第2話 ちょっと不便が愛おしい

 不貞腐れて始まった島生活だったが、思いの外に充実している。

 自宅に細いネット回線を引いたので、島の役場に行かなくてもスマートフォンは利用できる。だが移住してから十日も経たずにスマートフォンの使用頻度が低くなった。島生活に馴染んでいる証だ。

 回線が細すぎてフリーズが頻発するソシャゲにイライラしたのも原因だが、学校に通い出して友達ができたのが大きい。

 子供の人数は少なく、島に東西一校ずつしか学校はない。便宜上、小中高の概念こそあるものの校舎は全て同じだ。学年の区別もなく、学校ではみんなが友達の環境だった。


 広いとは言えない島。同年代の友達は全員ご近所さん。電波が届かなくてもすぐに会いに行ける。電気は通っているし、ネット環境に依存しない旧式のゲームが島では生存していたのだ。アウトドアな遊びに馴染めないのではないか。当初の俺は不安になっていたが、いい意味で裏切られた。

 近所では連日のようにゲーム大会が行われて飽きが来ない。


 格闘ゲームの盛衰などの論評で見たことがある。対戦ゲームはネット対戦の普及により、世界が広がって衰退した。

 地元最強となり、全国ランキングを見てまだ見ぬ強いやつがいる。そう闘志を燃やす時代は熱かった。

 けれど広い世界にアクセスできて、最初から最上位帯の実力を知ることができる。彼らは先行してそのゲームをやり尽くしており、絶対に勝てない。勝つためには彼らの残した定跡に従うしかない。

 そんな環境が面白いのかと問われれば面白くない。残るのは経験値が高い修羅と化したゲーマーだけ。新規参入ゲーマーはカモにされてやめていく。そりゃあ競技人口は増えないわけだ。

 全世界で流行しているFPSゲームは勝率が高い最上位層がいても無敵ではない。ゲームで負けてもワンキルで一矢報いるチャンスがある。環境に適応できているのだ。流行っている理由がある。

 島はネット回線が弱くFPSゲームなんてできない。その代わりにローカルの熱いゲーム社会が生き残っている。これも一種の環境適応だ。


 使用頻度の下がったスマートフォンだが、個人的な重要度は増している。

 都心では友達がいなかった。だからネット検索とソシャゲ専用のスマートフォンだった。そんなスマートフォンさんが青葉との専用連絡ツールにグレードアップしたのだ。

 元々マンガを読むために役場近くまで来ていたぐらいだ。青葉の家にはネット環境がない。スマートフォンに着信があるのは、学校が終わってから役場が閉まるまでの数時間だけ。しかも通話は途切れるので、用いるのはチャットになる。文字だけのやり取りだ。


 データ容量では一回で数百バイト。一年かけても一メガバイトに届くかどうか。ソシャゲのアップデートと比べると、誤差のようなデータ容量がかけがえなく大切だった。わざわざ俺と連絡を取るために、毎日役場まで出向いてくれる青葉を想うと胸が温かくなる。

 レトロ特集で公衆電話やポケベルでのやり取り。懐かしそうに語る大人に正直言って白けていたが、気持ちが少しだけ理解できた気がする。

 無限に広がる希薄な関係は便利だが空虚だった。細い糸が確かに繋がっている関係は不便で暖かかった。その糸が千切れないように優しく優しく引っ張り合う。それが妙にこそばゆくて愛おしい。


 ちなみに俺も役場に行こうとしたのだが、それは青葉に止められた。

 島のしきたりを破ってはいけない。東西の男女が会うのはまずい。役場の人間に見つかれば、俺が島から追い出される可能性さえあると。

 島の生活は気に行ったが、この意味の分からない因習だけは本当に気にくわない。

 

 直接会えないのがもどかしくて、毎朝起きると追加のチャットを探してしてしまう。役場が閉まると青葉からのメッセージは来ないとわかっているのに。


「……なんだこれ? 親父から?」


 青葉からのチャット以外で来るとすれば迷惑ショートメッセージぐらい。そのはずなのだが親父からボイスメッセージが届いていた。しかも数時間前に。

 そういえば最近親父に会っていない。島の男衆は漁があるので朝が早い。親父はそこに参加させてもらっているので、俺と生活リズムが会わないのだ。二日前の泥酔した姿が最後だ。

 とりあえずボイスメッセージを再生しよう。


『ここから逃げろ! この島は……この幸せから逃げないと……幸せ? 幸せってとは……幸せならいいだろ。すまん一樹。忘れてくれ。幸せから逃げるなんておかしいよな。一樹も幸せなってくれ。そう幸せに……うっ……かずき……にげ――ブチッ』


「なんだこれ? 用事があるのなら直接言えばいいのに」


 朝から意味不明だった。

 青葉からのチャットがないことを確認して、学校に行く準備をする。

 キッチンに鼻歌混じりで機嫌がよさそうな母さんがいた。故郷だからだろう。島に戻ってきてからの母さんは妙に生き生きしている。見た目からして若返ったような印象さえあるのだ。

 この島に移住して驚いたが、この島の女性は見た目が若くて、発育がよく、美人が多い。男女比も女性に偏っているように思える。綺麗なお姉さんと思っていたら、学校の誰かの母親。そんなことがよくあるので、見惚れるにも注意が必要だ。

 元々童顔な母さんだったが、さらに若返るとはこの島の神秘を感じる。

 母さんがこんなにご機嫌なら親父は粗相してないようだし、さっきのボイスメッセージについて少し確認してみよう。


「おはよう母さん。最近親父はどうしてる? いないの?」

「かずくん。おはようございますでしょ。お父さんなら今日も幸せよ。今はいないけど」

「幸せ? ならいいや。どうせ大したことないだろうし」

「なによ変な子ね。もうそろそろ朱里ちゃんが迎えに来る時間でしょ。早く顔を洗ってきなさい」

「はいはい」


 どうも親父は幸せらしい。

 俺とは顔を会わせていないが、母さんとは会っているようなので問題ない。

 親父の様子がおかしいなんて今に始まったことではない。あのメッセージも酔っ払って送ってきたのだろう。


 それから俺は親父と二度と会うことはなかった。

 このときに疑うべきだった。親父がなぜ鮮明なボイスメッセージを残せたのか。島でネット環境が整っている場所なんて限られているのに。

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