者、新しいマンションを借りたから。退院したらそこに住むでござるわ」


 え?


「なんで!?」


「お陰様で収入は安定してるでござるよ。もうルームシェアをする必要もなかろうて」


「そ、それはそうだが……」


「今回の入院でわかったが、我らの友情は離れていても健在でござるよ。互いに違う場所に住んでいても心は一つ。これからはリィカを動かすビジネスパートナーになればいいんでござるよ」


「な、なるほど……」


「それに、おっさんが同居人では女も連れ込めないでござるよぉ。ぐふふ」


「え? 源さんは良い人がいるのか?」


「冗談に決まっているでござろう戦友! あの日の夜のことを忘れたわけではなかろうて。だっはっはっはっ!」


 そうなんだ。

 私たちは奥手すぎて風俗すら行けないヘタレなんだよな。


「別居しても互いにボッチは決定でござるよぉ。ははは」


「はははは」


 言えぬ……。


 源さんは退院して直ぐに引っ越して行った。

 15年の同居生活が嘘のようにあっさりである。


 彼の居た部屋は空室になっていた。

 別に、ベタベタとした関係ではなかったが、扉1枚を隔てて彼がいる空間は居心地が良かった。

 懐かしいよ。耳を澄ますと聞こえてくるんだ。ふふふ。扉の向こうからカタカタとゲームのコントローラーの音がね。

 それで、共有部屋のリビングで顔を合わすと「よ!」と気軽に挨拶をしてくれるんだ。

 彼はいつも笑顔で機嫌のいい男だったよ。


「ぐす……」


 ははは。

 おっさんが涙ぐんでるや。情けない。

 別に仲違いしたわけじゃないのにな。


 スマホに源さんからのメッセージが入った。


『ぬはは。意外と寂しいもんだな戦友。思わず泣いてしまったぞい』


 ふふふ。

 あいつも一緒か。


 ああ、今日はなんだか酒を飲みたい気分だな。


 などと思っていると、


ピンポーーーーーン!


 インターホンが鳴り響く。

 扉を開けると明日美ちゃんだった。


「このマンションって、学校が近いんですよ」


「そうなんだ」


「それに私の母は毒親です」


「う、うん……」


「自立できるなら離れて暮らした方がいいと思いません?」


「だ、だね」


「16歳の女の子が一人暮らしをするのって危ないでしょ?」


「う、うん」


「丁度、源さんがいなくなりましたね」


「だね……」


「明日、引っ越そうと思うんですけど、ダメですか?」


「はい?」


「あ、ですから、隆史さんと一緒に住むんです」


「え?」


「ふふふ。ルームシェアしましょ♡」


「ええええええええええええええええ!?」


 私の声はマンションに轟く。


 彼女は推しが強くて、結局、一緒に住むことになってしまった。


 うう。

 いいのだろうか?

 折角、源さんが退院したというのに、一難去ってまた一難だよ。


 まぁ、いい。

 ここは理性で乗り切るしかありません。


 彼女は私を抱きしめた。


「よろしくね。隆史さん♡」



 おしまい。

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