第4話

 芥に情報提供をしてくれたのは、四方院大学付属高校時代の後輩である志木(しき)城(じょう)雪(ゆき)臣(おみ)だった。

 彼と芥とは、部活が同じだった訳でも、委員会が被っていたわけでもなく、ただ偶然に知り合って、話していくうちに妙に馬が合ったことで、色々な相談を聞いたり、逆に相談を持ちかけるような間柄だった。

 ただ、普通の高校生の先輩と後輩というよりは、気の合うビジネスパートナーのようなものだと気がついたのは、芥が骨董店でアルバイトを始めてからだった。

 仲間ではあり、友人ではありながら、ただのそれとは、少し違う感覚。それを雪臣からは感じていた。

「俺の方で調べた結果は、これくらいですね」

 雪臣は、そう言いながら、少しだけ冷えてしまったコーヒーに口をつけた。

 ここは柊と、そして芥の行きつけでもある喫茶店『アンバードロップ』の店内。一番奥まったソファ席であった。

 時間帯にもよるが、この店の唯一のソファ席であるこの場所は、ほぼ隔離されたような状態になっていることもあり、会話の内容が他の客に聞こえにくい。

 柊曰く『聞こえた所で大丈夫』とのことだが……もしかして、いや、もしかしなくても、この店には魔術めいた何かが、施されているのかもしれない。

 ここのマスターと柊千亮は古くから知っているというので、この店が魔法使いや魔術と何か関わりがあっても不思議ではない。

「荒井浩太、四條由梨、龍浪宗一が、実は同じグループだったとはね」

 雪臣がくれた情報は、東方院付属高校の荒井浩太、四條由梨が、フリーターの龍浪宗一、そして、芥達の母校でもある四方院大学付属高校の沼田哲也は、よくつるんで遊んでいたという情報だった。

 その四人は、荒井浩太の家や彼が所持する施設に集まっては、色々な『遊び』をしていたらしい。

「主なメンバーはその四人で、他は『ゲスト』ですね」

「ゲスト?」

「そう……なんです」

 雪臣は少しだけ、嫌そうに目を細めた。

「荒井浩太の家は、結構な資産家で、かなり裕福なんです。そのせいか、息子である浩太も相当な金額を自由に使えたらしくて……」

 裕福な家の親が忙しさにかまけ、その埋め合わせとして、子供に金を渡すことは、珍しくない。荒井家もきっとその類なのだろう。

「飲酒、喫煙は当たり前、違法ドラッグにも手を出していた、という噂も聞きました。薬に関しては、まだ裏が取れてないんですけど」

 雪臣は実に不快そうに口にした。

 彼は、そういうことに関して真面目というか、普通というか、不良めいた遊びに否定的な側面がある。

 雪臣は『文芸部』とは名ばかりの、怪しい『何でも相談屋』のような部活をしている張本人ではあるものの、クラスメイトを始め、教諭や地域の人たちからの信頼が厚いのは、彼のそんな真面目な部分が表立って見えるからだろう。

「それで、きっと色々な遊びをしていたんでしょうけど、それにも飽きたんですね。新たしい遊びを思いついたようで……。ある時期からその四人とは無関係の人間が、荒井の屋敷とその敷地内に出入りするようになったんです」

 そこからの雪臣の表情は悔しさや嫌悪感、そして不安をごちゃ混ぜにしたようなものだった。

 彼の調べによると、その四人の『遊び』はエスカレートしていったようだ。

 浮浪者を捕まえてきては、ワザワザ身なりを綺麗にさせてから集団リンチを行ったり、お金に困っている女子生徒を連れてきては、金を渡して強姦紛いのことを行っていたとのことだった。

 中でも、乱交は主犯格である浩太のお気に入りだったらしく、多方面から貞操観念の低そうな女性を連れてきては、無理矢理犯し、精神が崩壊するまでやり続けることもあったとか。

 唯一の女性である四條由梨も加虐趣向な上に女性も男性も相手に出来る、いわばバイセクシャルであった為に、その行為を止めるどころか、一緒に楽しんですらいたのだそうだ。

 むしろ、メンバーに彼女がいたことで、女性を連れてくる際に警戒心を和らげる効果を担っていたのかもしれないと思うと、最悪と言わざるを得ない。

「そこからは、ずっと『女性を使った遊び』を続けていたようです。暴力より、性欲発散の方が、楽しかったんですね、きっと。被害者は殆どが安くない金額を握らされていたことと、荒井家が『四大名家』とコネクションがあるという背景、そして純粋に自らの痴態、醜態をさらしたくないという思いから、泣き寝入りする女子が殆どのようです」

 最後に『胸糞の悪い話です』と雪臣は、心底、苦しそうな顔をした。

 今出てきた『四大名家』とは、この町の成り立ちに関わり、旧時代にこの地域一帯を支配していた名家のことである。

 四大名家は警察や司法すらも抱き込んでいることもあり、事件のもみ消しなども、無い話ではない。

 そうなると、調査はかなり面倒になるが……。

「嫌なことを調べさせて悪かったね」

「あ、いいえ。学年は違うとはいえ、同じ学校に通う生徒が、そんなことに加担していた事実が、何となく悔しいだけです」

 彼の言葉を聞いて、彼を正義感溢れる、正しい心を持った少年である、と改めて評価し直すと同時に、危険な思想でもあると、芥は思っていた。

 見知らぬ生徒が起こした無関係な事件。

 そこに心を痛める彼は――あまつさえ、自分がもっと知っていれば何とかできたかもしれないなどという考えを抱き、悔やんでしまう彼は、英雄思想が強すぎる。

 特別な力や運命を持たない英雄願望は、己を破滅へと導く。

 芥はそれを身に染みて分かっていた。

 実際に、芥自信がその悪い例を実践しているのだから。

「……となると、その三人が相次いで失踪、となれば、犯人は彼らの被害者というのが妥当かな。雪臣、最後の一人、沼田哲也は、どうしてる?」

「彼は、いつも通りに登校してるみたいですね。明日にでも、話を聞いて見ますか?」

「僕が直接聞く事にするよ」

「分かりました」

「ありがとう、助かったよ」

 芥は席を立ち上がりながら言った。

「いいえ。これくらいなら、なんてことはないですよ」

「バイト代は、いつも通り、君の口座に振り込んでおくよ」

「そんな、いいですって」

「いいや、これは立派な仕事の依頼だからね。それに、リスクもゼロじゃない」

「ありがとう、ございます」

「いいって。それじゃあ、また」

 芥は軽く手をかざして、雪臣に別れを告げると、そのまま店を出た。

雪臣から得た情報から、素直に推測すると、被害者の中の誰かが、欠落者として覚醒した可能性が極めて高い。

 そして、その欠落者の能力が、拉致や監禁、もしくは死体隠しに特化した力。

「まずは、分かる範囲で被害者を片っ端から当たっていくしかないかな」

 聞いたところ、数が多い上に年齢も職業もバラバラ。おまけに被害者は名乗り出たくないだろうことを考えると、途方も無い作業のように思えた。

 しかし、地道な作業と聞き込みは、芥の得意とする分野だ。時間はかかるかもしれないが、やるしかない。

 芥は名探偵でもなければ、凄腕の刑事でもない。そんな彼がやるべきことは、トリックと動機から犯人を言い当てる軽快な活劇ではなく、地味すぎる情報から割り出す退屈な答え合わせなのだ。芥は失踪した四人の交友関係を記したメモ張にチェックを入れると、それを仕舞って、また別のメモ帳を取り出す。

 失踪事件の次なる作業が決まった所で、もう一つ。

 巨大な虫に関しても調べなくてはいけない。

 『待機』している琴葉に、なるべく早く情報を与えてやらないことには、痺れを切らして、勝手に調査を始めてしまいかねない。

 そして、その調査は必ずと言っていいほど、物騒なものになる。

 時計を見ると、時刻は夜の八時過ぎ。

 十月の半ばにしては、珍しいほどに暖かい夜だった。時折吹く風だけが、妙な冷たさを持っている。

 芥はひとまず今日の調査を打ち切ることにした。駅に戻りバスに乗って、最寄りの停留所まで辿り着く。

 そこから骨董店まで歩いて戻ると、店の前では琴葉が立っていた。

 夜風にスカートの裾が靡くと、つられるように襟元のリボンも揺れていた。

 彼女は月を見ていた。

 暗く鈍い空に視線を向けて、僅かに背伸びをするように佇む琴葉は、闇を支配する邪な何かに見えた。

 酷く可憐で美しく、邪悪な何か。

 それはただの『悪』ではなく、思わずその渦中に飛び込んでしまいたくなるような、妖艶で魅惑的な悪。

 むしろ、それが魅惑的であるからこそ『悪』とされているような、そんな禁忌。

 彼女には、そういう魅力がある。

 純粋な容姿の美しさに加えて、彼女の纏う独特の空気は、孤高であり崇高であり至高ですらあるのに、まるで存在の輪郭を切り取って貼り付けたような違和感を内包していた。

 言わば、この世界から『ズレて』いるような存在感は、見詰めているだけで、奇妙な感覚に陥る。

人間として、最も原始的であり、最低限としての欲求を欠落した少女。

本来の名を四方院琴葉。

 今は訳あって、その名を奪われ、母方の旧姓である『鷹ノ宮』を名乗っている少女。

ほぼ正方形に近いこの町は、東西南北にそれぞれ支配階級に当たる名家を『院』として設置して統治していた。これが、所謂『四大名家』である。

その四つの名家を束ねるのが、町の中央に位置する四方院家だ。

その古いしきたりとルール、力関係は今日も変わらず、四方院家が町を統括しているのだ。

その次期当主となる予定だったのが、琴葉なのだ。

穏やかで強く、たおやかで冷酷。

眉目秀麗にて容姿端麗。

全てを兼ね備えた美少女は、ある日『欠落』してしまった。

異能者を良しとはしない四方院家は彼女を事実上、追放した。

四方院の名を剥奪し、鷹ノ宮の人間として、切り離したのだ。

四方院家との事実的、法的な血縁を切り、嫡子として扱わない。

つまり、勘当である。

彼女は齢十七歳にして、独りぼっちになった。

生活に困らないだけの資金援助は約束されているものの、二度と実の両親には面会できず、実家の敷居を跨ぐ事さえ、許されない。

そんな風に、家からそして社会からはじき出されてなお、彼女はその美しさを、輝きを失うことはない。

ふと、彼女が芥の方を向いた。

 酷く整った冷ややかな視線が貫く。

 芥だと認識した後に、ほんの僅かに瞳が優しくなった。

「どうしたの? そんなところに立ち尽くして。家の鍵をなくして途方に暮れている子供のようだわ」

 彼女は口にした。

「僕の帰る場所は、君のところだからね。どちらかというと、なくしたのは、鍵じゃなくて、帰り方の方だよ。それに……『君を開ける鍵』なら、あいにく僕はまだ持っていないんだ」

 芥が返すと、小さく首をかしげ、口角を少しだけ上げた。

「詩的な言葉だけど、少し脈絡がなさ過ぎるのではなくて? ワンクッション置いてからの方が、効果的な言葉よ」

「それが思いつかなかったんだ」

 芥がそう言うと、彼女は、表面上はつまらなそうに、しかし、どこか心の奥では微かに嬉しそうに「そう」と返した。

「それで、どうして立ち尽くしていたの?」

「君を見ていたんだよ」

「変態ね」

「変態じゃなくても、君を見詰めるくらいはするさ」

「どうして?」

「綺麗だから」

 それは本当のことだった。彼女の美しさは、思わずじっと、数秒を忘れて見詰めてしまうことが実際にある。

「君はどうして外にいたの?」

「少し退屈だったから」

 それに、と彼女は続けた。

「あなたを、待っていたのよ。迎えがないと、寂しいでしょう?」

 悪戯に微笑みながら、琴葉は言った。

「虫は見つかった?」

「いや」

「失踪事件の情報は?」

「それは進展があった。雪臣……ああ、ええと……」

 芥は雪臣について説明しようと、情報を整えていると、

「志木城雪臣。知ってるわ。あなたの後輩よね」

「君の後輩でもあるよ」

「それで、その志木城君、だったの? 情報提供者って」

「ああ……」 

 芥はその詳細を伝えようとして、言葉止める。

「いや、とりあえず中に入らないか?」

「……それもそうね」

 こんな夜に外で立ち話も滑稽な話だ。

 二人は、骨董店の資料室へと移動した。

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