第10話

「なるほどね……ヤ=テ=ベオの木とは珍しいなぁ」

 例の木刀を見せようと、袋から出そうとした明人だったが、柊千亮はすぐにそれを、手をかざしてそれを押しとどめた。

 木の刀は、柄から丁度、鍔が見えるあたりまで露出し、刀身が見えるギリギリのところで、止まっていた。

「ヤ=テ=ベオ?」

 芥が聞くと、先生は頷いて、

「中央アメリカや南アメリカで流行った食人木だ。まぁ、植えたのは魔法使いだけどな。魔術を帯びた木の苗をこれまた魔術で急成長させた実験植物だ。一時期は道を通る人間を手当たり次第に食って大変だったらしいな」

「はた迷惑な話ですね」

「さすがに魔術協会からお達しが出て、討伐対象となったが……もちろん、こっそり育て続けた奴はいるし、なんと言っても、加工された後も残る、その木の特性が厄介でね。ヤ=テ=ベオの木は生物の血液、体液を吸う特性があるんだ。それだけじゃない。生物に対してのみだが、異常な切れ味を見せる。まぁ、精密には『触れた肉体を瞬時に分解する』というものだ」

 柊は楽しそうに話した。

 ここは相変わらず先ほどのカフェの店内であるが、柊がこの席の周囲にだけ簡単な結界を張っているので、ここでの会話は外には漏れないようになっている。

「そして、そんなものを未だに扱っている奴は、数えるほどしかない」

「先生はこの刀を渡した『妙な男』に心当たりがあるのですか?」

「まぁな。その身なりとヤ=テ=ベオの木の刀となれば、ほぼ特定は出来る。概ね、巨大な虫の死骸に興味を持ったんだろうよ」

「虫ではなくその死骸に?」

「ああ。俺の予測どおりなら、そいつは屍術使いだな」

「屍術使い、ですか」

「そうだ。いわゆる『ネクロマンサー』というやつだな」

「ネクロマンサー……死骸……屍術……。ああ、なるほど」

 芥はそう呟いて納得した。

 その男が屍術使いだというなら、まずは死骸が必要だ。

 そして、あらゆる死骸を操るネクロマンサーにとって、珍しい死体や死骸はなによりもかちがあり、興味があることだろう。

「そのネクロマンサーは、虫には直接的には無関係だろうな。というより、そいつも俺たちと同じように『巨大な虫』に興味を持っているだけのはずだ。その死骸のサンプルを効率よく作る為に、相良少年、君にその刀を渡したんだ。彼の言う言葉には、根本的には嘘はない。少年が『虫退治』をする手助けがしたい。よく言ったもんだが、少年を騙してるわけじゃない」

 なぜか男の肩を持つような言い方をする柊。

「そうなると……その男には、直接聞いた方が早そうだね。少しだけ心あたりがある。……そうだな、琴葉をちゃんを連れて行こう。彼女も丁度、退屈してるだろうしね」

 呟くと、柊は琴葉に向けて電話をする。

「……ああ、琴葉ちゃん? 君の出番だよ。そうそう、君が生きてることを実感できる相手さ。いやいや、欠落者じゃないけど……狂気の発散場所くらいにはなる」

 要点だけを伝えて呼び出し、柊は簡潔に電話を切った。

「先生、琴葉に戦わせるつもりですか?」

「琴葉ちゃんは、定期的に戦わせてあげないとダメなの、知ってるだろう?」

「それは……そうですけど、でも、相手は魔法使いなんですよね?」

「大丈夫さ。俺も同行するし、おそらく知ってる顔だと思うしな」

「……人は、殺させないでくださいよ」

「ただの人間は相手取らない。それは約束するよ」

柊は言うと、席を立ち上がった。

「それじゃあ、早速聞きに行って来るよ。魔術の痕跡から辿って、近くにいるみたいだしね。ああ、その刀、扱いには気を付けるように。それと、今回のこの一件が終わったら、俺が回収させてもらうけど、いいね? この手の武器やアイテムはただの人間が扱うには、杉田代物だ。君が欠落者なら、なおさらにね」

「わかりました。あいつらを……虫を全滅させたら、そちらにお渡しします」

「ありがとう。それじゃあ、俺はこれで。この結界はあと三十分ほどで切れるから、内緒の話はその時間内にした方がいいよ。じゃあね」

 軽快にそう言うと、柊は料金を払って店をあとにした。

 彼が立ち去った後で、芥は更に明人から情報を聞き出した。

「ボクが次に狙っているのは、藪島裕也です。あのスタジオでかなり幅を利かせている人物で……最近は『定期ライブ』と称して男女を集めては、ドラッグを配布して乱交パーティのようなことをしているとか……ええと、これが藪島の写真です」

 明人はスマホで撮影した画像を見せながら、そう言った。

金色の跳ね上がった短髪、耳のピアスと顔の雰囲気。それは先刻店の裏口から出てきてなにやら呟いていた男だった。

「彼も『虫』なのかい?」

「はい。だけど、彼だけじゃないはずです。そのライブに集められている半分以上はすでに擬態した虫だと予想してます。事実、あのライブハウスに出入りしている人間の多くは『虫』ですから」

 擬態した虫を思い浮かべたのか、明人が心底、気味の悪そうな顔をした。

明人の情報を聞いて、芥は先ほど襲いかかってきた女性の言葉を思い出す。

『ユウヤ……のこと……嗅ぎまわって……る……んだよね……??』

なるほど、と思った。彼女は虫だったし、その『ユウヤ』も虫。そして、嗅ぎ回っている明人を排除しようとした、と。

「そのライブの中心人物が藪島裕也です。まずは彼を殺せば、ライブの名目はなくなりますからね。牽制にはなると思います。少しずつでも、確実に数を減らしていかないと……」

 彼なりに色々と考え、調べた上で動いていたのが分かる。

「最悪、会場中の虫を相手にする可能性もありますが……なるべくなら、それは避けたいですね。そんなに何匹もと渡り合える自信がありません」

 当然の見解だ。ただの人間が、人間大の虫の化け物と戦うこと自体、ありえないものだ。それを何匹もと同時に戦闘するなど、あまりに現実的ではない。

「僕も協力するよ。その刀のようには行かないけど、これでも少しは戦闘の役に立つよ? それに、もう一人。ウチには対生物にはめっぽう強い人員がいてね。その子も協力するから」

「ありがとうございます……! ボクは、許せないんです。人間に成りすましてるあの虫達が。武宮に成り代わったあの虫が」

 明人の目が狂気に歪む。

 やはり、彼は欠落者で間違いはない。彼の狂気は恐らくあの虫達に対する異常なまでの嫌悪と復讐心。彼の能力が『虫を見分ける』だけとは思えないが、まだ発展途上なのか、自分でも認識できていないものなのか。どの道、彼の異能が何なのかは、先に調べておく必要がある。今は己の正義が一応世の中の正義と反していないから、落ちついているものの、何かがきっかけで、価値観が反転すれば、彼もいつ一般人に襲いかかるか分からない。

その時になって『能力の詳細が分からない』では、話にならない。

「次の土曜日『DAZVO』で、藪島主催の大きなライブがあります。定期ライブは順調に行っているのに、ここであえて大きな催しをするということは、何かある。そう思いませんか?」

「確かにね。順調に仲間を増やし、明人の言うように『繁殖』が目的ならば、大っぴらにリスクを追うやり方は効率的ではないね。それをあえて行うってことは、何か狙いがあるはずだ」

「事前に藪島を殺して止める、という方法もありますが、そんな大きなイベントで何をするのか知りたい気もします。泳がせて、彼らの本当の目的……のようなものが垣間見られれば、正体を探るヒントになるかもしれない……」

 明人の言うことは尤もだった。

 彼ら『虫』の出所が分からない以上、あえて泳がせるのはかなり有効だ。

 その間に誰がどれだけ犠牲になったとしても、明人の言うように、あの虫たちが『増え続ける』のであれば、大元の欠落者を叩くのが最も早く、多分結果的に犠牲者の少ない方法だ。

「分かった。藪島を叩くのはその日にしよう。それまでにも定期ライブは行われるんだろう?」

「スケジュールを見る限りでは、そのようですね。大規模なライブまで二回はあるみたいです」

 明人は手帳を確認しながら言った。

「そうか。じゃあ、しばらくは『観察』かな。その定期ライブとやらをね」

「でも、定期ライブは完全な紹介による会員制なんですよ? ボクは、荒井浩太のIDを流用して忍び込んでますけど、二人分は確保できませんよ?」

「それは大丈夫。きっと先生がなんとかしてくれるよ」

「そうですか……あの、一応言っておきますけど、グロテスクですよ。巨大な虫と、人間の性交は。奴らは行為の最終局面で、必ず虫に戻りますから……どうしたって見ることになりますから……。先輩にそういう趣味があるなら、多少は大丈夫かと思いますけど、普通はちょっと……。ボクは、最初の内は脳内にフラッシュバックして何度も吐きましたから」

「そんな特殊な趣味はもちろんないけど。まぁ、大丈夫だよ。結構、気味の悪いものは沢山みてきたからね。グロテスク系には、耐性が出来てしまってね」

「なら、いいですけど」

 未だ俯きながら言う明人に、芥は『気遣い、ありがとう』と礼を言った。

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