第4話
召喚術――
超能力の一種であり、
特定の人物や物を瞬時に召喚する事が可能。
召喚対象は、召喚主の知識により定まる。自分が理解出来ないものを召喚する事は出来ず、召喚主が「理解した」ものしか呼び寄せる事は出来ない。
現在、確認出来ている能力者は世界で二名のみ――
*
「召喚!」
真白がそう叫んだ瞬間、裁判所の天井を覆う程の魔法陣が浮かんだ。
魔法陣から風が吹き、全員が勢いに耐え切れず目を閉じた、その刹那――
「なんだ、ここは!?」
裁判所の前に、一人の中年男性が現れた。
「裁判長! 新たな証人、いえ……真犯人を召喚しました」
真白がそう言った瞬間、法廷内は当然のことながら騒がしくなった。
「真犯人?」「どういうこと?」「あれ。でも、あの人ってたしか……」
「社長……?」
悟の言葉に、真犯人と言われた男――
「鈴木 啓介。鈴木建設会社の社長。被告人の元雇用主……ですよね?」
「……っ!」
啓介は目を大きく見開き、周囲を見渡した。そして自分が置かれている状況を理解したのか、顔を青ざめながら後ろに下がった。
が、動いた瞬間、また姿が消え――そして瞬きするよりも早く、法廷内中心部に出現した。逃げれば戻され、逃げれば戻されを繰り返され――ついに観念したように啓介はその場に留まった。
「弁護士殿、いたずらに超能力を使うのは……」
「失礼。でも、私の法廷内で許された召喚術は真犯人の召喚ですから……召喚術は特定の目的のために対象を召喚できる。つまり、目的が達成できなければ、戻る事は出来ないんです。だから、協力してくださいね……鈴木社長」
真白が笑顔でそう言うと、やはり啓介は化け物でも見るような目で真白を見た。
「おい、待て」
その時、検察の男が言った。
「新たな証人の召喚はこの際了承しよう。だが、どういう事だ? さっき、真犯人って……」
「そのままの意味ですよ。彼が、今回の談合事件の……いえ、でっちあげ談合事件の主犯です」
真白の言葉に、傍聴席の人でなく検察側や裁判長まで驚愕の声を漏らした。
「でっちあげって……」
「おや、違いましたか? 鈴木社長。あなたは、取引会社の担当者から入札情報を得ていた。取引会社の方は同級生も多くいたそうじゃないですか」
「何を言っているんだ! 確かに私の会社は経営が危ういが、だからって……」
「ねえ、社長。知ってますか……記憶って、どんなに消そうとしても蘇っちゃうんですよ。そこに意思は関係ない。どんなに思い浮かべないようにしても、キーワードから記憶の欠片は生まれ、やがて波紋となって胸の奥にしまいこんだ記憶を引っ張り上げる」
真白はゆっくりと悟を振り返る。
「悟さん、聞こえているんでしょう?」
「……」
悟は答えない。
「ねえ、悟さん。さっきも言いましたけど、嘘を重ねて誤魔化したとしても……」
「なかった事には出来ない、ですよね」
悟がボソリと言った。
「分かっている。本当はずっと前から、分かってはいたんです。俺は……全部、聞こえていたから……みんなの、『ごめん』って声が」
悟は頭を抱えながら言った。
「超能力者を雇うにはリスクがある。その力が利用価値があっても、怯えられて……だから俺達みたいな奴はどこも雇ってくれない。だけど、社長は、俺が超能力者って知った上で雇ってくれた」
「……っ」
悟の言葉に、啓介が大きく目を見開いた。
「分かっていたんです、社長。あなたが俺を雇ったのは利用価値があったからで、いざとなればすぐに切り捨てる、使い捨ての消耗品程度にしか思ってなかった事……分かって、いたんです。社長やみんなの言葉が、嘘だって事は……だけど、俺は……」
次第に悟の声に涙が混じり、法廷内は別の意味で静まり返った。
同情、哀れみ――そういった視線を受けながら、悟は嗚咽を漏らすように言った。
「俺は……っ……嘘だったとしても、受け入れてくれた事が、嬉しかったんだっ……」
「……っ」
悟の言葉に、今度は啓介が苦しそうに顔をしかめた。
そして唇を噛み締めて声を殺した。嗚咽も本当の事も、全てを拒むように。
「裁判長」
ふいに真白が裁判長を見上げた。
「これが、証拠です」
「どういう意味だ? 弁護士殿」
「彼の超能力は、自分の意思とは関係なく他人の心の声を聞く事が出来ます。つまり、彼は全部聞いていたんです。そうですよね? 悟さん」
真白の言葉に、悟は力なく頷いた。
「知っていました、全部。心の声が、聞こえてきたから……あの日、社長はあらかじめ入札情報を知っていた。そして、その事を取引会社の人も知っていた。すぐに談合だって分かった。それから……」
悟は迷ったように一度口を閉ざすが、すぐに覚悟を決めたように視線を啓介に向けた。
「超能力者を雇えば、国から支援を受けられる。どういう支援かは分からねえけど……社長は、それを目当てで俺を雇った。超能力者を雇うにはリスクがいるけど、その分見返りも大きいから。それに、何かトラブルが起きたら、真っ先に捨て駒に出来るって」
「お前、そこまで知っていて……」
「……最初から利用して捨てるつもりだって分かっていた。だけど、それでも……向けられた笑顔が、嬉しかった。当たり前のように働ける事が、嬉しかったんだ。たとえ、いつか捨てられる日が来るとしても」
「異議あり!」
その時、検察の男が我に返ったように叫んだ。
「彼の供述はただ同情を誘っているだけで、事件とは関係ありません!」
「『異能法』の下に発言します。異議を却下します。彼の発言は、今回の犯人の動機と供述に繋がる重要な証言です」
すかさず真白が言った。
『異能法』において、裁判長は最終決定は出来るが、検察官と弁護士のやり取りには口出しが出来ず、検察側が異議を申し立てたとしても弁護士はその異議を却下する事が可能だ。その逆もまた然り。
「くっ……」
「それじゃあ続けましょうか、裁判を」
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