第2話 彼女の資産

「あー、全員、聞こえるかぁ?」


 ベリウスは自らで仕留めた獲物の上に座りつつ、魔法で周囲で戦ってる面々と連絡を取る。


『戦闘中! 話っし! かけんな!!』

『仕留めました。幼体でしたが』

『燃える! 燃えるぜぇ! コイツは最高に俺を熱くしてくれたぁ!!』

「おー、ファル、カイラム。ステファニーの援護に行ってやれ」

『了解』

『ッシャァァァ! 待ってろよ!』


 恐らく、ファルとカイラムが仕留めたのは子供で、ステファニーが遭遇したのは成体だ。


「流石、と言わせてもらいます」

「まぁ、ジィさんの依頼だしなぁ? グッハッハ。コイツの素材も欲しくてよ」


 ベリウスを見上げる様に話しかけるのは眼鏡をかけた女――レイニード。彼女はある人物からの指示を受けてベリウスに依頼を持ちかけた。


「それにしても……凄まじいモノです。『業魔』とは、ここまで実力をドラゴンへ近づけるモノなのですか?」


 レイニードはベリウスの座る【剣王竜】の親個体の死体を見ながら感嘆した。


 ドラゴンの中でも、並みならぬ攻撃性を持つ【剣王竜】は他のドラゴンをも容易く仕留める。二足の機動力に加えて刃の様に鋭い尻尾と爪、背びれによる多彩な斬撃武器を駆使して対象を刻む。特に経験を積んだ個体は一騎当千。ヒトが討伐するには専用の砦が必要になる程のドラゴンでもあった。


「魔法とヒトの持つ“業”の融合だ。お前も欲しいなら教えてやろうか?」

「遠慮しておきます。私にドラゴンを倒す予定は無いので」

「ま、普通はそうだわな」


 グッハッハ、とベリウスはフードの奥で笑う。


「それに、今回はフルメンバーじゃないしな」

「そうなのですか?」

「隊を離れてるヤツが三人。その中の一人はエースだ。【七界】を単独で仕留める器でもある」

「……今、戦闘中の部下達では役不足と?」

「現段階での話だよ。アイツらもヒトを越える素質はある。だがセルヴェスは他よりも段飛ばしに実力をつけた。目標があるって良いよなぁ?」

「狂気染みてますね」

「おいおい。オレは【狂王】だぜ? それは褒め言葉だよ」


 パカッと口を開けてベリウスは笑う。


「マトモでドラゴンは討てねぇよ。お前らは防衛拠点をこさえて雑魚を狩ってな。攻めはオレ達がやる」


 そう言うとベリウスは最も自分に近い弟子の事を思い出すと再び笑った。


「さて、アイツは部隊に戻るまでに何匹仕留めるかな?」

『終わったわよ』


 すると、戦いを終えた様をベリウスは“拾う”。


「及第点だぜ。もっと『業魔』を強くしなきゃなぁ?」

『うっさいわね。アタシの『業魔』は【剣王竜】と相性が悪いのよ』

『お前もまた、強者だったぜぇぇ!!』

『隊長。一つ気になる事があります』

「どうした? ファル」

『卵の数と幼体の数が合いません。二匹、仕留め損なってます』

「周囲にはオレが殺ったコイツとお前らの仕留めた奴しかいねぇな」


 ベリウスは即座に周囲の成体反応を能力で探るものの、他の個体は確認できない。


『子供が親の元を離れるとは思えません』

「あー、わかった。お前らは引き上げろ」

『了解』

「どうしましたか?」


 レイニードは【剣王竜】の死体から降りるベリウスに問う。


「討伐した【剣王竜】をさっさと回収してくれ」

「回収班をすぐに向かわせます」


 女は角笛を吹くと遠くで待機している回収班に討伐完了を知らせた。


「相変わらず悪戯が過ぎるぜ。【音界龍】」






 風を生む港街『ウィンド』へ一隻の帆船が向かっていた。

 しかし、風を受けて進む船には誰も乗っていない。それどころか、惨劇があったかの様に至る所に血が飛び散っていた。

 誰も制御しない帆船は速度をそのままに『ウィンドへ』――






「ホント、久しぶりにスッキリしました。ありがとうございます」


 僕は正直な所、驚いていた。

 今までいくつもの街を旅してきたが、湯を維持する桶や、服の汚れを落として即座に乾燥させる箱など『天空帝都』以外には見たことがなかったからだ。


「セル様。次からはなるべく清潔感を保つようにお願い致します」

「帰りましたよ。食材はこんなモノで良いですか?」


 メイドさんも戻っていた。彼女は片手で食材が満載された木箱を軽々と持ち上げの帰還中である。


「……」

「あら♪ どうされましたか?」

「あ、いや……パワーおかしいと思って……」

「メイドの嗜みです♪ それよりもご主人様、まだ帰られて無かったのですね♪」


 さらっと毒を吐いてくるメイドさんに僕は困った笑いを向けて応じた。


「……セル君」


 すると、席に座って本を読みながら彼女が呼ぶ。


「……もうすぐ、料理くるよ」

「あ、はーい。いやぁ、楽しみだなぁ。お腹ペコペコで」

「チッ」


 本日二度目の追い出し損ねたメイドさんの舌打ちから逃げるように僕は彼女と向かい合う席へ。


「……」


 彼女は相変わらず本を読んでいる。まぁ……弾むような会話を持っていない身としては、彼女の放置精神は逆に助かったりもするが……


「フェニキアさん」

「……何?」


 パラッと頁をめくる。


「助けてもらってありがとうございます。僕一人じゃ、街にも入れなかったと思いますから」

「……そう」


 うぅ……会話が続かない。やはり、世間話よりも――


「そう言えば、フェニキアさんってこの街だと結構名のある方ですか? 門番の人も畏まっていましたし」

「…………」

「あの……フェニキアさん?」

「無駄ですよ。お嬢様は興味ないこと以外は会話しませんから」


 メイドさんが僕への料理を持ってきて、ガシャンッと目の前に置く。


「お嬢様♪ ケーキです♪」

「……ありがと」


 フェニキアさんにはコト、と丁寧に置と彼女の代わりにメイドさんが説明を始めた。


「外の人でもこの街の風車のコトくらいは知ってるでしょ?」

「はい。あの風車は『風の魔法石』を生み出しているんですよね?」


 それが『ウィンド』で生産される唯一無二のアイテムだった。

 魔法石は自然界のエレメントを魔力で濃縮する事で石になり、それを使うことでエレメントを好きな時に使用する事が出来る。

 しかし、風の魔法石だけは『ウィンド』でしか発生せず、その生成を担っているのが3機の風車だった。


「あの風車1機が生み出す利益はひと月で『ウィンド』全体の利益の1割を占めるの」

「それは凄いですね」


 『ウィンド』内でも『風の魔法石』を使った物は多々確認している。更に外にも輸出しているとなると月々の利益は莫大なモノだ。


「あれ、3機ともお嬢様の所有物だから」

「…………」


 どうやら、思った以上の大物さんの懐に僕は拾われたらしい。


「だから、下手にお嬢様の機嫌を損ねると……コロっと沈められちゃうかもね」

「そうなんだ……」


 それ程の資産を持つゆえに彼女は『ウィンド』では出来ない事はないらしい。


「…………」


 当人は相変わらずコーヒーを数口飲んだだけで本に没頭しているけれど。

 まぁとにかく――


「いただきます」


 出された物はきちんと食べるのは失礼に値しないだろう。

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