蒼い旅人と碧色の風
古朗伍
1章 風を生む街『ウィンド』
プロローグ
“アナタは殺さない。楽しみに待ってるから”
その言葉を最後にソニアは去って行った。
ボクは……その様を這いつくばって見ている事しか出来ず、意識を取り戻した時には誰も居なくなっていた。
「…………」
ソニアに殺された母さんを埋葬し、悲しみに泣いた。
草原の真ん中で暮らすのは僕と母さんとソニアだけだったから、その泣き声も風に飲まれて行く。
泣いて、泣いて、感情の全てが吐き出た最後に残ったのは――
「マジかよ。やられちまったのか、リーフ」
いつの間にか、背後には人が立っていた。声からして男の人。母に会いに来た様だった。
「お前、アイツの息子だろ?」
「……おじさんは?」
「リーフの同業者だ」
彼はフードコートに身を包み、顔は口元しか見えなかった。しかし、その雰囲気は生物として圧倒的な存在感を纏っている。
「そこらのザコにやられるヤツじゃない。『七界』の1体か。そろそろ戦争でも吹っ掛けようとした矢先にコレかよ。やれやれ部隊は組み直しだな」
じゃあな、坊主。と彼は結果だけを見て踵を返す。そのコートの裾を僕は掴んだ。
「なんだ?」
「……僕を強くしてください」
そう言うと、彼は呑み込まん勢いで僕を覗き込んできた。フードの闇から品定めする様な目が見下ろしてくる。
「お前、その言葉の意味がわかってんのか? このオレに戦いの教示を求める意味を」
「……僕が……殺すんだ……」
既に感情はある一つを除いて全てが枯れた後だった。だから、彼の質問に僕は迷い無く答えた。
「僕が……ソニアを殺す! その為なら命なんて要らない!!」
「グッハッハ!! スゲー事を言うなぁ! お前! ちっぽけなオレ達の命を、世界を構築する『七界』と等価だと叫びやがる!」
彼は上機嫌に笑った。それは本当に嬉しそうに。
「質の落ちてきた部隊には良い補充要員だ! いいぜ、オレがお前を強くしてやるよ!!」
新しいおもちゃを見つけた様な彼の視線。そして、
「坊主、名前は?」
「……セル・ラウト」
「セル……か。少し弱いな。今日からお前はセルヴェスだ」
「セルヴェス……」
ボクはおじさんの告げた名前を口にする。“セル”はお母さんと一緒に置いていこう。ここから始める轍は……セルヴェスが刻むモノだ。
「グッハッハ! 納得したようだな! オレはベリウス・ストライダー。一部の界隈では【狂王】って呼ばれてる。お前は好きに呼べ」
そして、僕は彼の下で全てを学ぶ。
ソニアを――ドラゴンを殺す術の全てを――
彼女の行動は常に気まぐれだった。
少し目を離せばすぐに居なくなり、気がつけば近くに居る。
常に無表情で必要以上に言葉を介さない。
本を読んだり、絵を描いていたり、街の人間からすれば、その他に紛れるものの、どこか不思議な存在として目を引いたりする。
そして時に、唄う事がある。
風に乗って街に響くその唄は気まぐれに始まり気まぐれに終わる。しかし、その唄を聞いた街の人々はこう思うのだ。
ああ、彼女が唄っているのか。
聞いたことの無い旋律と思わず聞き入ってしまう歌声は他の街でも話題に上がる程であった。
「♪~♪~」
本を読むのを気まぐれで止め、絵を描くのを気まぐれで止め、気まぐれで唄い出した彼女。今は港町を一望出来る丘上で気まぐれのままに声を出していた。
その時、ガサガサと聞こえた背後からの音に唄を止めた。
「…………」
見ると、白髪の青年が茂みの向こうから葉っぱを頭に乗せて現れた。
「誰?」
「……」
彼は無言で茂みから出ると彼女へ向かって歩く。
その背には排膿を所持しており、服は所々が汚れている。そして、ぐぅ~と鳴る音から、かなり空腹である様子。切り株に座る彼女へ声をかける。
「……お願いがあります」
「何?」
彼女は警戒心も無く、淡々とした口調で青年を見上げて返す。
「食べ物を……分けてください……」
彼は、弱々しく四つん這いに項垂れると、心から彼女に向かって懇願した。
「……マフィンならあるよ」
彼女は小腹が空いた時用に作ってもらっていたマフィンを取り出す。
「何でもするので……それください……」
「……いいよ」
この小さなキッカケが、緑色の髪を持つ女性――フェニキアと蒼鎧の青年――セルとの出会いだった。
俗に言う餌付けである。
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