第7話 未練の代償

 風が吹いていた、夏の匂いがした。あの追憶の夏は何年前だ?


 今日、新幹線の中で決別を決めたはずなのに。あの夏が懐かしい。


「先生さん、悲しいの?」


 短大での授業の後で窓を開けて風に吹かれていると。秋葉さんが声をかけてくる。いつの間にか幼女になっている。幼女体では恋愛はできないなと、肩を落とす。


「この姿は嫌い?」

「そんなことないよ、可愛いらしくて良い」

「先生さんの嘘つき、でも、今日の先生さんは消えてしまいそう」


 秋葉さんになにもかもお見通しな気分だ。それは一瞬のことだった。気がつくと秋葉さんは成人体に変わっていた。


「先生さん、愛し合いましょ」


 その言葉と共に秋葉さんの火照った頬が印象的であった。わたしが秋葉さんの手のひらに触ると。凄まじい眠気に襲われる。


「先生さんは疲れているのです。これはわたしからのプレゼントです」


 眠気から覚めると、目の前に楓先生が立っていた。そうか……、わたしはこの楓先生が秋葉さんの妖術であることに直感的に理解できた。それから、わたしはまぼろしの楓先生を抱きしめるか迷っていた。楓先生を抱き締めようと、上げた腕がビリビリして迷いは限界に達していた。


「秋葉さん、徒然草の現代訳の未配布のプリントがあります。解説しますので席について下さい」


 わたしは先生である事を選んだ。その後、楓先生は消えてしまい。

幼女の秋葉さんが教室の最前列に座っていた。


『一緒に死んでちょうだい』


 秋葉さんの妖術が残っているのか、嫌な言葉が脳内を通る。わたしはお気に入りのペットボトルのコーヒーを飲むと。秋葉さんに個別授業を始めるのであった。


***


 最近、楓先生の夢をよく見る。秋葉さんの妖術が関係している様子である。その妖術は心を素直にする効果があるらしい。何度、決意しても根底では楓先生を愛していた。わたしは短大での授業が終わり。神社で夜を過ごしていた時である。


 夜中に起きると浴衣姿の人影を感じる。楓先生?イヤ、秋葉さんの妖術であろう。そう言い聞かせて床に戻る。


……。


 やはり、人影を感じる。わたしはこの想いに従うしかなかった。


「誰です?」


 人影に近づくと。水仙さんであった。水仙さんは何故か紺色にアサガオの浴衣である。そう、夏祭りの日の追憶の浴衣であった。


 泣いている水仙さんに理由を問うと。


「先生、何時も文庫本に挟んであるしおり代わりの写真の女性は誰です?」


 わたしは絶句した。そう、楓先生のあの日の浴衣姿の写真を持っていたのだ。


 何が決意だ、完全に未練たらたらだ。


 水仙さんには辛い恋をさせてしまった。


「すまない……」


 わたしの謝意に水仙さんは泣き崩れてしまった。


翌朝。


 わたしが東京へと出発しようと玄関で靴を履いていると。いつもはここで、新幹線の車内で食べるお弁当を水仙さんから渡されるはずである。


……。


 嫌われてしまったか。すると、覚悟を決めた様子の善三郎さんが玄関にくる。わたしは来週もこの神社に泊めてもらうか悩んでいた。


「田中先生、君の誠実なところは、わたしも認めている。わたしからも来週この神社に来てください」

「はい……」


 わたしは小さく返事を返すと。玄関を出る。


 『コンコン』


 狐姿の時の秋葉さんの声だ。わたしは何かヒントが欲しくなり、声のする方に歩いて行く。そこは社の裏側であった。


「先生さん、元気がない」


 幼女の秋葉さんが座っていた。ここで弱音を吐くことは簡単だ。しかし、しかし……。


「秋葉さんは勉強が、好きらしが。世の中、学校で教えてくれること

ばかりではない。むしろ、それ以外がわたしはできないのだ」

「先生さん、なら、一度先生さんの好きな人に会うといい」


 楓先生と過ごした町にいくのか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る