二日目
そんな不可思議な出来事の翌日。
あの時の声は決して空耳などではない、自分ではその確信を持ちながら誰に話しても信じてもらえない。そんな矛盾のような、どこかもやもやしたものを朝の私は抱えていた。
そのもやもやしたものが、まさか夜に晴れることになるとはこの時は全く思ってもみなかった。
出張二日目のこの日。
私の地元のとある企業が取引先各社を呼んでパーティーを行うため、予め課長から参加するように言われていた私は、お昼過ぎに先輩と別れて単身地元へと移動をした。
パーティーには課長と私。そして親会社の社員の方々も数名参加しており、新入社員であり嗜む程度にはお酒が飲める私は当然のように二次会へと連行されることとなった。
また話が逸れてしまい申し訳ないが、私の地元の話を少しさせてもらうと、中心街の夜には様々な人たちが路上にいた。
アコースティックギター一本で歌う人。絵や書を披露する人。動けなくなった酔っ払い。時々見かけた大道芸の人に、夜のお店のキャッチ。
そして人相や手相の占い師。都会でも見られるような、少し栄えた場所ではよくあるような夜の光景が地元の中心街でも見ることができた。
二日目のこの日も平日。親会社の人たちも私たちも翌日が仕事であったため、さすがに二次会まででお開きとなり、課長と私は宿泊先のホテルへと向かっていた。
やれ、お酌だ。灰皿の中の煙草の本数などへ意識を配り、気を張って全然酔えなかった私とは対照的に、親会社とはいえ、ある程度気心知れた人たちと酌み交わしていた課長は顔を真っ赤にしながら、上機嫌で夜の街を歩いていた。
パーティーそして二次会の行われた中心街の路上には少し話をさせてもらったように、夜になると様々な人たちがいる。
初秋とはいえ、地元はまだ夏の蒸し暑さがむわりと残っているような夜であった。
隣を上機嫌で歩いていた課長の足がふと止まった。
課長の視線の先。そこには路上の手相占い師がいた。
あの時、課長は何を思ったのだろう。
「一条。せっかくだから手相観てもらえ」
ただお酒が入っていた勢いなだけだったかもしれないが、課長のこの一言がなければ私のもやもやは今でも残っていたかもしれない。
もしこの時、私のお財布の中身が危なければ。おそらくそれを理由に課長の言葉を断っていたに違いない。
二泊三日の出張であり、お財布の中身もある程度余裕を持たせていたため、課長の言葉に従って私は手相を観てもらうことになったのであった。
「よろしくお願いします」
一言声をかけて、占い師へ両手を差し出す。
占い師の方は差し出した私の両手を少し観て、そしてこう言った。
「あなた、神様とかご先祖様とか目に見えない方たちにとても守って頂いているんですね。」
次の言葉を言われるまで、占いでよくある話の切り出し方と思っていた。
「これまで何か危ないときとか助けが入るような、そんなことはありませんでしたか?」
占い師から言われた内容。それは身に覚えしかなかった。
幼少期にあったとある出来事。
そして。
出張一日目の昨日の出来事。他人からすると空耳、気のせいとしか思われないだろう、私へ警告をしてくれた女性の声。
あれは決して嘘ではなく本当にあったことと、謎の確信を持っていたその理由を、占い師の口から言われたような気がした。
「えー、あー、そうなんですね」
前日にあった出来事を思い出し、返す言葉がふわふわしたものになる私へ、一緒に結果を聞いてた課長が口を出した。
「何?何か一条には思い当たることでもあったのか?」
「実は昨日、こんなことが……」
居眠り運転をしかけたことを怒られるだろうし、信じてもらえないんだろうなと思いつつ、課長へ一日目にあった出来事を話すことにした。
課長は居眠り運転をしかけたことには上長として一言注意をしたものの、出来事自体は疑うことなく信じてくれたのであった。
意外だった。
現実主義者とばかり思っていた課長にも、本来この話をするつもりは一切なかった。
たまたま占いで観てもらっている流れで話をしたものの、空耳や気のせい扱いをされるとばかり思っていたのだ。
お酒が入っていた頭で聞いていたからかもしれないし、私が勝手に現実主義と思っていただけだったかもしれない。
課長も私もこれ以降この話をしたことはないし、今はお互い転職をして会うことはなくなってしまったから、この時に課長がどう思っていたかは知ることはできない。
占い師の方は重ねてこう聞いてきた。
「お客さん、普段から神社やお寺。あとお墓参りにもよく行かれていたでしょう」
私は首肯した。
元々歴史好きなのと寺社仏閣の空気感が好きなのもあり、地元にいた時は図書館に行く際に少し先の神社へ行っていた。就職して一人で旅行する機会を得た当時は、旅行先の寺社仏閣へも足を運ぶようになっていたのであった。
墓参りなんて、実家にいた際は自転車で十分するかしないかの距離にあり、年末年始や春の彼岸。お盆に秋の彼岸など時々掃除と手を合わせに行っていたからだ。
もっとも、墓参りに行く際は同居の祖父母の行動時間にあわせて朝六時過ぎから準備をしないといけなかったので、朝が大の苦手な私にとっては少し嫌々で行っていた部分もあった。
そのくせ、家の仏間へは夜に入り込んで静かな部屋で何をするでもなく、ただぼんやりとするのが好きだった。
「あなたはご経験されたように、目に見えない存在に守って頂いているようです。これまでも神社など行かれていたみたいなので、是非行けるときは今後も行かれてください。」
そして一番大事なこと、と占い師が前置きをした。
「ご実家に帰られる際、時間があればお墓参りもされてください。ご先祖様が一番守ってくださっているのでね。お墓参りが難しいようであればご実家にあるお仏壇へ手を合わせるだけでもいいから。これが一番大事なことです」
その後の内容は正直覚えていない。
一番大事だと言われたアドバイスをもらって終わったかもしれないし、他にも何か言われていたかもしれない。
あまりにもそれまでに言われた内容と一日目の出来事の絡まりあいが強くて、ここに綴った言葉しか覚えていなかった。
自分では酔っていないと思っていたが、もしかしたらあの時に多少はお酒がまわっていたのかもしれない。
ホテルへ着いて課長と解散し、三日目の朝に再び先輩と合流。予定をこなして出張は終わった。
三日目については特に何もない、いつもの出張であったためここでは省かせてもらいたい。
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