第3話 因習バスター協力者
「うぃーす朱里」
「うぃーす無勝の逆転王者カズキング」
「やめろよその呼び方!」
「見事な負けっぷりだったね。少しは上手くなった?」
「……俺が下手なんじゃねーよ。お前らが異常に上手すぎるんだよ」
ご近所さんでゲームの師匠の朱里が俺を迎えに来た。
島民のゲームの腕前は達人の領域に踏み込んでいた。閉鎖環境で同じゲームをやり続けた結果だ。新参者が勝てるわけがない。
俺の実力では小学生にすら叩きのめされる。実際にゲーム大会では一勝もできず憐れまれた。まだ小学校にも行けてない子供に。
そんな俺の情けない戦いぶりにブチ切れたのが、この現役チャンピオンの朱里だ。
『こいつは私が強くする! みんな時間をくれ!』
この島のゲーム大会には特殊なルールがある。
ゲーム機とソフトは島民の共有財産だ。けれど所有権は大会のチャンピオンが持つ。次のゲーム大会までゲーム機とソフトを専有できるのだ。
このルールを聞いたとき、必然的にチャンピオンのプレイできる時間が長くなり、ずっと同じチャンピオンが君臨することになるのではないか。俺はそう考えたのだが、実情は違うらしい。
一人で同じゲームをやっていてもつまらない。周りが弱すぎればゲーム人気が衰退する。複数のゲームのチャンピオンになることは許されていない。つーか一定の年齢になったら年下に譲れ。
様々な条件が重なり、歴代のチャンピオンは所有するゲームを周りに布教したり、後進を育てる傾向にある。そのために徒弟制度も存在した。
現チャンピオンが次期チャンピオンを指名し、ゲーム機を貸し与えるのだ。貸し与えられた徒弟は便宜上チャンピオン候補として扱われる。そんなわけで子供に憐れまれるほど雑魚な俺もチャンピオン候補。
無勝の逆転王者カズキングの汚名を返上するには強くなるしかない。
俺の師匠の朱里様はちんまい褐色ロリだ。小学生にしか見えない。実年齢は俺の一つ下。つまり中等部最高学年。ゲームだけでなく島生活に馴染めるように色々とお世話になっている。ありがたいとは思ってはいるのだが……。
「これでロリでなければ」
「敬うべきお師匠様になにか言ったかな? ざーこ!」
「これでロリでなければ!」
「力強く繰り返すな!」
この島の女性は基本的に美人で若く発育がいい。第二次性徴が始まれば子供でも例外ではない。例外ではないはずなのだが、その例外が朱里だ。
もしも青葉と先に出会っていなければ、俺の性癖が歪んでいたかもしれない。それくらい美幼女なのは認める。青葉と先に出会っていてよかった。
島の西側に移り住んだ初日の挨拶周り。俺は初対面の朱里を小学生として扱ってしまった。そのことを今も根に持たれている。そんな縁で始まった交流だが、気の置けない言葉のやり取りが心地いい。
本当に感謝はしているのだが。
「……はぁ」
「どったの? 朝から格ゲーでハメコンボ食らって、なにもできずに負けたときを彷彿とさせる湿り気だね」
「その加害者がなに言ってやがる! こっちは初心者だったのに」
「都会者が田舎者を見下している空気を感じて」
「俺が見下していたのはちんちくりんロリであって田舎じゃねーよ」
「誰がゴスロリファッションが似合いそうな将来有望な美少女か!?」
「言語翻訳能力にポジティブ補正かかりすぎだろ!」
息がしやすい。
都心では閉塞感があった。息苦しかった。喘息は持っていない。自然豊かで空気が美味しいが、俺が感じている解放感とは無関係だ。
環境はやはり接する人に左右される。朱里は島に来たばかりの俺を仲間として歓迎してくれる。ここで生きていいんだとを感じさせてくれる。それが非常に嬉しい。
それなのにため息が出るのは、昨日の青葉とのチャットの内容だ。どうも役場の人間に西側の島民と連絡を取ってないか問い詰められたらしい。マンガを読むためと大目に見られていたが、このままだと回線の使用をブロックされるかもしれないと。
冷たい目をした糞役人の顔が浮かんだ。島の因習がどこまでも邪魔をする。
朱里の目を見ると、さっさとため息の理由を話せと言っていた。
ずいぶんと打ち解けた気がするが朱里も島民だ。東側の住人と会いたい。その一言で豹変するかもしれない。
閉鎖環境の因習は根深いと聞く。話した途端に島八分。現在の心地いい環境が壊れるかもしれない。そんな恐怖がある。
少し探りを入れるぐらいならば許されるだろうか。
「そういえばなんで島の東西で分かれているんだ?」
「ん?」
軽く考え込む朱里。
豹変はしてない。口に出すことすらタブーなどではなかったようだ。
「いや……ほら単純な疑問なんだけど、わざわざ島を二分するとか非効率だろ。東側のチャンピオンとゲーム対決とか熱くなりそうだし、東側ではどんなゲームが流行っているとか気にならないのかなと」
「んー……おお……むぬ? もしかしてカズキングは東の女の子を好きになっちゃったとか?」
「なっ! そんなこと一言も言ってないだろ!? どうしてそんな急に――」
「――その反応は図星かぁ~。カズキングが会うとしたら青葉ちゃんとか?」
「なんで青葉の名前が急に出てくんだよ!」
朱里の口から青葉の名前が飛び出した。明らかに知っている雰囲気だ。それも友達のように馴れ馴れしい。
東西で交流は絶たれているはずなのに。
「あんね。狭い島だよ。よく島の中央に出没する子供なんて知られているに決まってんじゃん。青葉ちゃん変わり者だし」
当たり前と言えば当たり前だった。
東西の島民はあまり島の中央に近づかないだけで踏み入れないわけではない。俺も島に来た初日に青葉に出会っている。島に住んでいて全く知られていないはずがない。
「問題行動だけどね。青葉ちゃんが出没するようになってから、男どもは島の中央に近づけなくなったし。私はマンガ読ませてもらうためにたまに会ってた」
「男どもは?」
「東西の島民接触禁止は子作りができる。つまり第二次性徴を経た異性間のみだから。幼い頃はそこまできつく言われないし、同性間だと割と交流はあるの。男どもは船の上で会っているとか。そうしないと東西の漁業で揉めまくるでしょ。そんなこともあって女は船に乗るの禁止だったりする。保険の授業で習わなかった?」
「そのころ島にいねーよ。でもどうして男女のみとか」
「遺伝子の相性? 島の中央に研究所もあってね。染色体とか八咫烏とか不老長寿とか時じくの実とか小難しい研究してる」
「うさんくせぇ」
「失礼な。ちゃんとした国の研究施設ぞ。実際この島に住む女性は異常に見た目が若くて長生きだからね。代わりに男は短命だけど」
「女性は……確かにそうだな」
「長老勢は二百歳超えているとか」
「やっぱりうさんくせえ!」
朱里はけらけら笑っている。
どこまで本当かわからない。女性が異様に若いのは本当だ。研究施設もあるのだろう。でも遺伝子か。やはり近親相姦婚姻とか関係あるのかもしれない。それだと東西で分けてさらに閉鎖する意味が分からないが。
「それにしてもいきなり持ち込む恋バナが比翼の鳥とはカズキングやるね」
「比翼の鳥?」
「東西男女のカップルをそう呼ぶの。島に神話があってね。危機に遭って男女時じくの実を食らい比翼の鳥として繁栄をもたらさん」
「なんかいい意味に聞こえるけど禁じられているんだよな?」
「うん。どうして禁止されているかは私も知らない。うちの両親は西西の通常夫婦だし。比翼の鳥の家の子供ならもっと詳しいかもしれないけど」
「比翼の鳥の家の子供がいるの?」
「割と? 比翼の鳥のカップルとか数年に一度話題になるし。島で盛り上がる恋バナなんて比翼の鳥関係しかないし。西西カップルとか見ればわかるよ的な惚気話にしかならないから」
「禁忌なのに?」
「見つかったら何年も島の中央に隔離されるけどね。戻ってくるときも片親だし。でも子供もいるし幸せそうだから、悪い扱いは受けていないんじゃないの?」
島には島の掟があり、因習もある。破れば懲罰もある。新参者が禁忌に触れれば、島を追い出されるのは事実かもしれない。
しかし島民が東西で対立しているとかはなさそうだ。朱里の口調からも、禁忌を犯した者に対しても嫌悪感を抱いていない。むしろ羨望さえ抱いているのかもしれない。
「ねぇ一樹は甘い香りした?」
「え? ああ……したな」
「しちゃったかぁ」
唐突な朱里の質問だったがすぐに青葉のことだとわかった。
朱里が唸って考え込んでいる。
「青葉の甘い香りがどうかしたのか?」
「時じくの実は本当は時じくの香の実と言ってね。甘い香りがするの。比翼の鳥に付き物なんだよね。ということは一樹と青葉ちゃんは本物の比翼の鳥なわけで。……はぁ。どうすればいいのやら」
「なに悩んでいるんだよ」
「島の掟的には大人に報告なんよ。会う程度ならともかく甘い香りまでしていると確定だから。すると本気で一樹と青葉ちゃんは引き離されるかもしれない」
「報告するのか!?」
「個人的にはそんなことはしたくない。むしろ他人の恋路に協力したいぐらいだから声を荒げないで。他の人に聞かれた方がまずいよ」
「すまん」
素直に頭を下げる。
真剣に俺たちのことを考えてくれている朱里に対して悪かった。もしも本当に報告するつもりならわざわざ俺に教えたりしないだろう。青葉の関することで冷静さを失っていたようだ。
「比翼の鳥だと立ち入るのは危険だから関わるな、とも言われているんだよね。東西云々よりも島民的にはこちらの方がタブー扱い」
「そうなのか。黙ってくれているだけでもありがてーよ」
「でもこんなに面白そうなことに首を突っ込まないと後悔する」
「……おい」
友情に少し感謝していたのに。
完全に面白がってやがる。そういえば島で盛り上がる恋バナがこの話題だったか。
「おん? 貴重な協力者になるかもしれないこの私にそんな口きいていいの? 同性だと連絡とりやすいんだぞ」
「お師匠様。朱里様。お願いします。協力してください」
スマートフォン以外の連絡手段が早急に必要だったため背に腹は代えられない。たとえ玩具にされるとわかっていてもだ。
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