離島・ゲーム・そして恋! たまに男性が消失するトロピカル因習アイランドにようこそ♪ 内臓ポロリもあるよ!

めぐすり@『ひきブイ』第2巻発売決定

第1話 島の因習なんか糞くらえ!

「アヅイ……死ぬ」


 熱されたアスファルトの上に巨大なカマキリがいた。

 風雨にさらされて道路にへばりつく観光案内パンフレットの紙の上を闊歩するその姿は妙に生々しい。『ようこそ噛切島へ!』という印字がカマキリの台詞に見えたからか。

 車が全く通らない道路。広さだけは無駄にある。両側には田畑が広がり、コンビニなんて見当たらない。自然豊かな環境で育まれる田舎特有の虫のでかさにビビる毎日だ。

 さすがに五日も滞在すれば慣れたが。

 虫には慣れても降り注ぐ太陽光には、永遠に慣れないだろう。南国の太陽は殺意が強すぎる。


 ここは東京都とは名ばかりの離島。

 都心から船でかなり南下したところにある噛切島だ。人口は約二千人。日本にある離島ランキングではそれなりの規模を誇る。道路もある。電線もある。水場もある。港もある。飛行場もある。つまり基本的なインフラは整っている。

 ただしスマホのアンテナが立つのは島の中央にある役場近辺だけ。

 双子の島がくっついたようなひょうたん型の島なのだが、凹んだ部分でしかスマートフォンがスマートに活きられない。


 今年で十六になる高校生の俺としては生きづらい環境だ。

 早く住居を決めて、家のネット環境からWi-Fiを飛ばしたい。けれど邪魔なのがこの島のしきたり。因習といってもいい。

 この噛切島は東西で完全に分断されている。東西の行き来はなく、人口も半分に分かれている。なんでも東と西で交流を持とうとすると村八分にされるとか。


 親父の推測では過酷な環境を生き抜くための人口調整。もしくは過去に水利権の争いでもあったか。糞面倒な田舎あるあるらしい。

 役場やフェリー乗り場などの公共施設は島の中央に集められている。

 移住者は島の中央の宿に一週間滞在して、適性を見極められる。その適正審査を経て、東西どちらかへの移住が決定するのだ。審査待ちの我が家は現在家なしの宿暮らしとなっている。


 どうしてこんな面倒な島に移住を決めたのか。

 親父が『おっぱいの形の島に住みたかったんだ!』と血迷った主張をしたからだ。本当に主張した。子供のころからの夢だったらしい。母さんからボディに重い一撃をくらって悶絶していたが、言い切ったときはとても良い笑顔だった。性癖に血筋を感じた。

 ちなみにそのおっぱい型の噛切島は母さんが生まれ育った故郷だ。

 でも移住の本当の理由は俺だ。中学校でイジメに遭った。不登校になった。引きこもりになった。高校受験に失敗した。

 親父の妄言は真実かもしれないが、俺のために仕事を辞めて、離島暮らしを決断したことを察していた。正直、感謝もしている。

 だから俺もこうして引きこもりをやめて、毎日島役場まで歩いているのだ。引きこもりのソシャゲに対する執念を舐めるな。

 もちろんそれ以外にも目的はある。役場に近づくと熟れた果実のような甘い香りが鼻をくすぐった。


「あっ! 一樹君今日も来たんだ」

「うーす青葉。今日も暑いな」

「いや今日は風があってまだ過ごしやすいんだけどね」

「マジか」

「そんなことを言っているとこれからの季節死ぬよ? まだまだ暑くなるんだから」


 なんと俺に女友達ができたのだ。

 白い長袖ワンピースに麦わら帽子の青葉さん。島育ちだが、肌がとても弱いらしく日焼けはしていない。島では珍しくインドア派。自宅にネット環境もないのにスマートフォンを購入し、電子書籍のマンガを読むために役場付近に出没する自称変わり者らしい。

 いつも甘い香りを漂わせているお嬢様然とした美少女。発育がいい。

 香水はつけていないらしい。甘い香りについても心当たりがないと言われた。だとすれば甘い体臭の持ち主ということになる。

 さすがに体臭云々の話を女の子に深堀りするトークスキルを持ち合わせていない。気になるがそれ以上は聞けなかった。


 青葉は来まくっているが、東西交わるべからずの因習がある。島民はあまり島の中央にも近づかないらしい。ちなみに東の島民。

 俺も東側に移住したいと思っているが、母さんが西側出身なのでどうなるかわからない。

 女友達一人で単純だが、俺はこの島暮らしが楽しみになっている。


 その二日後、俺は島の西側で島生活をスタートすることになる。

 不貞腐れる俺に向かって、役場の人が脅してきた。凄く怖い顔で『東の住民とは金輪際関わるな』と警告してきたのだ。

 糞役人が『嫌なら早く島を出ろ』と言い放ったときの冷たい目は忘れない。新たな住人を歓迎できないらしい。偏狭で胸糞悪い。

 島の因習なんか糞くらえだ。

 青葉との別れもあり、せっかく膨らんできた島生活への期待が一気に萎んでしまった。


 ……その役人が本気で俺を心配していたのだと理解せずに。

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