第5話

 いつの間にか、悟は証言台に移動し、その傍に尋問するために真白が佇む。

「悟さん。あなたが超能力で聞いた心の声は、どういったものだったんですか?」

「……『おたくには超能力者がいる。それもテレパシスト。全て彼が超能力を使って盗聴した事にしよう』――社長の心の中に浮かんだ記憶です」

「……っま、待ってくれ、悟! お前は私に恩を感じているんだろう? だから、なんだろう? だから、お前は経営の危うい私を助けるつもりで、入札情報を盗聴して教えてくれた……そうなんだろう?」

「……」

 悟は迷ったような素振りを見せながらも、最後は首を横に振った。

「あなた達は、俺に罪をなすりつけようとした。全部、聞こえてました。社長達も、取引会社の人も、全員が……談合について知っていた」

「全員、ですか?」

 真白が首を傾げた。

「全員って事は、今回の談合事件は……」

「はい。社長達は……談合が発覚する事は知っていた。いや、それが欲しかったんだ。超能力者による犯罪による被害者。超能力者だと分かって雇ったのに、裏切られた、可哀そうな人達……それが欲しくて、俺を……」

「違う! 私は……」

「『私は、乗り気じゃなかった。そんなの悟が可哀想だ』」

 悟が、啓介の言葉を遮り、しかし啓介の言葉のように話し始めた。

「『このままじゃ倒産してしまう。だからといって、悟一人を犠牲にする方法なんて……だけど仕方ない。仕方ないんだ。これでうちは助かる……ごめんな……いいじゃないか、あいつはまだ若い。いくらでもやり直せる……なんて詫びたらいいんだ……私は、悪くない……』」

 言い訳のような懺悔を繰り返した後、悟は小さくを息を吐いた。

 そして、啓介の目を見た。

「俺は、確かに人の心の声が聞こえます。だけど、分からない。あんた達の心が、分からないっ……すまないって気持ちと、仕方ないって自分を納得させる言葉。それが繰り返されていて、俺はあんたが結局どういう人なのか、分からないっ」

「もういいですよ、悟さん」

 真白が項垂れるように俯く悟の肩を叩いた。

「これが、真実です。今回の談合事件は、鈴木建設会社が取引会社とあらかじめ照らし合わせて、起こした。談合ではなく、談合の罪を超能力者に被せるため。そうしたら、世間は彼らに注目する。可哀そうな被害者としてね」

 話しながら真白は拳を強く握りしめている啓介の前まで移動する。

「法廷には、真実という事象だけが存在する。ここでの嘘は罰となります。生涯、あなたを苦しませるでしょう。自分を慕って、いえ可愛がっていた部下を切り捨てた罪が一生あなたに付き纏う。逃れる方法は……」

「ああ」

 力なく啓介は答えた。

「悟は無実です。談合は、私が旧友達と企てた……」

 すまなかった――小さく零されたその声が、やけに大きく法廷内に響いた。


       *


「判決を下す……被告人、久能 悟を無罪」

 裁判長の判決に、傍聴席にいた人々が歓声を上げた。

 しかし当の悟は暗い顔のままだ。

「勝ったのに、浮かない顔ですね」

 真白が声をかけた。

「弁護士さん、その……」

「気持ちは変化します」

 真白は、言った。

「どんなに警戒していても、毎日を過ごすうちに絆は育まれる。最初は好感度がマイナスでも、それがプラスになる事だってあります。だから、今、あなたが聞いた言葉が、あなたにとっての正解なんですよ」

「……はい」

 悟は吹っ切れたように笑った。

 そして法廷の中心で項垂れるように立つ啓介を見た。

「社長。俺は今でもあなたの心が読めません。いい人なのか、悪い人なのか。だけど……」

「やめろ」

 啓介が悟を見ずに言った。

「人は言えない気持ちってもんがある。心の奥底に隠したい想いってえのがあるんだ。言わない言葉は、やっぱ聞いちゃいけないんだよ、悟……すまなかったな」

「……」

 泣き出す寸前の子供のような目で、悟は啓介を見た。言葉にはしていないが、悟には何かが聞こえていたのかも知れない、と真白には思えた。


       *


「これにて閉廷!」

 そう裁判長が叫んだ瞬間、真白の瞳に浮かんでいた紋様は消えた。

 その声と共に、被告人の悟は警察に連れられてどこかへ向かい、傍聴席にいた人達もそれぞれ去っていった。

 そして真白の力で呼び出された啓介も姿を消したが――

「どこまで知っていた」

 誰もいなくなった法廷で、立ち去ろうとした真白に検察の男が声をかけた。

「はい?」

「とぼけるな。突然の思いつきにしては用意周到すぎる」

「あぁ、それですか……そんなの、当然じゃないですか。裁判なんですから」

 真白はふふ、とまた小馬鹿にするような笑みを浮かべた。

「そう、これは裁判。だから事件関係者の事を調べるのは当然……少し調べたら、全部分かる事ですよ。トリックすらない」

 そこで初めて真白は笑みを消した。

 そして感情がなくなったように「無」となった顔で、検察官を見上げる。

「超能力があるってだけで、裁判が成立するわけねえだろ。ちゃんと調べろ。あなた達は、超能力に囚われすぎだ。私達が相手にしているのは、人だぞ……検察官」

「……っ」

 検察官は憤った顔になり、何か言い換えるが、すぐに視線を逸らした。

「おや、怒鳴りつけてくるかと思いましたが」

「いや、正論だからな……相手にしているのは人、か。これじゃあ、俺の方が化け物だな」

 検察官は背を向けた。

「今回は俺の負けだ。だけど次は……」

「負けない、ですか。ふふっ望む所ですよ。次は勝てるといいですね」

 ふふ、と真白は笑った。

「あーやっぱり超能力者は嫌いだ」

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白の弁護士 シモルカー @simotuki30

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