第3話 【剣王竜】襲来
その帆船は本来ならこの時間に来るモノではなかった。
往来の多い『ウィンド』の港では入港を待つ船も多い。沖合にはその順番待ちに何日も滞在することは珍しく無かった。しかし――
「空挺部隊! 二番港にガレオン級の船が接近!」
速度を増す制御不能の帆船に追走するのは、空挺警備隊である。沿内の進入と入港警備も彼らの管轄であり、不当に接近する帆船を警戒するのが仕事だ。
「風を逆風にせよ! 一番艇! 甲板に船に降りる! 四番港に舵を切る!」
空挺の一機が帆船に近づくと、数人の警備隊員が降下。部隊長が甲板の操舵を握り、数人の部下が帆の位置を調整。
そのタイミングで、他の空挺部隊による『風の魔法石』を集合発動。正面からぶつける様な突風が帆船へ向けられ、速度は急速に減速を始める。
「総員! 衝撃に備えろ!」
それでも勢いを完全に止める事は出来ない。船体は横向きに滑るように移動しつつ四番港に横付けをする形で激突する。
衝撃により、四番港に乗り上げる様に横向きに傾き、轟音を響かせて停止した。
「…………全員、無事か?」
「こっちは大丈夫です」
舵を握って衝撃に備えた隊長は、帆の制御に回った部下が全員無事であることを確認する。
「ふー大惨事は間逃れたか」
しばらく、四番港は閉鎖になる事を上に報告せねばと隊長は考えた。
「…………」
久しぶりに人の手が入った料理を満喫していると、フェニキアさんがふと本から目を反らした。
「どうしました?」
「……セル君」
「……お願いがあるの」
「良いですよ」
返しきれない貸しを作ってる気がするが、少しずつ返済するつもりで頼み事は聞いていこう。
その時、店が揺れる程の轟音が響く。
「な、なんだ!?」
「わっ!? いまの何!?」
「ふむ……」
「……」
フェニキアさんとマスターは平然としているが、僕とメイドさんは素直に驚いた。
「セル君……何があったか……見てきて」
四番港に横付けする形で激突したガレオン船では空挺部隊による封鎖と野次馬が集まり、別の賑わいを見せていた。
そんな中、部隊長は船内へ入ると複数の部下と共に事故の原因を調べていた。
「ヒトの気配が無いな」
光の魔法石を利用したライトで暗い船内を手分けして進みながら、何故このような事態になったのかを探る。
「操舵も無しで突っ込んで来ましたよね?」
「この船は『風の魔法石』を粉末にして船体の材木に組み込んだ最新型だ。直進程度ならば自らで風を起こして進める」
「初めて聞きましたよ」
「まだ、三隻しか造られないからな。『風の魔法石』も大量に使うし、膨大な魔力が無ければ船体を動かす程の風も作れない」
欠陥も改善点も多い最新型であるが、自らで風を生み、いつでも直進出来ると言う能力は船乗りとしては破格の性能だろう。
「だが、人員は極端に少なく出来る。その内、大陸間を客だけ乗せて運べる時代が来るかもな」
「造船協会も日々進化してますね」
「“シャムール”が珍しく投資した案件らしいが実際の価格だとガレオン船の10倍以上の値になるそうだ」
「宝石が帆を張って海を進む時代ですか」
今、自分達はこの世で最も高価な船に居ると思うと、なんだか萎縮してしまう。
その時、通路の奥から気配を感じた。
「隊長」
「……誰か居るか!?」
ごそごそと蠢く気配。声をかけるも返答はない。
隊長は狭い通路故に単刀を抜くと、灯りを前に飛び出すモノに備える。
その時だった。他を調べていた部下から危機を伝える角笛が船体に響く。
何があった……?
「た、隊長!」
隊長は部下に言われて正面に意識を戻すと、音の正体が正面から現れた。
鱗に牙。前屈みで二足歩行する様は走破に特化していると判る。鋭利な爪と尻尾は適当に泳がせて居るだけで容易く周囲の木材を刻む。それは――
「【剣王竜】!!?」
その幼体は隊長と部下に襲いかかった。
「うわぁ……船が激突してる……」
僕はとりあえず出された料理を平らげると、食事を続けるよりも先にフェニキアさんの頼み事を済ませるべく、騒がしい港へ足を運んだ。
そこでは、見上げる程に巨大な船が港へ倒れるように停止している。物見な感覚で人も集まっていて、それを警備の人が抑制してる。
「さっきの音の正体はコレか。こっちまで揺れたもんなぁ」
「これって最新型のガレオン船ですよね! 事故の原因は何なんですかぁ!?」
すると、近くで取材のように警備の人に詰め寄ってる女の子が居た。
「それは調査中だ。それに、何か判ったとしても混乱を避けるために『ラインラード』だけには情報を流すなと上から言われている」
「そんなケチくさいこと言わずに教えてくださいよぉ~」
「この船は“シャムール”が投資をしてる案件だ。機嫌を損ねれば街全体の機能を失う可能性があるんだぞ? 一介の新聞記者はソレを理解してるのか?」
「ちぇ」
シャムールって……フェニキアさんの事だよなぁ。風車の所有者と言うだけでなく、地位もかなり高い方らしい。
船とは別の情報を知れた僕は新聞記者の女の子と目が合った。すると、タタタタとこっちに走ってくる。
「こんにちは! ラインラード新聞記者のリオと申します! この事故に関しての感想をどうぞ!」
「あ、どうも……セルです。と言っても僕は今日この街に来たばかりでして」
「ややや! そっち方面ですか! なら、街の感想の方を聞きましょう!」
リオさんは見た目は二十歳は行ってないだろう。良く喋る、元気印な印象。
「セルさんは誰の招待でこの『ウィンド』に――」
その時、船から何かが飛び降りた。ドチャッと着地したソレは返り血を浴び、集まる野次馬を確認する様に視線を巡らせる。
当然、場に居る者達も全員がソレを見た。僕とリオさんも含めて。
「ド、ドラゴンだぁぁ!!」
驚くリオさんとは別で誰かが【剣王竜】の姿を見て叫んだ。
悲鳴を上げて場は一瞬で混沌と化す。
「騒がしいなぁ」
リトゥはカフェの窓から悲鳴の聞こえた方を覗き込む。
そんなただならぬ気配を異に返さず、フェニキアは本を捲る。
「……ファーガス」
「困ったものですな」
「どうしました?」
何かに気づいた二人は短い言葉である事を疎通する。
「リトゥさん」
「はい、マスター」
「お使いをお願いします」
「どこへ?」
「管理局総監グレース様の所です。『音の魔法石』を使ってる者を追う様にと」
【剣王竜】の幼体は逃げ惑う人々をじっと品定めしていたかと思うと僕の方向へ駆け出してきた。
「うわぁぁぁ!!?」
標的にされたと感じた人々は我先にと押し寄せる。しかし、ソレよりも【剣王竜】の速度は圧倒的に速い。
「ま、待て! 止ま――」
【剣王竜】の幼体は、立ち塞がった警備の人を息をする様に爪で切り裂くと、逃げ惑う人々の最後尾へ追い付いた。
そこから肉を掻き分ける様に【剣王竜】は爪と刃尾を使って目の前の人を切り裂いて行く。
「なんだ……」
他が混乱する中、僕は違和感を覚えていた。これは何かが――
「――音」
微かな違和感。それはアイツの魔力――
「あっ……」
逃げる人々を切り裂いて最短距離でリオさんの前に来た【剣王竜】は彼女もその他大勢として始末しようと刃尾を振るい――
「リオさん!」
ハッと我に返った僕は咄嗟に彼女を突き飛ばした。
それは僕のミスだ。リオさんは救えたが、代わりに僕は片腕を切り落とされる。
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