第1話 港街ウィンド

 僕の名前はセル・ラウト。世界を旅する旅人です。

 

 旅の道中、ちょっとした地面の割れ目から穴に落ちた僕はそのまま地底世界を歩く事になった。

 そこに巣くう、数多の魔物たちとの戦い。最後に巨大な洞窟虫との死闘を越えて太陽の光を拝んだ時は正直、涙が出た。


 安堵すると次に襲ってきたのは空腹だった。

 地底世界での冒険で食料を使い果たしたが、距離的には落ちた割れ目から出口までは数メートルしか距離は稼げていなかった。


 それでも次の街までは七割来ていた事もあり、戻るよりも進む方が懸命だと判断。夜露よつゆや食べられる草などを口に入れて、ふらふらになりながらも進み、何とか潮の匂いが感じとれる距離まできた。


 しかし、その時点で五日も何も食べていなかった。『徘徊死体ゾンビ』の様に歩いていた所、唄が聞こえて、本能的に人を求めてそっちへ。

 茂みを抜けると、一人の女性がこちらを見ていた。彼女を見つけた時は本当に感動した。人だ! 人だよぉ……って。

 無表情の半眼を向けられているが、僕の心から出た必死の言葉は、


「食べ物を……分けてください……」


 だった。彼女はマフィンをくれた。






 港街ウィンドは、町ではなく一つの都市だった。三つの巨大な風車は街の象徴であり、同時に大きなエネルギーを街へ配っている。

 ウィンドは大陸の窓口の一つとも言われる要所で、様々な交易が毎日のように行われており、日々お祭り騒ぎのように人波は絶えない。

 世界各国から集まる品々を買い求めて、外からも多くの人々が来訪し、今も発展を続けている。


「止まりなさい」


 故に出入りも厳重に警備されている。街の治安を管理する自警団『ウォンテッド』はウィンドで権力を持つ者たちが組み上げた代物であった。


「ウィンドに入るには商人ギルドの交通手形か、関係者の招待、その他の場合は入都手続きが必要だ」


 旅団や大きな荷を通過させる大門と、人を通過させる事が目的の小門。

 僕と彼女は小門の長蛇の列に並び、順番が来たかと思ったら自警団の人に止められた。


「入るのに制限があるんですか? 王都でもないのに?」


 彼女のマフィンで少し空腹が満たされた僕は少し余裕を持って言葉を出せた。

 今まで立ち寄った町や村、王都でさえもここまで厳重な事はなかったからである。


「ウィンドは交易の街。多くが管理下にある。人も例外ではない」


 確かにここまで大きな街だ。それなりの発展をしていくには規則は必要なのだろう。しかし、ソレを差し引いてもウィンドの警備は異常だ。

 それだけ、治安に気を使っていると見れば良いのかもしれないが、大自然を歩いて来た身としては住み難くそうだと感じる。


 僕がそう思っていると彼女が腰のポーチから一つの紋章を取り出した。


「……これでいい?」

「――! し、失礼しました!」


 急に自警団の人が紋章を見て途端に畏まった。なるほど。僕は運良く街の有権者のお供になれたらしい。

 すると、自警団の人が腰を低く彼女に問う。


「一つ、確認をよろしいでしょうか?」

「……なに?」

「彼は……貴女様とどの様な関係で?」

「……何でもするらしい」

「え?」

「だから……拾った」

「……」


 自警団の人は無言で僕を見る。何ですか? 五日も何も食べてなかったんです。プライドなんてありませんよ?


「……まだある?」

「い、いえ! どうぞ!」


 と、道を譲ってくれたので僕も軽く会釈して彼女の後に続いた。

 門を抜けると途端に人の声が大きく、地面を踏みしめる雑踏が絶え間なく耳に入ってきた。

 視界を埋め尽くす人。ガラガラと走る馬車。大自然とは違う、人工的な“圧倒”に思わず立ち尽くす。

 特に眼を引いたのは、空の交通量だった。


「風の魔法石……」


 宙を様々な乗り物が浮き、都市の至るところへ飛行している。そんな乗り物には見える所に緑色の魔法石を所持していた。


「ようこそ。港街ウィンドへ」


 彼女は感情の無い声でそう言って歩き出したので、僕は慌てて続いた。






 僅かに補給したエネルギーが再び底を尽き、フラついた所で彼女の足が止まった。


「ここ」


 場所は大通りから外れた路地にある、小洒落こじゃれた店だった。

 外観は他と代わり映えしない、地味なカフェと言った様子。派手な店が多いウィンドではその他に紛れてもおかしくない店だろう。

 

「ただいま」


 彼女は扉を開けて中へ。置き去りにされると気まずくなるので、僕も扉が閉じる前に中に入る。


「お帰りなさいませ。お嬢様♪」


 すると、一人のメイドが出迎えた。年齢的には十代後半と言った所。良い笑顔だ。


「えっと……こちらの方は誰でしょうか?」

「……拾った」

「もー、冗談が過ぎますよ、お嬢様。手違いって事で追い出しますねー♪」

「え!? ちょっと――」


 笑顔を絶やさないメイドさんはどこからともなくモーニングスターを取り出した。完全に撃退の構え。


「不審者お断りです♪」

「いや! 一応! お客です!」


 華奢な身体で物騒な物をニコやかに構えるメイドさん。


「……リトゥちゃん」

「何でしょうか? お嬢様」


 フルスイングする前にメイドさんは名前を呼ばれて彼女に向き直る。


「……お腹空いてる」

「はい。いつものコーヒーセットで良いですか?」

「うん。彼には……全部持ってきて」


 彼女がそう言うと、メイドさんは僕を一目見て、チッ、と舌打ちして、くるっとカウンターへ踵を返す。都会のメイドさん……怖い……


「マスター、注文入りました。コーヒーセットと……料理全部です。メニューを上から順に」


 あ、ヤバイぞ。完全に敵に見られてる。普通なら聞き返す所を躊躇いなく宣言した。

 カウンターに立つ、店のマスターらしき片眼鏡の男性は優しそうな雰囲気が漂う常識人っぽいが……


「リトゥさん。材料を買いに行ってくれるかい? 多分足りないから」

「はーい♪」


 そう言ってメイドさんは店を出て行った。


「……」


 まずいな……明らかに高価そうな店だし、手持ちで足りるかな……いや……絶対に足りないよなぁ……


「座ってお待ちください」

「あ……はい……」


 マスターは早速コーヒーを淹れ始め、彼女は既に奥の端にある席に座る。僕はカウンターの席に座ろうとすると、


「相席でどうぞ。貴方様はお嬢様のお客様の様ですから」

「客と言いますか……拾われたと言いますか……」

「どちらにせよ、お嬢様の話し相手になって頂ければと」

「……」

「お代の件ならご心配なさらず。お嬢様の注文ですので」


 それを聞いて、僕は少し安心した。そして彼女の座る席に行くと、一言断ってから正面に座る。


「ありがとうございます」

「……そう」


 彼女は目線を開いた本に合わせたまま、そう告げる。

 うーん。会話が続かないなぁ……僕はベリウスさんに比べて話術はあまり得意じゃない。


「……」

「あの……なにか?」


 考え込んでいた僕を彼女はいつの間にか見ていた。そして、


「……名前」

「あ……僕はセル・ラウトと言います」

「……私は……フェニキア・シャムール」


 かなり遅い自己紹介だが、名前を聞いてくれる所を見るに、少しは興味を持ってくれてる様で良かった。



「……お風呂」

「え?」

「ファーガス」


 彼女は、コーヒーセットです、と注文を持ってきたマスターに告げる。


「何でしょうか?」

「彼に……湯をかけて」

「ふむ……確かに、小綺麗にした方がよろしいですな」


 洞窟の中を死ぬほど彷徨って、五日の旅を終えた僕はぐうの音も出ないほど汚れていた。最後にお風呂入ったのいつだったかなぁ……


「お客様、お名前をお聞きしても?」

「セルです」

「セル様。店の奥に湯桶がありますので、身体を拭いてきてください。ちなみに強制です」

「……はい」

「魔虫の臭いがする」


 彼女にそう言われた事が地味にグサリと刺さった。

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