第3話

「まず、彼の建設会社であったとされる談合ですが……そもそも何故、談合が発覚したのでしょうか?」

「それは、超能力を使って、被告人が入札情報を盗聴したからだ。現に、企業側は彼の会社で決める予定はなかったが、入札予定額が見事に一致していた事から、彼の会社で決定した」

「成程。でも、それって?」

「えっ……」

「だって、入札情報を漏らす事は超能力を使わなくても可能じゃないですかー。それとも、あなたは誰かと連絡をとるのに、超能力がないと出来ないとでも? ふふっ、それはそれは、随分と……変わってますね」

 周囲から吹きだすような笑い声が漏れた。

 検察官が顔を真っ赤にして真白を睨みつけた。

 対する真白はその検察官の態度を見て、ますます笑みを深めた。

「そう、つまりこれが談合だというなら、誰にでも可能なんですよ。超能力なんてなくても、情報を入手する事は可能。現に、過去でも似たような事件で超能力者が容疑者として浮上していますが、どれも冤罪。非能力者が、普通に、電話やメール等、人が人に伝達する手段を用いて入札情報を漏らしています。社内に超能力者がいれば、そちらに容疑がかかると分かりながらね」

 流れが変わった。

 真白の言葉に、今まで超能力者というだけで疑いの目で見ていた傍聴席にいる人達は同情の目で見るようになった。

「そ、そこまで言うなら、証拠があるのか!」

 検察官が叫んだ。

「証拠、ですか?」

「ああ。こちらには、があるが、そちらはどうなんですか? 超能力以外での情報漏洩の証拠はあるのか?」

「あー、それですか」

 真白は笑みを浮かべながら、一度だけ被告人の悟を見た。

「……っ!」

 その瞬間、悟は大きく目を見開いた。

「おい、お前! 今、何をした!?」

 悟の表情から察したのか、検察官が悟に向かって叫んだ。

「今、心を読んだだろ!?」

「まあまあ」

 真白はさり気なく検察官の視線の先に立ち、背に悟を庇った。

「それより、話を元に戻しますが……どうして、談合だと思ったのですか?」

「……はっ? 何を今更……そんなの……」

 検察官が大きく目を見開いた。

「おや、気づいたようですね。そうです、談合は談合であると誰かが言わないと分からない。そして、それが出来るのは、実際に談合をしようとした犯人と情報漏洩した取引会社の二人のみ。特に、証拠が超能力者というだけなら、なおのこと、談合の証拠がない。ゆえに今回の犯行は彼には不可能です。何故なら、

 真白の言葉に、周囲がざわついた。

 当然の反応である。彼が、超能力者が容疑者となる事件の大体の理由が「超能力者だから」であり、超能力さえなければ疑われる事もなく――ひと昔前では、「証拠は超能力者であるから」とまで言われた、冤罪事件まであったくらいだ。

「超能力者は、その力を悪用する。自分にはない未知の力を持っていて、危ない。それが世間の認識……」

 真白はそこで一度言葉を切ると、悟を見た。

「あなたは、社内ではあまり歓迎されていないのではないですか?」

「……は、はい」

 短い沈黙の後、悟は頷いた。

「やはり、そうですか。我々の調べでは、給料も一般の人よりも低く設定され、しかし仕事量は倍。他にも、色々……それこそ、出るとこ出たら、慰謝料たっぷりとれる程にね」

 真白は一度そこで言葉を止めると、今度は検事に視線を戻した。

「このように、超能力者は周囲から信頼は低く、非道な扱いを受ける事が多い。そんな彼が、取引会社から入札情報を得た所で、信用のない彼はまず相手にされない。むしろ、自分達への復讐のために、わざと間違った情報を与えるかもしれない。……だから、彼に談合は不可能です」

「そんなの、屁理屈だ!」

 検察の男が叫んだ。

 これが普通の裁判なら、本人及び証人尋問が繰り広げられる。今回のように言い合いのようではなく順番に。

 証拠の提出や論告や弁論なども順番に行われるが、『異能法』がある限り、その順番やルールは覆る。

 何故なら、検察官側が出せる証拠は「超能力者であること」だからだ。他に証拠がある場合もあるが、大体が「超能力者であること」や動機で判断される。つまり証拠もアリバイも意味をなさない。

 そのため、本来の裁判の流れとは異なり、弁護士と検察官が互いに言い分を自分達のタイミングで話し、それは『異能法』でも認められているため、裁判長も口を挟めない。むしろ、そういった「言い合い」も含めて、裁判長は判断する。

 ようは、裁判長の前で、言い合いで負けたら負けなのだ。


 ――つまり、超能力者裁判は、いわば言い負かした方が勝ち。


 真白はフッと笑みを零す。

 言い合いにおいて、感情的な相手は不利となる。冷静さを欠いて感情的になる事は裁判長に良い印象を与えない。むしろ「負けている」印象が強くなるだけだ。

「さて、それでは……検察側の言い分である『超能力だから犯人』説は覆ったわけですが……それなら、誰が犯人なのか。どうして談合が発覚したのか。そこから、説明していきましょうか……」

 真白はそこで悟の方を振り返る。

 対する悟は真白と目が合った瞬間、怯えるように目を泳がせた。

「悟さん、これが最後です……あなたは、やってないんですね?」

「それは……」

「悟さん。ここは神聖なる裁判所です。ここでは、いかなる嘘も罰となる。たとえ、それが誰かのための嘘だったとしてもね……その時は誤魔化せても、なかった事には出来ない。だから今一度問います。あなたは、悪い事をしましたか?」

「俺は……やって、ません」

「よろしい」

 真白はニッコリという効果音つきの笑顔を悟に向けた後、また背を向けた。

 そして裁判長の前に移動しながら言った。

「これは持論ですが……真実は、所詮事象に過ぎません。真実は真実、それがそのまま正しいという意味にはならない。ゆえに、誰が為の嘘でも、そこに善意があろうと、真実という事象は覆らないんです。真実を隠す者は、やはり悪なんですよ」

 そこまで言うと、真白は裁判長を見上げた。

 幼さの残った瞳に、一瞬で気圧される強い意志が感じられ――誰もが息を呑んだ。

「裁判長、特務の発動の許可をください」

「……!」

「異能機関への申請に手間取りまして、事前に裁判所への申請が出来ませんでしたが……これで、真実が悪に埋もれる事はありません」

「……分かった、許可しよう」

 短い沈黙の後、裁判長は大きく手に持っていた木槌ガベルを軽く持ち上げた。

 刹那――木槌ガベルから魔法陣に似た紋様が浮かび、裁判長はその魔法陣を叩きつけるように木槌ガベルを叩きつけた。


「特務発動、超能力の発動を許可する!」


 裁判長がそう叫んだ瞬間、真白の右目に木槌ガベルから飛び出した魔法陣と同じ紋様が浮かんだ。

 特務弁護士の超能力の発動――

 超能力関連の事件のみを扱う特務弁護士には、二種類の人間がいる。

 一つは、超能力を持たない非能力者。そして、もう一つは超能力を持った――


「超能力ID0461、雪白 真白……特務発動……”召喚術サモン”――真犯人を、召喚します!」

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